*萌芽*


 鎌之介の怪我の状態は、一進一退という所だった。
 大人しく寝ていてくれれば、そう時間もかからずに床払い出来たのだろうが、動かずにいることが苦痛な鎌之介にとって、大人しく寝ている、という行為は受け入れがたいものらしく、床から出たり、部屋を抜け出そうとしてみたりと、人の目を盗んで動き回っていた。そのせいで、治るはずの怪我も治りが遅かった。
 そして、その日もまた、鎌之介は部屋を抜け出そうとしており、偶々様子を見に来た才蔵に見咎められ、力任せに床へと戻された所だった。
「いい加減にしろよ、鎌之介」
「うっせぇな」
「動けねぇのが嫌なのはわかるけどな、動けば動くだけ、怪我の治りは遅くなるんだ。大人しくしとけ!」
「嫌だ!」
「背中に穴が開いてんだぞ。せめてその傷口から出血しなくなるまでは、寝とけ!」
「才蔵が縫った、って言ったじゃねぇか。ならもう大丈夫だろ」
「んなわけあるか!縫った、ってのは、治ったわけじゃねぇんだよ。傷口はまだ完全に塞がったわけじゃねぇんだ」
 頭を押さえつけて、無理矢理に寝かそうとすると、その手を弾かれる。
「自分で寝れる!くそっ!」
 悪態をついて、布団を頭まで被った鎌之介に、才蔵が溜息をつく。
「ったく………本当にお前、女かよ」
 相変わらずの悪態に、才蔵は治療の時に見た鎌之介の体が幻覚なのではないかと、疑い始めていたが、自分の見たものをなかったことには出来ない。
「俺は女だなんて思ってねぇ!」
 被った布団の下から、鎌之介のくぐもった声が聞こえ、才蔵は腰を下ろした。
「あのな、別に、お前が女だから大人しくしろ、って言ってるわけじゃねぇんだぞ?」
「………嘘だ」
「他の誰が怪我したって、傷が深けりゃ同じこと言うんだよ」
「でも………」
「ん?」
 布団の下で、鎌之介が動いているのがわかるが、出てくる気はないようだった。
「でも、小姓は違う」
「六郎さん?」
「俺が何か言うと、女だから、って言う」
「あ〜」
 今の所、鎌之介が女だということを知っているのは、才蔵、六郎、幸村の三人だけだ。その中で主に臥せっている鎌之介を見舞うのは才蔵と六郎だ。だからこそ、鎌之介は余計にその言葉に敏感になっているのだろう。
 勇士の中では、六郎は頭が固い方だ。その上、六郎は怪我をして気を失った鎌之介を直に見ている。そのせいで、余計に女性だということを強く認識しているようだった。
「六郎さんだって、心配してんだよ」
「説教ばっかりする」
「それは前からだろ」
「何か、怖いし」
「怖い?」
「何か、違う。今までと」
「そうか?怖いのも前からだろ」
「何か言いましたか、才蔵?」
「げっ、六郎さん、何時の間に!」
 何時から其処にいたのか、部屋の入口に六郎が立っている。忍に気配を悟らせないとは流石だと、才蔵が感心している内に、六郎が手にした盆を才蔵の横へ置いた。
「伊佐那海が城下で買ってきました。然程甘くないそうですから、鎌之介でも食べられるでしょう。才蔵の分もありますから、此処で食べなさい」
「六郎さんは?」
「私はまだ、若にも持っていかなければなりませんからね。そちらで食べます。才蔵、後で覚悟しておきなさい」
「お、お手柔らかに」
 背中を向けた六郎に声をかけて視線を戻すと、布団から頭だけを出した鎌之介が、消えていく背中を、じっと見ていた。
 盆の上には、まだ温かさの残る饅頭とお茶が載っていた。


 怖い、というのなら、鎌之介にとって今の六郎は、男として意識されている、ということなのだろう。
 六郎は、鎌之介に女だと告げてから事ある毎に、鎌之介を女性扱いしているからだ。
 それは、まず一つに自覚を促したいというのがあった。自覚をし、現実を見なければ、先日のような野卑な男達にどういう扱いをされるか、わかったものではないからだ。それは、山賊をしてきた鎌之介ならば、容易にわかるだろう。
 そして、六郎自身を、男として見せたい、という狙いもあった。
 あの時感じた、独占したいという思いは、今も確りと根を下ろしたままだ。むしろ、根を下ろして成長し、蕾でもつけそうな勢いを持っている。
「厄介な」
 そう口にはしても、それほど厄介だと思っていない自分も、確かにいた。
 眠っている鎌之介を、綺麗だと思う。拗ねている鎌之介を、可愛いと思う。駄々をこねている時は少々困るが、それでも許せてしまう。
 そして、何より、守ってやりたいと、そう思うのだ。
 そんなことを口にしたが最後、鎌之介は怒り狂うだろう。戦える、と。けれど、傷ついて気を失い、細く軽い、力ない体を抱き上げた六郎にとって、鎌之介は、庇護の対象だった。
 六郎とて、男だ。傷ついた女性を守りたいという思いは、当然としてある。
 それが、自らを守るということを理解していない少女ならば、余計に。
 ―早く、気づいてください、鎌之介。
 そう思いながら、六郎は幸村の分の饅頭と茶の載った盆を、運んだ。


 細い月明かりを頼りに、慣れた屋敷の中を歩く六郎の足は、自然と鎌之介の部屋へと向かっていた。
 先日も、夜に抜け出そうとしていた。部屋を出た所で、偶々酒場から帰ってきた甚八に見つかり、仕方なく部屋に戻ったと聞いているが、あれから数日経っているし、また抜け出さないとも限らない。
 そして案の定、六郎の懸念は当たり、室内は蛻のからだった。
 溜息をついて踵を返し、何処へ行ったのかと姿を探すと、そう歩かない内に、話し声が聞こえてきた。
「鎌之介、部屋、戻る」
「いーやーだ!」
 どうやら、佐助と話をしているらしい。縁の角を曲がって視線を向けた先に、二つの影がある。縁に腰掛けている方が、鎌之介だろう。
「鎌之介、何故、我の薬飲まない?」
 もっと言ってやって下さい、と六郎が心中で思うのと、鎌之介が子供染みた文句を言うのが同時だった。
「苦いの嫌いだから」
「なら、苦くなければ、飲む?」
「んな薬ねぇだろ」
「作れば、出来る。かもしれない」
「そんでもやだ。何か、病人みてぇじゃん」
「鎌之介、怪我人」
「嫌なもんは嫌なんだよ。絶対飲まねぇ。そんなことよりもさぁ、にょろ貸してくれよ」
「雨春」
 鎌之介が腕を伸ばして、佐助の肩にいる雨春を手招くが、降りてくる気配はない。
「なら、薬飲んだら、雨春、触るのは?」
「交換条件かよ!」
「どうする?」
「にょろは触りてぇけど………薬は嫌だ!」
 どうあっても、薬を飲みたくないらしい。この分では、暫く汁物に薬を混ぜ続けるしかなさそうだった。
 声をかけるかどうか迷っていた六郎に佐助が気づき、振り返った鎌之介の嫌そうな顔を見て、少しだけ、六郎は悲しくなった。












2012/12/22初出