*白皙*


 満足に動かせない自分の体に、鎌之介は日を追うごとに、苛立ちを募らせていた。
 忍の隠し持っていた爆薬に気づかなかったことにも苛立つし、それを避けきれずに怪我と火傷を負った自分にも、腹が立った。
 苛々とすればするほど、体を動かしたくなるのだが、動かそうとすれば傷口が開いて出血し、治りきっていない火傷が、巻かれた布や着物と擦れて酷い痛みを齎す。
 仕方なしに横になってはいるが、とにかく退屈だった。部屋に来るのは大抵才蔵か六郎で、時折伊佐那海や弁丸、清海も顔を出すのだが、そんな時は見舞いと称して甘味を持ってくるのだ。
 鬱陶しいこと、この上ない。
「っ………」
 痛みを堪えて体を起こし、置かれた桶に手を伸ばす。
 気持ち悪かった。
 熱が下がっていないと、朝方才蔵に言われたが、そのせいなのだろう。とにかく、汗で着物や傷口に巻いた布が張り付いて、寝るに寝られないのだ。
 風呂に行きたいが、怪我が治っていないのだから、駄目だと六郎に言われた。反論しようとしたら、にっこりと微笑まれて、気絶させると脅された。
「くそっ!」
 何もかもが、煩わしかった。
 ままならない自分の体も、やけに自分を心配している才蔵や六郎も。
 一体、何だというのか。
 何か、あったというのか。
 畳の上に落ちていた手拭を、苛立ち紛れに桶の中へと叩きいれて、鎌之介は着物を脱いだ。


 鎌之介が眼を覚ましてから、二日。漸く粥ではない食事も取れるだろうと、佐助特製の薬を混ぜ込んだ汁物のついた膳を、六郎は運んでいた。
 薬だけを飲ませようとすると、鎌之介は確実に拒否する。初日は茶に混ぜたが吐き出された。だから、今度は汁物に混ぜてみたのだが、効果はいかほどだろうか。
 薬を飲ませるだけで、これほど苦労するとは、流石に才蔵も六郎も、予想していなかった。
 汁物で駄目ならば、また何か手を考えなければならないだろう。佐助の薬はそれほど苦くないと六郎などには思えるが、鎌之介にしてみれば、薬というだけで拒否する要因になるらしい。
 溜息をついて、六郎は膳を置き、一声かけて襖を開けた。
「あ、小姓!ちょうどよかった!」
「なっ………」
 朱色の西日が入り込んだ室内で、鎌之介が布団の上で上半身裸になっていた。
 慌てた六郎は膳を急いで室内に入れて、襖を閉めた。
「何をしているんです!早く上を着なさい!」
「は?」
 肩や腕、首に巻かれた白い布。その隙間から覗く白い肌に、胸元の控えめな膨らみ。それらが、朱色の西日に照らされて、酷く扇情的だった。
「眼に毒です!」
「はぁ?」
 不思議そうに首を傾げる、全くわかっていないらしい鎌之介に、流石の六郎も唖然とする。
 この少年………いや、本来は少女だが………は、自分が女であるということを、全く自覚していないようだった。
「いいから、早く上を着なさい。食事を持ってきましたから」
「飯?今日は粥じゃねぇよな!」
「違いますよ。だから、早く着なさい」
 食事だと告げると、鎌之介はゆっくりとだが、傷に響かないように着物を羽織り、布団を蹴飛ばした。
 やはり、全く理解していない………裾から覗いた白い足首から視線を逸らして、六郎は膳を布団の横へ置く。
「貴女はまだ怪我人です。もう少し大人しく出来ないんですか?」
「できねぇ。苛々する」
「はぁ」
 箸を取って、茶碗を手に持った鎌之介に、六郎は深々と溜息をついた。
 この分では、貴女は女性なんですよ、と伝えられるようになれるとは、到底思えなかった。


 頻りに気持ち悪い、と口にする鎌之介に負け、六郎は水に浸かっていた手拭を絞った。
「背中は拭いてあげますから、前は自分でやりなさい」
「おう」
 空になった膳を横にどけ、着物の袖から腕を抜かせて、背中を拭う。
 どうやら、汁物に混ぜた薬には気づかれなかったようだ。これならば、しばらくは大人しく薬を飲んでくれるだろう。
 一つ問題が消えて、安堵の息を吐くと共に六郎が視線を向けた所に、大きな布の押し当てられた傷口があった。
 背中の左、腰に近い部分だ。一際大きな木片が刺さっており、抜くのに才蔵が苦心していた。その後縫合したが、終始、才蔵の眉間には皺が寄っていた。
 それは、そうだろう。縫った傷口というのは、どれほど腕のいい医師が手当てしたにせよ、必ず痕が残るものだ。それも、今回は医師ではなく忍が手当てしたのだ。手馴れているとは言え、傷痕は確実に、残ってしまうだろう。
 けれど、女の白い肌だ。
「痕が、残らないといいですが」
「は?」
 首だけで振り向いた鎌之介に、六郎は手を止めた。
「ああ、口に出ていましたか?」
「傷痕なんか気にしねぇよ。女じゃあるまいし」
 当然、と言わんばかりの口調に、六郎は止めていた手を下ろした。
「鎌、之介、貴女、本当に、わかっていないんですか?」
「何が?」
「何が、って………」
 純真無垢、というのだろうか。だが、しかしこれは、あまりにも世間を知らなさ過ぎるというか、それ以前の問題のような気がし、六郎は温くなった手拭を水桶の中へと落とした。
「鎌之介、貴女、此処へ来るまでは山賊をしていたんですよね?」
「何だよ、今更?」
「その前は、どうだったのです?親は?」
「親ぁ?知らねぇよ。俺は山に捨てられてたらしいからな。育てたのは死んだ山賊の前の頭だ」
「赤子の頃に拾われたのですか?」
「いや?餓鬼の頃。みすぼらしい襤褸纏ってた汚い餓鬼だった、ってよく聞かされた。でも、目つきが悪かったらしくて、山賊向きだと思ったんだとさ」
 笑いながら語る鎌之介に、六郎は立ち上がり、鎌之介の前に回った。
 襤褸を纏い、汚れていて、目つきが悪かったために、誰も、男だと思って疑わなかったということなのだろうか。
 だが、このままでは、まずい。
 先日の忍のような連中が、幾らでも世の中にはいるのだから。
「では、誰も、何も、教えてくれなかったんですね?」
「何が?」
「貴女が、女性だということを」
「は?」
「貴女は、女性ですよ、鎌之介」
「何言ってんだよ、小姓。俺は、男………」
 乱暴だろうとは思った。だが、手っ取り早く教えるには、それが一番いいと思い、六郎は鎌之介の手首を掴み、彼女自身の胸元へと運ばせた。
「貴女にあって、私にないのが、その胸ですよ。わかるでしょう?」
 小ぶりではあるが、手に掴める膨らみに、鎌之介の双眸が、見開かれていった。












2012/12/15初出