インターホンを押して、暫くすると、眼の前の扉が開く。外へ向けて開けられる扉から離れて待っていると、中から現れたのは、見たことの無い人物だった。 家を間違えたか?と、扉の上部についている部屋番号を確認し、間違えていない、と思いながら眼の前の人物を見ると、その人物は赤い唇を開いた。 「あら。由利ちゃーん」 「ちゃんづけで呼ぶな、って言ってんだろ」 奥から、この部屋に住まう人物の声が聞こえてきて、一安心する。ぱたぱたと、駆けてくる音が響いてその姿が見えて、一歩前に出た。 「才蔵!」 「おう」 「あら。あらら。貴方が霧隠才蔵?」 「ああ、そうだけど」 「うふ」 「何勝手に出てんだよ!ってか、帰れよ!」 奥から出てきた由利が、ドアノブから手を離した女を、ぐいぐいと外へ押し出そうとするが、女は軽くその腕から逃れると、才蔵を手招いてドアを閉めるように示す。 「あん。酷いわ。私は半蔵さんに頼まれて、ご飯作りに来てるのに」 「飯位どうにかできる!」 「半蔵さんのいない三日間、ジャンクフードで済ませるつもりだったんでしょう?駄目よそんなの」 「俺が何食おうと、俺の勝手だろ!」 「だぁめ。由利ちゃんの体調管理は私と姉様がきっちり管理させてもらうわ」 「ちょっとぉ、なぁに玄関で騒いでるの?」 もう一つ別の声がして、奥から女が出てくる。その姿を見て、才蔵は唖然とした。 「あんた、何で!」 「あら。お久しぶりね」 奥から出てきた女は、蠱惑的な赤い唇を弓なりに微笑ませて、かけていたエプロンを外した。 値踏みするような、灰桜と名乗った女の視線に曝されながら、才蔵は出された緑茶に口をつけた。 「お前ら早く帰れ!」 「だぁめよ。由利ちゃんがお昼ご飯を食べ終わったのを見届けるまでは帰りません」 「貴方は食べるの?」 「いや。食って来たからいい」 突然水を向けられて断れば、一人分の料理が出されて、由利の前に置かれる。 「俺の好物………」 「勿論。そうじゃなきゃ貴女が食べないことなんてお見通しですもの」 四百年前の味覚が残っているのか、洋食よりも断然和食が好きな由利の前に置かれたのは、焼き魚に味噌汁、香の物、煮物にご飯、緑茶という純和風な食事だった。 「むかつくっ!」 叫びながら、それでも箸を取って食べ始めた由利を置いて、灰桜が口を開く。 「それで、貴方は何しにきたの?」 「あ?俺?俺はこいつに呼ばれたから来たんだよ」 「そうだよ。今日は才蔵と一日遊ぶんだからお前らは早く帰れ!邪魔!」 「邪魔、って言われても、まだお洗濯も洗い物も残っているのよ?由利ちゃん、出来ないでしょう?」 「うっ………」 「そうよねぇ。だから私達が半蔵さんに呼ばれたんだし」 「つぅか、俺には状況が飲み込めねぇんだけど、どういうことだよ?」 三日間、病院の研修の関係で出張しなければいけない、という半蔵が家にいないので遊びに来い、と由利から言われたから才蔵は来たのだが、来てみたらこの家の住人ではないだろう女が二人もいて、才蔵には状況が全く理解できなかった。 そんな才蔵の疑問に、灰桜が口元に笑みを刷いて答えた。 「由利ちゃんはね、家事全般がからっきしなのよ」 「半蔵さんが甘やかして育てたせいで、炊事洗濯掃除の全部が出来ないの」 「で、放っておくと三食全部デリバリーとかジャンクフードで済ませちゃうから、体に悪いでしょう?そこで、私達姉妹が半蔵さんから呼ばれたの」 「三日間、彼女の食事の面倒を見てくれ、ってね。