*衣装*


 数多の武将が群雄割拠し、鎬を削っていた時代から比べると、新しく生を受けたこの時代は、あまりにも生温く、穏やか過ぎて、退屈になることの方が多いが、品物の豊富さ、という点においては、比べようもなく豊かだと言える。そして、それらの数多くが、欲を出しすぎなければ、どうにか自身の給与で購入できる金額なのも、有難い。
「さて。今年はどうしましょうかねぇ」
 通信販売、というこの上なく便利な物を使用しながら、半蔵は口元に笑みを浮かべていた。


 師走に入り、街中は眼に痛いほどのイルミネーションで覆われている。何時の間にこの国は、バテレン教に鞍替えしたのだろう、と思うほどの賑わいだ。現代で戦国時代と総称される時代において、この宗教は決して一般的なものではなかったはずだが………
「時間の流れって怖いな」
 別に、当時においても信心深い人間ではなかった(信心深ければ、人殺しを生業にする忍などできはしなかった)が、此処まであからさまに自由奔放だと、この国の人間は大丈夫か?と、心配にもなる。
 初詣は神社、葬式は寺、結婚式は教会、などという奇妙奇天烈な現象を眺めていると、呆れ返ってしまうのだが、まあ、それは横へ置いておいて………携帯電話を懐から取り出して、才蔵は口元をへの字に曲げた。
 この機械についても、一向に原理が分からないのだが、あれば便利だし、使い方はどうにか覚えたから持っている。ただし、電話と簡単なメールしか使えないが。そもそも、電話というものの原理も分からない………のだが、まあそれも後ろへでも軽く放り投げておいて、画面を開いて、操作をすると、何時何処で人のメールアドレスを知ったものか、一番やり取りをしたくなかった男から、メールが届いている。
『クリスマスパーティーをしますから、来てくださいね』
 あの男の口から“クリスマスパーティー”とか言う単語が飛び出てくること事態が、既に才蔵の理解の範囲を超えているのだが(この時代に馴染みすぎだろう)、百歩譲ってそこに眼を瞑ったとして、自分が誘われる理由が分からない。
「………何考えてんだ、あの野郎?」
 胡散臭い、という印象しか抱けない相手からの誘いだが、誘いを蹴る、という答えは才蔵の中にはなかった。


 むず痒い、という感覚に薄っすら眼を覚まして、痒みの原因付近に手を伸ばして、指先に触れた感触に、首を傾げる。
 確か、昨日の夜は、深夜を回って帰ってきた半蔵が、いつものように肌を求めてきて、いつもの如く散々泣かされて、素っ裸のまま寝たはずなのに………
「服、着てる」
 しかも、何か、ふわふわしていて痒い。
 布団の中からもぞもぞと這い出して、ベッドから降りて自分の格好を見下ろした途端、反射的に部屋の扉を蹴り開けた。
「半蔵!」
「ああ、おはようございます」
 エプロンの似合わない男が、台所に立っている。何度見ても似合わないその格好は無視して、蹴り開けた扉を足で閉じる。
「お前、何だ、これ!」
「ああ。やっぱりよく似合ってますよ」
「似合ってるとかの問題じゃねぇだろ!お前俺が寝てる間に着せたな!」
「勿論。起きたら着てくれないの分かってますからね」
「っの野郎!着替える!」
「あ。無理ですよ」
「何で!」
「貴女の服全部隠しちゃいましたから」
「は?」
「勿論、下着も」
「した、ぎ………履いてねぇし!」
「履いちゃったら楽しくないでしょ、俺が」
「知るか、ぼけ!」
 卓上に置かれた塩の入った瓶を掴んで投げつけるが、半蔵は軽々とそれを受け止めて、笑っている。
 そこへ、来客を告げるインターホンが鳴り響き、心得たように半蔵が塩の瓶を置いて、玄関へ向かう。
「多分、才蔵も喜びますよ、その格好」
「さっ!見せれるかー、あほー!」
 叫んで、すぐさま回れ右して閉じたばかりの扉を開いて、部屋に飛び込む。何でこの部屋の扉には鍵がついてないんだろう、と、布団の中へ飛び込んで丸くなり、馬鹿、阿呆、呆け、と少ないボキャブラリーの中から思いつく限りの単語を並べて、半蔵を罵った。


 上機嫌な半蔵の笑顔を、胡散臭い、と思いながら部屋へと上がり、才蔵はすぐに部屋の中に視線を走らせた。
「あいつは?」
「多分、今頃布団に包まって蓑虫になってますよ」
「は?」
 言いながら、半蔵が一つの部屋の扉を開ける。
「由ー利。才蔵来ましたよ」
「出れるか、馬鹿野郎!」
「お前、何したんだよ?」
「別に?クリスマスに相応しい衣装を買ったんで、着せただけです。寝てる間に勝手に」
「最低だな、お前相変わらず」
「そんなこと言っていいんですか?きっと君だって見たら最後、可愛くてしょうがなくなりますよ」
 こんもりと、室内のベッドの上に丸い塊が出来ている。そこに半蔵が近づいて、布団を掴むと、中にいるのだろう由利が、必死に抵抗するように布団を離さない。
「観念してください。俺相手に力比べなんて疲れるだけですよ」
「うーるーさーいー!」
「ま、この程度すぐに剥がせますけどね」
「うっわ!」
 布団を掴んだ半蔵が、力任せに引っ張ると中から転がるように、赤い塊が飛び出てベッドから落ちる。
「おま、何力任せに………って………」
 ベッドから転げ落ちた姿に近づいて、才蔵は足を止め、動きを止めた。
 肩が大きく開いた衣装は、真っ赤で、丈は太股が見える程短く、襟元や袖口、裾は白いふわふわとしたもので装飾され、胸元とお腹近くに二つの白いふわふわとしたボタンがついている。
 それが、所謂サンタクロースの衣装なのだということに気づくまで、才蔵は優に一分ほどかかった。
「どうです?ミニスカサンタです」
「ミニ………」
「折角肩や足が綺麗なので、露出した方がいいと思って。似合ってるでしょう?」
 才蔵の前に出てしまったというのに、まだそれでも足掻いて部屋の隅に逃げようとしている由利の腕を掴んで立たせると、その肩を強く押して、立ち竦んだままの才蔵に向けて突き飛ばす。
 何とか我に返った才蔵が、突き飛ばされた細い身体を受け止めた時、ふにゃりと、柔らかいものがあたった。
「因みに。折角なんで下着は着せてません。ダイレクトでしょ?」
 言われて、ふにゃりと当たったのが彼女の柔らかい胸なのだと気づき、才蔵は咄嗟にその身体を離した。
「ばっ………てめぇ、正真正銘の変態だ、馬鹿野郎!」
「心外ですね。男の浪漫でしょ、浪漫」
「阿呆!こいつの服と下着何処だ!」
「ないです。全部送っちゃったんで」
「送った?」
「ええ。親戚の家に。預かっておいて下さいね、って。明日取りに行きますから、って」
 半蔵の発言は、必然的に今この家の中に由利が着る事の出来る服は、彼女が今着ている一着しかないのだということを示していて、才蔵はそっと剥き出しの肩から手を離した。
 これ以上触れていると、手を出しそうだ、という理性との戦いの末の判断だった。







半蔵×鎌之介+才蔵、番外編です。
クリスマスネタで書いてみました。
絶対ミニスカサンタの衣装可愛いと思うんですよ!!
あ。才蔵の理性の壁はそんなに厚くないので、そう長い時間かからず粉砕すると思われます。
むしろそっち書いた方が良かったのかな??(笑)





2012/12/24初出