いつだって、どんな時だって、横に立てることはなかった。 私はいつも守られるばかりで、いざという時に、戦うことが出来ない。 呼べば振り返るけれど、腕を伸ばせば立ち止まってくれるけれど、自分から歩み寄ってくれることは、なかった。 嫌われることが怖かった。臆病だった。でも、そのせいで、二度と会えなくなるのは、嫌だった。 だから、追いかけた。役に立たなくてもいい。戦えなくてもいい。ただ、側に、近くにいたかった。 なのに、見つけた時にはもう、虫の息だった。死んでいると思えた。 だから、感情を全てぶつけた。怒りと憎しみと悲しみと、嫉妬を。 ずっと、側にいたのに。横に立って戦っていたのに、どうして、最後の最後まで、私の邪魔をするんだろう。 最後の最後位、私にくれたっていいじゃない。 そう思った時には、もう、遅かった。 私の中のもう一人の私が、全部を呑みこんで消滅させようとしていた。 そして、私もそれを、止めなかった。 あんな、泣きそうな鎌之介の顔なんて、初めて見た。 いつも、いつだって、才蔵を追いかけて楽しそうに笑って、戦う時だって当たり前のように横に立っていた。 羨ましかった。私も、才蔵の横に立てる位強ければよかったのに。 そうすれば………そうすれば、こんなにも真っ黒な心に支配されずに済んだかもしれないのに。 鎌之介は、知らないでしょ。才蔵を見ていた私だから、気づいたことを。 才蔵は、追いかけてくる鎌之介から本気で逃げていたけれど、追いかけてこなければこないで、少し、不機嫌になっていたこと。 鎌之介が、他の誰かといるのを見ると、眉間に皺が寄っていたこと。 知らないでしょ。知らないのに、才蔵を手に入れようとしたんでしょう。 ずるい。ずるいよ、鎌之介は。 だから、私が全部、消してあげる。 想いも、願いも、心も、全てを。 そう思って、才蔵を抱きしめたまま、眼を閉じた。 でもね。 少し、後悔したのも本当なんだよ。 黄泉の国は、冷たく、暗く、湿り、音のない世界だった。 私を飲み込んだもう一人の私は、きっと、其処に一人でいるのが嫌で、地上へと出ることを望み、私を生み出したのだと思う。 一人は、寂しい。 どれだけの人間を死においやっても、どれだけの魂を側に置こうとしても、神と同列に存在できる魂はない。 だから、やっぱり長い間其処にいることは出来なくて、あの時側にあった幾つもの温かい魂が再び世に出る頃を見計らって、もう一度、私は地上へ出ることにした。 孤児として拾われた私は、あの時と同じ名前を貰って、子供のいなかった夫婦に引き取られて育てられた。 優しい両親に、温かい愛情。けれど、あの時側にあった魂と出会うことは、中々出来なかった。 何年も、何年も、子供の足で出向ける場所の限界を彷徨って、十数年。近くにあるように感じるのに、出会えないそのことに落胆する日々を送っていたら、唐突に、出会った。 いつもの帰り道。学校から家までの間にある川原を、通り過ぎようとした時だった。 紅い花が咲いている、と思い、眼を凝らした。まだ夏になったばかりで、秋までは大分遠いから、彼岸花などではないだろうし、なら一体何の花なのだろう、と近づこうとした時、それが、花でないことに気づいた。 草むらの中に、通学鞄と思しき鞄を枕に、眠っている姿。 「鎌之介?」 近づいて声をかけると、ゆっくりと、瞼が押し開けられ、少し上向きに、睨むように視線が向けられた。 「あ?」 まるで、威嚇でもするような低めの声で、何の用かと問われているように思えて、近づいた。 「こんな所で寝てると、風邪ひくよ?」 「ひかねぇよ」 半袖のセーラー服。スカートの裾は短く、白い足にはソックスなど履いていない。 「何か、用か?」 「鎌之介、でしょ?」 昔の名前で呼べば、驚いたように上体が起こされ、振り返る。 「………伊佐那海?」 「うん」 以前のように、高い位置で髪を上げていない。あの頃つけていた簪も、ない。緩く肩の所で一つに纏め、リボンをつけた自分は、あの頃と少し、印象が違うかもしれなかった。 「やっぱり、鎌之介だ。久しぶり」 懐かしい、と感慨に耽っていると、枕にしていた鞄を掴んで立ち上がり、坂になっている場所を足早に下りていく。 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 「ついてくんな」 逃げるように歩いて行ってしまう後ろ姿を追いかけ、腕にしがみつく。 「待って!話がしたいの!」 「話?」 振り返った顔に、何度も頷いて、逃がさないように、腕に力をこめる。 「鎌之介、あの時のこと、覚えてる?」 「どの時だよ?」 つっけんどんな物言いに、心が痛む。以前も仲がよくはなかったけれど、こんな風に頭から拒絶されているような言い方は、されなかった。 「大坂で、私、酷いこと、言ったし、した、から」 「………………手、いてぇんだけど」 「あ、ごめん」 思った以上に力をこめてしまっていた手から力を抜き、それでも、逃がさないように腕は掴んだまま、下を向く。 「ごめん、なさい」 「謝って、どうにかなんのかよ?」 「え?」 「時間なんて戻んねぇし、才蔵も俺も、他の奴らだって皆死んだんだし。今更謝られたって、気色悪いだけだ」 「でも………」 「お前、ずっと我慢してたんだろ?」 「え?」 「俺は我慢すんの嫌いだから、そういうのわかんねぇけど、そうなんだろ?」 「鎌之介………」 「由利」 「え?」 「今の俺の名前。由利。一応、女だからな」 「名前、そっか。違うんだ。あれ?じゃあ、苗字は?」 「………言わねぇ」 「あ!霧隠とか?」 「んなわけあるか!」 「え〜違うの?」 てっきり、才蔵の名前が出たから、この時代でも一緒にいるのだとばかり思っていたけれど、そうではないのだろうか、と少し首を傾げると、視線が泳ぐ。 「手、離せよ。帰る」 「ね、鎌之介。また会える?」 「さぁな」 「あ、その制服隣の公立高校のだよね。私女子校に通ってるんだよ。授業終わった後とか寄れるかな?」 「来るな!」 「え〜?他校の友達欲しいな」 「もういいだろ。離せよ」 無理矢理に腕を振り払って足早に離れていく背中を見送り、絶対に近々、放課後校門で張ろう、と決意して、川原の坂を上った。 その後、鎌之介の今の苗字のことや、二股をかけていると言う噂が流れていることを伊佐那海が知り、一騒動起きるのだが、それはまた、別の話になる。 ![]() 女の嫉妬は怖いよね、という話です。 そして、この後伊佐那海は勿論校門で鎌之介を待ちます。 で、半蔵とかとも出くわしちゃって、一騒動起きるわけですが。 そのお話は特に考えていないので、書かないと思います。皆様の想像の中で騒動起こしてください。 2013/2/2初出 |