後出来れば掃除と洗濯も、って」 「私達は家政婦じゃないのにねー」 「まあ、でも、あの人の頼みなら聞かないわけにはいかないし」 「そうね。しょうがないわよね」 「ってか、桜割だっけ?あんたとは面識あるけど、灰桜ってあんたとは、面識ねぇんだけど、何者だよ?」 「あら。私?私は元異形衆よ」 「何?」 「そんな殺気剥き出しにしないで頂戴。何にもしないから、今は」 にこにこと微笑む灰桜の笑顔には、裏がないように思えたが、本当に信用してもいいものかどうか、才蔵には判断が出来なかった。 「大丈夫だよ。こいつら親戚だから」 「は?」 味噌汁を飲み干した由利が口を開き、最後の一つの香の物を口に放り込んだ。 「因みにどっちも職業は教師だから下手なことしねぇ………はず」 「はずって何よぅ。由利ちゃん、酷い」 「しな作るな、気色悪ぃ」 箸をおいて、湯飲みに口をつけているその端から、桜割が空になった皿を片付けて台所へ持っていく。 「私、生物の教師してるんだけど、貴方生物取ってないの?」 「俺は理系苦手なんだよ」 「ふぅん。それで接点がないのねぇ」 納得したような灰桜も立ち上がると、姉妹だという二人は、並んで台所で洗い物を始めた。 そこへ、インターホンが鳴る。それも、連打しているのか、何度も、何度も、しつこく鳴っていた。 「んだよ!誰だ、今度は!」 叫んだ由利が、苛立った足音をさせて玄関へ向かい、扉を開けると、そこには長い黒髪を乱れさせた男が立っていた。 「げっ!」 「姫ぇえええ!」 叫んだ男が、突進するように向かってきたのを交わし、扉を閉める。廊下に倒れこんだ男の背中に乗り、仁王立ちになって由利が叫んだ。 「誰だ!この馬鹿呼んだの!」 「あ。私よー。貴女の大事なお姫様の彼氏が来てるわよー、ってメールしておいたの」 「灰桜、てめぇええええ!」 突然の闖入者に、才蔵の思考は、停止しかかっていた。 何処から持ってきたのか、ビニール紐で由利にぐるぐる巻きにされた男は、ねめつけるような視線を、才蔵に向けた。 「お前が、姫の彼氏、だと?」 「彼氏っつーか、何つーか………」 「あぁ………私の姫が汚される………」 「妙な想像してんじゃねぇ、この阿呆!」 拳で男の頭を殴り、その次に背中を蹴る。だが、男は文句一つ言わず、床の上に突っ伏した。 「あぁ。姫の拳、久しぶりです」 「もう、本当嫌だ、お前。変態ぶりに拍車かかってんじゃねぇかよ」 「知り合いなのか?」 「あ、あー………何て言うか………」 「あ。そいつも異形衆よ。朽葉って言うの。由利ちゃんと戦ったのよねー」 「何?お前が?」 かつて、異形衆との戦いが終わった後、情報収集と称して戦った相手の情報を勇士で出し合ったのだが、鎌之介だけは、頑なに口を割らなかった。その相手がこの男だったのか………と、才蔵は男を見下ろした。 「ええ。あの時の姫は本当に可愛ら………」 「お前ら、本当にとっとと帰れ!久しぶりに才蔵と会ったのに邪魔すんなよぉ!」 悲鳴のような由利の言葉も空しく、結局三人は夕食時まで居座った。 ![]() 実は、最初に出来た番外編がこのお話でした。 けれど、時間軸とか考えるとこの位の順番がいいかなぁ、と。 “衣装”の時に半蔵が親戚、と言っていたのは桜割、灰桜姉妹のことです。 因みに、色々設定が全員にあるんですが、此処で書くとすっごく長くなってしまうので。 日記の方に書いておきます。気になる方はそちらで。 後、朽葉の性格は朽葉+ライズ+変態、って感じです(笑) 2013/2/9初出 |