*壊乱*


 ひたり、と、音もなく、夜闇の中に影が立つ。影は、静かに室内の真中に寝ている姿へと、腕を伸ばした。その指先が、喉元へ到達しようかという段になって、その指先は掴まれ、引き寄せられた。
「何してやがる、鎌之介」
 鋭く細められた双眸から、苛立ちが湧き上がっている。
「ったく………寝入り端に人を起こすのがお前の趣味かよ?」
 ようやく、床へ入って眠気が襲ってきたと思った途端の、来訪者だ。苛立ちの一つも沸くというものだった。
 だが、突然の来訪者は言葉を発することなく、引き寄せられた手を反転させるようにして相手の手を掴むと、そのまま倒れこんできた。
「疼くんだよ」
 一つに纏められた長い髪の一房が、頬に触れる。
「鎮めてくれよ、才蔵」
「………ったく。しょうがねぇなぁ」
 熱い吐息を零す唇を、才蔵は、自らの口で塞いでやった。


 最初に、鎌之介とそういう関係になったのは、いつだったか………甚八の船に乗った時に、鎌之介が胸を見せた。自分は、男だと言い放って。
 その、後だ。あまりに自覚のない鎌之介に対して、自覚を促してやろうと思った。
 お前は、女だと。
 胸は確かにほとんどなかった。けれど、才蔵には一目でわかったのだ。鎌之介の体は、男の体つきではない、と。それは最初に戦った時にも感じた、違和。
 男にしては細すぎ、骨格も柔らかい。足首や手首などは、折れそうなほどだ。普段の態度が横柄で粗野なだけに、そこに気づく者は少ないのだろうが、忍である才蔵にはわかった。
 だから、からかい半分、促し半分で、体を暴いた。お前と俺は、違うのだ、と。
 そして、本気になった。
 才蔵の手で自分の体を知り、暴かれ、正体をなくした鎌之介は、淫らだった。
 胸もない、月のものも来ない鎌之介は、女としては魅力が全くないだろう。けれど、才蔵にとって鎌之介は、“女”だった。
 普段、そんな素振りはおくびにも出さないように、殺しあう。それを、鎌之介も望んでいる。
 けれど、血にも殺しにもありつけない日々が続くと、鎌之介は熱を体へ溜める。そしてそれを発散する方法を、知らない。
 男なら女を抱けばいい。女なら男に抱かれればいい。だが、男として生きてきて、女としての自分をどうしていいのかわからない鎌之介は、熱を溜め続ける。そうして、どうにもならなくなった段に、才蔵の所へ来る。
 それも、全く意識せずに、夜這いという形をとって。
 本人は無意識だ。才蔵を殺しに来る時と同じ手順を踏んでいると思っている。けれど、才蔵からしてみればそれは、ただの夜這いにしか思えない。
 色気などは、全くないけれど。
 それでも、夜に忍んでくるのは上出来だった。
 誰も知らない、鎌之介の体。才蔵の手でだけ、花を開かせる体だ。
 誰にも、見せるつもりも、教えるつもりもなかった。


 鎌之介の肌は、白い。明かりを灯さない夜闇の中でも、そうと知れるほど。けれど、手を這わせれば、あちらこちらに細かい傷があるのがわかる。その中には、自分がつけた傷もあるのだろう。そう思うと、女の肌に傷をつけて悪いと思う反面、まるで所有の証のようで、悪い気はしなかった。
 髪を括っていた紐が解け、朱色が褥の上に散らばる。その紐を拾い、首に緩くかけてやる。
「な、に?」
 熱に浮かされた視線が、才蔵を見上げる。
「飼われてる猫みたいだぜ」
「は、ぁ?」
 意味がわからない、とでも言うように、鎌之介の顔が横へ向く。その顎を掴んで正面を向かせ、刺青の入った左目の目尻を舐める。
 溜まった涙は、甘かった。
 繋がったまま、鎌之介の体を腰の上へ乗せるようにして、座り込む。
「んっ!ちょ、何」
「んー。新しいことしようぜ」
「あ、たらしい、こと?」
 一度達した鎌之介の中が、まだ熱い。熱が出し切れていない証拠だった。
「そ」
 それまで鎌之介の寝ていた頭の方にあった枕を掴み、才蔵はそれを頭の下へ敷き、自分は横になった。
「そのまま動いてみな」
「動く?」
「俺の腹に手を置いて、腰を上下に」
 細い手首を掴んで腹の上に乗せてやり、折れそうな腰を掴んで、軽く上下に揺すってやる。すると、紐を結ばれた首が、快楽にのけぞった。
「な、なに?あっ!」
「いいだろ?自分でこれをしてみろよ」
「んっ………」
 そろそろと、鎌之介の腰が上下に動く。初めてのことに慎重になっているのだろうが、快楽を受け取るのは忘れていないようで、口の端から唾液が零れていた。
「なっ、あっ、い………いいっ」
「だろ?自分が感じるように動いてみろよ」
 鎌之介は、素直だ。快楽には従順で、だからこそ、自分の快楽の元を追うことに夢中になれる。
 才蔵の腰の上で、細く白い体が跳ねる。それは、閉められた障子の向こう側から照らしてくる儚い月の光で、この上なく美しく見えた。
「んっ、んぅっ!」
「いいぜ、俺も」
「あっ、はっ………ひっ!」
 突然突き上げれば、自分の律動を崩された鎌之介の体が震え、首が左右に振られる。
「だ、めだ………とまら、なっ」
 大きく足を広げ、才蔵の腰の上で、踊るように腰を跳ねさせている鎌之介の痴態に、才蔵が舌なめずりをする。
 こんな姿を見せられて、興奮しない男がいるだろうか。
 肉付きの薄い腰を掴んで、下から突き上げてやる。何度も、何度も。その度に、鎌之介の喉からは甘い声が滴るように零れ、涙を流して、絶頂へ駆け上がろうとする。
「も、ぉ………さい、ぞぉ」
「ああ。いいぜ。俺も、限界だ」
 きゅっ、と才蔵を締め付けてくる柔らかな肉の襞に、才蔵は欲望を叩きつけた。それを受け止めた鎌之介の体が柔らかく撓り、爪先を、指先を痙攣させ、絶頂へと登りつめる。
 倒れこんでくる体を抱きとめ、荒い呼吸をする背中を撫で摩る。
「大丈夫か?」
「ん………気持ち、いい」
「そっか」
 頭を柔らかく撫でてやると、その表情が甘く蕩ける。
 鎌之介は、才蔵の手で頭を撫でられるのが好きらしかった。
「ったく。可愛い顔しやがって」
「ん?」
「壊しちまうぞ」
「壊して、くれよ。お前になら、いい」
「変態」
「褒め、言、葉………」
「寝たか?」
 頭を撫でてやっていると、穏やかな寝息が首筋にかかる。
 明日から、また殺し合いの日々か………そう思うと、この妙な関係も、才蔵にとって、悪くはなかった。












2012/2/19初出