*深情*


 白い足先が、敷布を掻く。逃げようと動いていたはずの足は、とうにそれを諦め、絡めとられたかのように、敷布に戯れていた。
 その足の付根、隠された華を暴こうと、男の指と舌先が、執拗に蕾を攻め立てている。
 痙攣するように細い腿が震え、男の頭を挟み込もうとしても、力は入らずに開くばかりで、そこには慰撫された証の、赤い痕が散っている。
 もう、どれほどそうして、下肢を熱くさせられているか、わからない。けれど、熱くなるばかりで、その先を与えられない。そのもどかしさに腰を揺らめかせても、男の頭は、そこから動かないのだ。
 いっそ、焼けるほどの熱の塊で、刺し貫いて欲しいと思うのに、口から漏れるのは、息も絶え絶えな、微かな、喘ぎ声ばかりだ。まともな言葉など、一つも出てこない。
 男の頭をどけようと、黒い髪を掴んだはずの指には力がなく、悪戯に絡めるように、掻き混ぜるしかできていない。
 まるで、その仕草は、愛しむように撫でているように見えるが、当の本人にその気はない。
 男の指が、蕾の中を大きく掻き混ぜると、腰が跳ね、足先が敷布を掴む。そこで、ようやく男の頭が、下肢の間から上げられた。
 脱力した四肢が投げ出されているのを見、細い身体に覆い被さり、汗で濡れた額から頬を撫で、眦に浮かんだ涙を唇で掬いとる。
 とろりと、焦点の定まらない眼球は涙に包まれて、まるで、飴玉のように輝いていた。
 耳朶を軽く唇で食んで、舌先を耳中へ差し込みながら、言葉を囁く。
 その言葉に反応して動いた指先を拘束するように手を合わせ、指を絡め、引き寄せて、手の甲へ口づける。
 その、繰り返し。
 肌を愛撫し、下肢を攻め立て、言葉を囁いて口づける。
 決定的な快楽の頂点を見せることなく、ゆるゆると、しかし確実に、身体に教えこませていく。
 快楽と、それに伴う愛情を。
 絶対に、逃がしはしない。
 ここまで燃え立たせ、狂わせた責任は、是が非にも、取ってもらうつもりだった。
 力の入らない、横たわった身体を膝の上に抱き上げ、静かに頭や背中を撫でてやる。すると、意識が浮上したのか、双眸の焦点が定まり始める。
 鎖骨の辺りに一つ口づけ、強く吸い上げて赤い痕を一つ残す。その刺激に、視線が合った。
「………さ、いぞ?」
 寝起きででもあるかのような、擦れた、舌足らずな声。それが、男の下肢を更に熱くさせた。
「わり。もう、我慢できねぇわ」
 抱き上げた細い身体の蕾の奥へと、男の熱く滾った欲望が、打ち込まれた。


 鳥の鳴き声………と、重い瞼を押し上げ、眼を覚ますと、目の前に、端正な寝顔があった。
 視線を巡らせれば、腕ががっちりと、自分の身体を抱きしめている。
「は?」
 一体、昨晩、何があったのだと、思い出そうとしても、思い出せるのは、途中まで。才蔵に組み伏されてからの記憶が、ほぼない。
「ん?ああ、起きたのか」
 腕が解かれ、身体が自由になったと見てとるや、腕に力をこめて起き上がろうとして、再びその場に横になる。
「なっ………力、入んねぇ」
 腕も、足も、腰も………体中のどこにも、力が入らないのだ。起き上がることができない。
「何やってんだ、お前?」
 暢気に欠伸をしている顔が癪に障り、離れようと身体をずらす。
「あぁ、起きれねぇだろ。無理すんな」
「何したんだよ!」
「何、って………なぁ?」
「なぁ、じゃねぇよ!何っだよ、これ!」
 喚く鎌之介に、鬱陶しくなった才蔵は、小さな頭を掴んで引き寄せ、その口を自分の唇で塞いだ。
 驚きに見開かれた瞳が、きゅっ、と閉じられる。その様が可愛らしくて、重ねた唇の間から、舌を差し込んだ。
 呼吸が苦しくなる直前まで、唇と舌を絡めあい、離すと、左目を縁取るような刺青に、朱が走っていた。
「はっ………はぁっ」
「わかったか?」
「な、にが?」
「あれだけ昨晩愛してやったんだから、いい加減お前もわかっただろ?」
「あ………愛?」
 聞きなれない言葉を聞いた、とでも言うように首を傾げる鎌之介の首の後ろへ手を入れて、くすぐるように首筋を撫でる。もう片方の手は、逃がさないように先刻から、細い腰に回してあった。
「男と女が肌を合わせんのはな、好いた惚れたで合わせるんだよ」
 きっと、自分には縁のない言葉だと、そう思っているのだろう。男として生き、山賊の頭として殺しと盗みを繰り返して、それを快楽にして生きてきてしまった鎌之介には、女として好かれる方法だとか、愛される素養だとかがわからないのだ。
 だから、快楽があれば肌を合わせてもいいと、思っている。
 けれど、才蔵にしてみれば、それは違うのだ。
 とっくに、本気になっているのだから。
「出雲の穴倉で、お前俺に言ったな?勝手に人のもんに手ぇ出すな、って」
「い、言った」
「ってことは、俺はお前のもんなんだろ?」
「そうだ」
「なら、お前も俺のもの、ってことでいいんだろ?」
「へ?え?あ、ああ………ん?」
 納得しきれていないのか、最後に疑問符のついた鎌之介の首筋から、頬へと手を滑らせる。
「俺がお前を本気にさせたんだろ?」
「あ?あ、ああ」
「お前だって、俺を本気にさせたんだ。だから、覚悟して、俺に愛されとけ」
 手で触れた頬とは逆の頬へ、軽く口づけを一つ落とし、そのまま、耳元へ唇を寄せた。
「好きだぜ、鎌之介」
「っ!」
 息を呑んで硬直した鎌之介の髪を梳いて、その髪に口づける。
「お前は、どうなんだよ?」
「っ………あっ………っ!何っだよ、これぇ………何で、こんな、昂ぶって………」
 髪の色に負けないくらい、耳まで真っ赤になった鎌之介が、力の入らない腕で、必至に才蔵から離れようとするが、才蔵の腕は確りと鎌之介の腰を捕らえ、逃がさなかった。
「言ってくれ、鎌之介。俺のこと、好きだ、って」
「す、好き?俺、が、才蔵、を………む、無理だ!そんなん、恥ずかしくて言えるか!」
「ったく………仕方がねぇな。言葉は、待ってやるよ」
 真っ赤になって抵抗できるようになったのだから、いつか、言葉も口にできるようになるだろう。それを、ゆっくりと待つのも、悪い気はしなかった。
 それでも、朝餉の時刻までは暫くこうしていたいと、細い身体を抱きしめて、足を絡めた。







このシリーズはこれにて完結です。
鎌之介(♀)はまた書きたいです。
その際には是非またお付き合いくださいませ(笑)





2012/5/19初出