*淫逸*


 手を伸ばす。けれど、伸ばした手は何も掴むことなく、空を切った。
 嗚呼。嗚呼。結局………
 一滴零れたものが涙だと気づくより先に、視界は暗転していた。


 伸ばした腕を、掴まれる。
「由利?」
 聞き慣れた低い声が頭上から降ってきて、一瞬、自分が何処にいるのか、わからなかった。
「半、蔵?」
「そうですよ。誰だと思ったんですか?」
「俺………」
「寝ていましたよ、ソファで」
「ああ」
 言われて、思い出す。
 勉強は嫌いだが、やらなければ苦痛の学生生活は終わらないため、仕方なく、出された宿題をやろうと思って、道具を広げた所で、眠くなって、ソファに横になったのだ。
「何時、帰ってきたんだ?」
「少し前です。勉強していたんですか?」
「してねぇ」
「してください、少しは」
 半蔵は、掴んだ腕を引き寄せて、小さな掌に口づけた。
「癒してください、由利。疲れました」
「じゃあ、お前は俺を慰めろよ」
 もう片方の腕もあげると、そちらも掴まれる。
「また、夢を見たんですか?」
「夢じゃねぇよ。事実あったんだから」
 嫌になる位、同じ場面を何度も、何度も、夢の中で繰り返す。
 嫌な場面ほど、そうだった。
 半蔵は、細い体に折り重なるようにソファに乗り、紅い髪を梳いた。
 嫌な夢を見た後は、必ず肌を重ねることをせがむ。そうすれば、一時の激情と快楽に溺れて、忘れられると知っているからだ。
 そして、半蔵はそれを止めない。止める理由がないからだ。
 唇を重ね、深く、貪るように舌を絡める。
 滅茶苦茶に壊したい衝動に駆られ、半蔵は細い手首を、握り潰すかのように、力をこめた。


 柔らかく紅い髪が振り乱され、細く白い喉が仰け反り、甘い声が零れる。
「んっ………半、蔵」
 狭いソファから広いベッドへと移り、もうどれほど長い時間、そうしているかわからなかった。
 半蔵の腰に跨り、鍛えられた腹に手を置いて、しなやかな身体が上下に跳ねる。半蔵はただ、その媚態を寝転がって眺めていた。
 唇、首筋、鎖骨、胸元、腹部………と、視線で犯すように、ゆっくりと眺めていく。ただそれだけで、眺められることが好きではない身体が、震えた。
「ふぅっ………はん、ぞ、明かり、消して」
「駄目です」
 まるで、あの頃を再現するように、室内の何箇所かに置いた、和紙で装飾された電気スタンドの小さな橙色の明かりが、情に溺れる体を暗闇に浮かび上がらせる。
 いや、眺められることが好きではない、というのは語弊がある。眺められると、恥ずかしいのだろう。
 瞼をきつく閉じて、動きを止めてしまった身体の線を視線でなぞりながら、指先で足の線を辿っていく。そして、その指先で、半蔵自身を飲み込んでいる柔らかな媚肉の縁を撫でる。
「あっ!」
 浮いていた腰が落ち、更に奥深くへと半蔵を呑みこみ、隘路の襞が絡みつく。
「っ………動い、て………も、無理。奥、して」
 半蔵の腰の上で、腰をくねらせる少女の細い身体が震える。その動きで燻っていた熱を煽られた半蔵は、細い腰を掴んで、強く腰を打ちつけた。
「ひあっ!あっ、あぁ!」
「もっと、乱れてください」
 唇を開き、紅い舌先に自身の指を絡めながら、打ちつけられる腰の動きに合わせるように、細い身体を揺らし、強く、半蔵を奪おうとする。
「由利」
「もぅ、い、くっ」
 熱い蕾の奥深くへと欲望を吐き出すと、背が反り返り、口端から唾液を零して、頂点へと駆け上がる。
 支える力を失った上体が倒れ、寝転がっていた半蔵の肩口に、顔が乗った。
「由利、今日は学校、休んでください」
「な、んで?」
「貴女を、離したくない」
「え?」
 荒い息の治まらない身体をうつ伏せにし、上から覆い被さる。首筋に噛みつくように口づけて強く吸い上げ、耳朶を食む。
「由利」
「んっ………お前、仕事、は?」
「休みです」
 細い腰を掴んで高く上げさせ、足を広げさせる。突き出すような格好になった丸い尻を撫でて、濡れそぼった蕾へと、楔を突き立てる。
「はぁっ………あっ………何、回、する気」
 枕を掴んで引き寄せ、頭を乗せて振り返った由利が文句を言うが、眦には涙が溜まり、頬には朱が浮かんで、口元は笑んでいる。
「俺が、尽きるまでですよ」
「ははっ………死ぬ、かも」
 緩やかに腰を動かし、熱く蕩ける内側を味わうように奥へと進む。
「何、荒れてんのか、知らねぇ、けど………そういうお前、嫌いじゃねぇ」
「じゃあ、気が済むまで、相手してください」
 綺麗に撓む背中の筋を舌で舐め上げ、肩口にも噛みつくように口づけ、吸い上げる。
「痕も、沢山残したい」
「男って、わかんねぇ」
「独占欲ってやつですよ。貴女を、俺だけのものにしておきたいんで」
 振り向いている顔に近づき、唇を重ね、舌を絡めあう。呼吸を奪うほど貪り、ようやく離す。
「な、が………んっ」
 啄ばむようにもう一度口づけ、眦の涙を舐め上げる。
「明かり、消さねぇ、のか?」
「駄目ですよ。見たいので」
「………馬鹿」
「馬鹿でも何でもいいです。由利の身体は綺麗ですよ。ずっと眺めていたいくらいに」
「変態」
「殺しあうのが趣味だった貴女に言われたくないです」
「それ以上の快楽なんて………んあっ………なかった、から」
「今は?まだ、殺したいですか?」
 ゆっくりと腰を使いながら、腕を前に回して柔らかい胸を掴んで揉み、じわじわと熱を上げていく。
「殺し、たい、けど………これも、好きだ」
「なら、存分に、楽しんでください」
 半蔵の手で、殺し以外の快楽を知った身体が、淫らに表情を変えていった。


 明かりが消え、その代わりに、窓の外から日の光がカーテンの隙間から入り込む。
 半蔵の尽きない欲で彩られた肢体が、ベッドの上に投げ出されていた。
 白い肌の至る所に口づけの痕が残され、頬には涙の痕が残っている。
 汗で額に張り付いた髪を外してやり、そっとその額に口づけた。
「はぁ………学校に、一応連絡入れておきますか」
 今の所はまだ、半蔵は彼女の保護者という立場に当たるのだろうから。
「面倒ですねぇ、この時代は」
 名残惜しげに頬を撫でて手を離し、後で文句を言われるだろうから、彼女が好きな物を作っておかなければ、と、半蔵は台所へと足を向けた。
 勿論、情事の痕が色濃く残る体には、しっかりと布団をかけてやって。












2012/9/22初出