白い頬に朱が差して、水を湛えたように双眸が潤んでいく。それに気づき、まずい、と思った時にはもう、遅かった。 細い身体が、迷うことなくしな垂れ寄りかかり、全体重を預けてくる。咄嗟にその身体を支えたが、支えきれずに、床に共倒れになる。だが、その衝撃が楽しかったのか、ころころと喉の奥で笑いながら、赤い盃を放り出した。 「さいぞー」 酔っ払いは性質が悪い、ということを、この後才蔵は嫌と言うほど思い知らされる。 事の発端は、そもそも一本の電話だった。 『あけましたね。おめでとうございます』 「おめでたくねぇよ。何で新年早々てめぇの声聞かなきゃなんねぇんだ?」 『そんな新年早々何なんですけど、君暇ですよね?暇でしょ?暇に決まってますよね?すぐ来れますよね?』 「は?」 『今呼び出し入っちゃって、すぐに病院に行かなくちゃなんないんですよ。全く。新年から変死体なんて、世の中荒んでますねー』 年が明け、惰眠を貪って眼を覚まし、明るい日差しに眼を焼かれた頃、かかってきた電話に、才蔵は折角良かった機嫌を急降下させていた。 「てめぇのことはどうだっていいんだよ。何だ、すぐ来い、って?」 『え?由利が一人になっちゃうでしょ?すぐ来て相手してあげて下さい』 「………分かった」 『由利ー、才蔵すぐ来ますから、大人しくしてて下さいね』 『ばっきゃろー!これ脱がしてけ!』 『え〜?可愛いからいいじゃないですか』 『動きにくいんだよ!変なことにばっか頭使いやがって、変態!』 『はいはい。あ、由利が家の中の物壊す前に来て下さいね。早めにお願いします』 ぶつり、と音を立てて切られた電話の向こう、遠い場所から聞こえてきた、少女の苛立つような声に、才蔵は大きく肩を落とした。 また、あの男はろくでもないことをしでかして、彼女を怒らせたのか、と。 そして、その予測が間違っていないことを才蔵は知るのだが、しかし、怒りよりも感謝を抱いてしまったことは、不覚と言えた。 数十分の後、呼び出されて到着した才蔵を出迎えたのは、絶対に着るのを嫌がりそうな振袖に身を包んだ少女だった。 髪色に合わせたのか、生地の色は朱色で、袖や裾に蝶や花が飛んでいる。帯の色は金色で、着物の柄に合わせたのだろう、大きな蝶が一羽、施されていた。 けれど、残念なことに、見事に着崩れている。 「暴れたんだろ?」 「だって!こんなん窮屈でずっとなんて着てらんねーもん」 「似合ってるけどな」 「………きつくて飯食えねぇから、やだ」 ぼそぼそと文句を言う頭に手を置いて、暴れて乱れた髪を梳きながら撫でてやる。 「着崩れ、直してやるよ」 「え〜?いいよ、もう。それより、才蔵も飯食うだろ?半蔵があれこれ用意してった」 ぐい、と才蔵の腕を掴んで、空いている手で裾をたくし上げて、部屋の中へと進んでいく後へついていきながら、少しだけ、半蔵に感謝した。 もう二度と、こんな風な彼女の姿は、見られないのではないかと、思っていたのだ。かつて、一度だけ女性物の着物で着飾っていたことがあるが、その時以降、一度も見たことがなかったのだ。 だから才蔵は、似合っている、と褒めてやることが出来なかった。あの時はまだ、自覚していなかったから。 だが、その似合っている着物が凶器となって、才蔵の理性を揺すぶり始め、冒頭へといたることになる。 食事と他愛無い会話が進んでいき、何時の間に注いでいたものか、酒を口にしていたのを才蔵が止める前に、酔いが回った細い身体が、才蔵の上に乗っている。その上、着崩れた着物の衿元から覗く細く白い首が、眼の前にあるのだ。 「お、おい。鎌之介?」 「んー?」 こいつは、昔から酒癖が悪かった。酔いが回ると、他者へ絡んでくるのだ。その上警戒心が取り払われるのか、やたらと接触が増える。 「何で、お前、酒呑んでんだよ?」 「そこに、あった」 「あの、野郎!」 食事の用意は、きっと全て半蔵がしていったのだろう。ならば、酒を彼女が自分で出すわけがない。となると、必然的に半蔵が酒も出していったことになる。酒を片付けていかなかった男に対して悪態をついた才蔵は、必死に上に乗った細い身体を退かそうとした。 「とに、かく!おい!俺の上から退け!」 「やだー」 ぐいぐいと、首に腕を回してしがみついてくる身体の下から、自分の体を抜こうとして失敗し、才蔵は溜息をついた。 「やだ、って、お前な………」 「だって、才蔵、あったかい」 ふにゃり、と赤くなった顔が笑う。その瞬間、才蔵の中の理性が、切れた。 ああ、やっぱり、酔っ払いは性質が悪い。白い肌の上に、赤い痕をつけながら、しみじみ才蔵はそう思った。 細い指が、まるで誘うように才蔵の肌の上を渡り、髪に絡められる。 「ったく、お前は………」 「ん〜?ふあっ」 「どこでそういうの覚えるんだ」 あいつか?あいつが教えてんのか? 「むかつくな」 軽く首筋に歯を立てながら、帯を緩め、解いていく。朱色の着物の下、白い襦袢の下から白い肌が現れて、そっと手を這わせると、色の白さに反して、熱かった。 優しくしてやりたい。そう思うのに、この身体を自分以外の男も抱いているのだと思うと、嫉妬が湧いてくる。それは、止められなかった。 解いたばかりの帯紐を使って、細い両手首を結んでしまう。 「さいぞ?」 酒で思考力が低下しているのか、何をされているのかいまいち分かってなさそうな表情で小首を傾げられたが、才蔵はやめる気はなかった。 右の太股を掴んであげさせ、その奥にある場所へと、顔を埋める。 「やっ、あっ!」 大きく跳ねた身体を押さえて、熱い場所を舌でこじ開けるように、探る。舌で、指で、濡らして、解して、咲かせるつもりだった。 「ふっ………あうっ」 縛られて自由の利かない手で、何とかやめさせようとでも言うのか、頭を上げさせようと伸ばしても、掴めるのは才蔵の黒い髪の一筋か二筋だけで、それもすぐに指の間からすり抜けていってしまう。 「さい、ぞ、やぅ、それ、やだぁ」 足を震わせ、逃げようと引いた腰を掴んで引き寄せ、奥へと指を差し込む。 「やっ、あっ、ん………いっちゃ、う」 「駄目だ」 指を引き抜き、白い太股に吸い付いて、赤い痕を一つ残す。 「俺を煽った責任は、取れよ」 「へ?」 「意識なくすまで、泣かせてやるよ」 咲かせた花の奥へと、才蔵は自身の欲望を潜り込ませて、飽くまで、その花を愛で続けた。 ![]() 秘め事始め、を短縮した言葉がタイトルです。 この後は皆様どうぞ想像で補ってください! 私的には、まあ、その内半蔵さんが帰ってきて混ざるよね!って感じです。 新年から縛るとかどうなの?と思ったけど、嫉妬した才蔵ならするな、うん、と思ったのでそんな年始めです。 2013/1/2初出 |