*赤裸*


 目覚まし時計が鳴る前に、必ずと言っていいほど眼が覚める。それは、昔からの習慣が身についているからだろう。
 あの頃は、時計という物は、なかった。
 使った例などないのに、必ずといっていいほど用意されている目覚まし時計を鳴る前に止め、身体を起こそうとして、やめる。
 本来ならば、目覚ましが鳴るまで十分ほどの猶予がある。だが、男は意地悪く口角を上げると、隣に眠る小さな頭へと手を伸ばし、撫でながら柔らかい髪を梳く。
 自分とは、似て非なる、花のような紅色の髪。自分の髪は、どちらかといえば化学合成したような赤色だ。それに、硬い。女特有の髪の柔らかさ、と言ったような部分を、男は好んでいた。
 髪を梳いていた手をそのまま下げて、首筋を擽るように指先でなぞると、小さく身動ぎした肩から先、腕が嫌がるように上げられ、うつ伏せにされていた顔が少し上がる。
「おはようございます」
「後、五分………」
 言って、再び顔が突っ伏される。
「駄目ですよ。学校、遅刻しますよ?」
「行きたく、ない」
「ちゃんと高校は卒業しましょうね。俺と約束したでしょ?」
「知らない」
 予定より早く起こされたことに拗ねているのか、顔が上げられる気配がない。だが、ここまでの行動は、予測済みだった。
「知らない、ですか。じゃあ、仕方ないですね」
 ぐっ、と腕に力をこめて肩を引き寄せ、それと同時に自分の身体を寄せる。そうして、空いている方の腕を、細い腰に回した。
「嘘をつく悪い子には、お仕置きをしないといけません」
「あっ!」
 細い腰に繋がる、小さな丸い尻に隠れている熱い花の中へ、指を入れる。
「んっ!ちょっ、朝、っぱらからっ!」
「嘘をつく貴女がいけないでしょ」
「やっ、んぅ!」
「昨日、沢山したから柔らかいですね」
 いつの間にか、細い指が縋るように、シャツを掴み、震えている。
「ば、か、遅刻、する」
「行きたくないんでしょ?じゃあ、いいじゃないですか」
「ちがっ、あん!」
「此処、好きですね」
 否定するように首が左右に振られるが、花の内側の襞は、指に吸い付いている。もっと欲しいと、求めるように。
「車で送ってあげますから」
「やだっ、目立つ、って!」
「目立つの、好きでしょ。観念しなさい」
 横抱きにしていた身体を組み伏せ、細く白い足を広げさせる。
「貴女の中が、大好きなんですから」
「っ!こ、の、変態!」
「貴女もでしょ」
 ふっくらと柔らかい胸の、果実のような突起を軽く噛むようにして口に含み、開いた花の中へと、男は欲望を滑り込ませる。
「待、って、まだ、無理ぃ」
「大丈夫ですよ。美味しそうですから」
 顔を胸から上げ、視線を下げると、ひくひくと、花の縁が男を飲み込もうと動いているのが見え、更に欲望が膨れ上がる。
「朝、から、元気、すぎっ」
「貴女がいやらしいのがいけないんですよ。俺を煽るから」
 次からは、寝巻きを着せないといけない。そう毎回思っているのに、情事の後はそのまま抱き合うって眠るのが、習慣づいてしまっていた。それが、こうなる原因だと、男はわかっているのだが、改善する気が全くなかった。
「遅刻、決定ですね」
「え?ひゃっ!あっ、あんっ!」
 腕を布団へ縫い付けるように両手で押さえつけ、腰を動かす。
「あっ、んぅ、い、いぃ」
「奥、気持ちいいでしょ?」
「んっ………手、やっ」
「あぁ。いいですよ。ほら」
 手を離し、掴んで引き上げ、首に回させ、背中を撫でる。柔らかい胸が男の胸に押し付けられて、気持ちよかった。
「しっかり、掴まってなさい」
「んあっ、あうっ………ひっ」
 奥へ、奥へと叩きつけるように腰を動かすと、細い足が絡められるように男の腰に回される。抱きつくような格好になった細い身体は、この上なく男を誘った。
「中に出していいですよね?」
「え?ばっ、だめっ、あぁああんっ」
 男の欲望を絞り取るように締め付けてくる襞へと、余すことなく欲望を注ぎこむ。嬌声を上げた唇を舐め、声の欠片を拾い上げるように、赤い舌に自分の舌を絡ませ、吸い上げた。
「朝も、気持ちいいでしょ?」
「っ………馬鹿っ!」
 飛んできた勢いのない拳を受け止めて、身体を離す。
「体育、今日なかったですよね?」
「何で、時間割、把握してんだ!」
「貴女のことなら、何だって」
 飛んできた枕を避けて、二人が寝ても十二分の広さがある寝台を降りる。
「服、ちゃんと着てきて下さいね。眼に毒ですから」
「お前も着ろ!」
 言葉と共に飛んできた下着を受け止め、男は仕方なくそれに足を通した。


 真っ赤なスポーツカーが、公立高校の門の手前で止まる。
「行ってらっしゃい」
 声をかけても、助手席から声は返らない。仏頂面を張り付かせ、腕と足を組んで、睨みつけてくる。
「何で門の前なんだよ!」
「歩く距離少ない方がいいでしょ」
「そういう問題じゃねぇ!」
「ほら、ほら。早く行かないと目立つし、遅刻しちゃいますよ」
 鞄を掴んで扉を開け、運転席を振り返って怒鳴る。
「くそっ!帰ったら覚えてろよ!」
「あ、俺今日夜勤ですから」
「むかつくっ」
 夜勤、ということは、明日の夜までは帰って来ないのだろう。ということは、怒りの矛先がない、ということだ。
「じゃあ、また明日」
「さっさと行け!」
 叩きつけるように扉を閉めて、背中を向ける。きっと、今頃にやにやしているのだろうと思うと、またむかついた。
 遠ざかっていく小さな背中を見送り、溜息をつく。
「スカート、短すぎるでしょ」
 規定の長さではあるのだろうが、あまりにもスカートの丈が短すぎる気がした。普段、家ではパンツスタイルを好むだけに、制服のスカートから覗く、すらっとした細く白い足は、凶器だった。
 それが、どれだけ男を煽るのかわかっていないから、また問題なのだ。
 彼女は、自分の顔つきや身体つきを、よくわかっていない。美少女と言っても通るような容姿をしているのに、興味がないのだ。
 それは、昔からのようだったけれど。
「さて。俺もお勤めに行きましょう」
 姿が校舎の中へ消えたことを確認して、エンジンをかける。
 この時代は、いい時代だと思う。けれど、刺激があまりにもなくて、退屈だ。
 その退屈を溜息に変えると、男はサイドブレーキをおろし、アクセルを踏み込んだ。


 やけに眼に留まる真っ赤なスポーツカーだな、と欠伸を噛み殺して視線を向けて、青年は立ち止まった。
 運転している男の顔に、見覚えがあったからだった。
「服部半蔵?」
 それは嘗て、青年と殺し合った男だった。












2012/6/23初出