*愛人*


 呆れたような、深い溜息をつかれて、流石にむっとして顔を背けようとすると、小さく半蔵が呟いた。
「馬鹿ですねぇ」
「なっ!馬鹿って何だ、馬鹿、って!」
 憐れみすら籠められているのではないかと思える視線に、手近にあった枕を掴んで投げるが、簡単にそれは受け止められて、元へ戻される。
「病院の備品なんですから、投げないで下さいよ」
「うるさいっ」
「病院では静かに」
「むっ」
 唇に指を押し当てられて、黙るしかない由利から手を離した半蔵は、もう一度溜息をついた。
「そんなこと考えてたんですか?時間の無駄ですよ、無駄」
「じゃあ、どうしろってんだよ?」
「別に、そのままでいいんじゃないですか?俺の事も、才蔵のことも」
「は?」
「どっちか一人を選べないなら、二人とも手に入れちゃえばいいんですよ。咎める人間なんていないですからね」
「それ、おかしくねぇ?」
「おかしくなんてないですよ。貴女がそうしたいのなら、それでいいですよ、俺は」
 そこへ、扉の開閉音が響いて、才蔵が姿を現す。学校から直接来たのだろう、制服姿のままだった。
「ほら、見舞い」
 持っていたビニール袋を差し出すと、横合いから手を伸ばした半蔵がそれを取り、中に入っていた林檎を取り出す。
「由利、食べます?」
「食う」
 こっくりと頷いた姿に、果物ナイフと皿を取り出して、手早く剥いていく。
「そうだ。才蔵」
「あん?何だよ?」
「君、由利を独り占めしたいですか?」
「は?何だよ、急に?」
「ばっ、半蔵、ふぐっ」
 慌てたように身を乗り出した由利の口の中に、切り終えた林檎の一切れを突っ込んで、口を封じてしまう。
「由利がね、どっちか一人に絞れない、って言うので、じゃあ、両方手に入れちゃえばいいでしょ、って提案してたんですよ」
「お前、言ってることおかしくねぇ?」
「おかしくないですよ。まあ、一夫多妻も一妻多夫もこの国では駄目ですから、戸籍上の問題は追々考えるとしても、心情的な部分で問題ないなら、ありでしょ?あ。何なら、養子縁組します?君」
「お断りだ!っざけんな!」
「ですって、由利。だから、もうこうなったら貴女の心次第、ってことで」
「んぐっ………お前頭おかしいよ、やっぱ」
 ようやく口の中に突っ込まれた林檎を咀嚼し終えて、口を開く。
「心外ですね。貴女が散々、ずっーと、才蔵のこと欲しがってたから、っ!」
「わー!馬鹿!余計なこと言うな!」
 怪我をしていない左腕を振り上げて、思い切り半蔵の頭を殴る。
「余計じゃないですよ、何も。だって、今夢に魘されてないでしょ?」
「え?………あ、うん。そうだな」
「ほら。じゃあ、やっぱり才蔵が傍にいないと駄目でしょう?で、俺も貴女を手放す気なんて更々ありませんし、才蔵も俺に貴女を譲る気なんてないみたいですから、しょうがないじゃないですか」
「何か、それって、この時代だと、二股かけるって言うんじゃねぇの?」
 時代に関係なく、そういうのは二股をかけるというのだろう、と半蔵と才蔵は視線を交わしたが、頭を抱えた由利に、それは見えていない。
「つぅか、お前どうしたいんだよ、鎌之介」
「へ?俺?俺は………だから、選べねぇんだよ!」
 才蔵に呼ばれて一度頭を上げたが、すぐさま叫んでまた頭を抱える。今度は、叫んだ声が傷に響いたのだろう、小さく呻いている。
「………おい、お前、どういう育て方したんだよ、半蔵?」
「え?それはもう、蝶よ花よと、甘やかすだけ甘やかして育てましたけど、何か?」
 だから何か問題があるのか、と威圧してくる半蔵に、才蔵は溜息をついた。
 まさか、鎌之介を取り合ってこの男と睨み合うことになるなど、四百年前には想像もしていなかった。
「じゃあ、一先ずそういうことで、いいですよね、由利?」
「へ?お前何勝手に決めて………むごっ」
 顔を上げた途端、二つ目の林檎を口の中へ突っ込まれ、また必死に咀嚼する羽目になった由利を尻目に、半蔵が口を開く。
「で、才蔵。君、確認したことがあるんですけど」
「あ?何だよ?」
 四百年前に想像していなかったとは言え、仲良く話し合う、というのは背中がむず痒くなる行為で、どうしても喧嘩を売るような口調になってしまう才蔵に、半蔵は爆弾を落とした。
「留年してるんですよね?」
「な………何で知ってんだよ!」
「俺の情報収集能力なめないでくれます?あの頃から劣ってないですよ」
「うるせぇな!俺が留年してようとしていまいと、てめぇに関係ねぇだろ!」
 驚いたように、口に林檎を半分咥えたままの由利が見上げ、半蔵と才蔵の顔を交互に見やる。
「関係ありますよ。まともに通っている高等学校を卒業も出来ない男に、大事な家族を任せられると思います?」
「ぐっ………」
「きちんと卒業して、就職するなり進学するなり決めてから、もう一度由利には告白してくれませんかね?」
「て、てめぇにしちゃ、正論だな、珍しく」
 まさか、半蔵にそんな正論を説かれるとは全く予想もしていなかった才蔵は、反論を封じられてしまう。
「ええ。俺はストレートに医大を卒業して就職しましたからねぇ。ああ。別に、同じことしろとは言いませんから、せめて卒業位はしてもらわないと」
「嫌味か、この野郎!」
「ああ。分かりました?なら良かったです」
「卒業は、出来る」
 出来るはずだ。出席日数さえ危うくなければ………と、才蔵は此処までずる休みしてきた日数を頭の中で計算する。
「じゃあ、進学するんですか?就職するんですか?」
「………決めて、ねぇ」
「………………はぁ〜。由利、この男全然優良物件じゃないですよ。やめた方がいいですよ」
「うるせぇ!すぐに決めてやるよ!それなら文句ねぇだろ!」
 叫んだ才蔵が、そのまま二人に背中を向けて病室を出て行く。叩きつけるように開閉された扉が弾んで、また開き、自動的に閉まっていった。
「お前、性格悪い所は変わらねぇよな」
「あのですね。俺はまともなこと言ったつもりなんですけど?」
「まともなことを嫌味たらしく言う所が性格悪い、って言うんだよ」
「性格良くする必要がありませんからね」
「変人」
「貴女に言われたくないです。はい」
「無駄に綺麗な剥き方」
「ま、扱い慣れてますから」
 綺麗に薄く皮の剥かれた林檎が皿に載せられ、眼の前に差し出される。それを遠慮なく一つ口に入れる。
「良かったですね」
「ん?」
「才蔵のこと」
 口の中に入れた林檎を急いで噛み砕き、口を開く。
「でも、お前のことも嫌いじゃねぇぞ」
「知ってますよ」
 林檎の蜜のついた口端を舌で舐め、そのまま唇を重ねた。







これにて完結です。長いお付き合いありがとうございました。
両方手に入れちゃえばいいよね、エンディングです。
最初は3Pでえろろな感じにしようかと思ったのですが。
思い直しまして(笑)ギャグテイストで終わらせてみました。
とりあえず鎌之介が幸せならそれでいい!そんな感じです。





2012/11/24初出