ねっとりとした甘い香りが、頭の奥を痺れさせて、考えることを放棄させる。 明かりに照らせば蜜のようにとろりと光るであろうものを指にとり、白く細い腰の線を辿るように、それを塗りつけていく。 考えることと理性を放棄した鎌之介の身体が、些細なその触れ合いにすら反応して、腰を揺らす。 身体中の彼方此方をその薬で彩られ、特に念入りに綻ぶまで解された蕾は、決して放すまいと、才蔵を咥えこんでいる。 柔らかく熱いその場所へ、既に才蔵は二回ほど欲望を吐き出しているが、衰える気配が全く見えない。 薬には耐性がついているが、乱れ喘ぐ恋しい女の姿を見て、理性を保っていられるわけがない。 細い腰を掴んで引き寄せれば、更に深く繋がり、しなやかに薄い背が撓む。 「はっ………やばい、な」 何日もまともに食事を取らずに眠ってばかりだった体に、こんな無体を強いていいはずがないと、理性ではわかっている。頭の片隅で警鐘が鳴ってもいる。 けれど、止まらなかった。 もっと、もっとと、求める心が止まらないのだ。 いっそ、髪の一筋まで、喰らい尽くしてしまいたいと、思うほどに。 まるで、獣だ。本能のままに求め、貪り喰らう、獣。 欲しい。この身体が。この心が。この、存在の全てが。 求めるように唇を重ね、口中へ舌を滑り込ませて、熱い舌を絡めとり、吸い上げると、答えるように小さな声が喉の奥から漏れた。 愛しい、と思う心が溢れ出して、幾度と無く唇を重ねさせ、指を絡めさせる。 「鎌之介」 薄い背中へ手を入れて、抱えるようにして腰の上に乗せ、緩やかに腰を動かす。 細い両腕を自身の肩の上に乗せてやり、強く下から腰を穿てば、小さな唇から堪えきれない嬌声が零れる。 「あっ、んあっ」 「鎌之介」 「やぁっ」 何度呼んでも、足りない。何度でも、繰り返したくなる。 才蔵の律動に合わせるように腰が跳ね、自身が快楽を得られる場所へ導こうとするかのように、艶かしく腰が揺らめく。 繋がった場所から響く卑猥な音が、一枚、また一枚と、薄い理性の壁を剥ぎ取っていくようだった。 堪えきれずに、熱く狭い奥へと欲望を吐き出すと、それを受け止めた細い身体が、悦楽を得て全身を震わせ、声もなく頂点へと駆け上がる。 荒い息を整えようと、薄い背中を撫で摩ってやりながら、大きく肩で息をしていると、涙に縁取られた、綺麗な翡翠色の双眸が、覗き込んでいた。 「大丈夫か?」 「んっ………さいぞ」 「何だ?」 「すき。だいすき」 「………なっ………」 満足そうに微笑んで呟き、柔らかい唇が軽く頬を掠めていったかと思うと、瞼を閉じた身体が力を失い、才蔵の肩に頭を預けて、眠りに落ちてしまう。 くったりと凭れかかった身体の、小さく柔らかな胸が肌へ当たり、才蔵は背中を摩ってやっていた手を、浮かした。 「どう、しろってんだよ!」 治まりかけていたはずなのに、再び火をつけられてしまった身体を、一体全体どうすればいいのだと、浮いた手は行き場を失ってしまっていた。 温かい。きっと、これが、満たされているということ。ただ、優しいだけじゃ物足りない。 追いかけて、追いかけて………呆れたようにそれでも振り返ってくれた視線は、自分を見てくれた。 戦いで得られる快楽とは違う、全身を隙間無く埋めていく、穏やかな感覚。 たとえ、自分の中に虚が生まれても、その虚を埋めてくれるのは、やはり、一人だけなのだ。 才蔵しか、いない。 珍しく才蔵よりも先に眼を覚まし、背に回されていた腕の中から抜け出した鎌之介は、じっと眠る顔を見下ろしながら、脱ぎ放されていた着物に袖を通して、才蔵の荷物の中から、小さな包みをひったくり、宿の部屋を飛び出した。 その物音に才蔵が気づかないわけもなかったが、何か買いたい物でもあるのだろうと、黙認することにした。 これは、ちょっとした礼だ。あんな男の術に簡単に引っかかった自分が悪い上に、手間をかけて助けても貰ったのだ。その、礼なのだ、と自分自身に言い聞かせて、広がる袖を抓む。 それでも、何をどう口にしたらいいのかわからずに、悶々と廊下で頭を抱えていると、内側から襖が開き、才蔵が驚いた表情で見下ろしてくると、すぐさま腕を伸ばして鎌之介の細い体を、室内へと引きずり込み、襖を音立てて閉める。 「おま、何だ、その格好!」 動きやすさ、戦いやすさを重視した普段の格好とはまるで違う、薄桃色の花の文様が染め上げられた着物に、赤地に金色の蝶々柄の帯。普段は雑に一つに纏められている髪も、柔らかく結い上げられて、組紐が垂れ下がっている。 「まさか、その格好で反物屋から歩いて来たのか?」 「だ、だめか?」 「だ………だめに決まってんだろ!」 「うっ………」 「俺以外の奴に見せんな!つか、此処までその格好だった、ってことは、俺より先に赤の他人が見てる、ってことじゃねぇか!」 こんな、誰がどう見ても美少女にしか見えない姿の鎌之介を、他人がじろじろ見ていたのだろうと思うと、そいつらの目を残らず潰してやりたい衝動に駆られた。 「才蔵が、見たいって言った」 「言った、けどな………それは、俺にだけ見せろ、っていう意味だ。他人に見せんな!」 やっぱり通じていなかった、と肩を落としつつ、じっくりと頭から足の先までを見る。 白粉などなくても白い肌に、紅を刷かなくても紅い唇。いつもとは違う格好のせいか、何処と無く頼りなげに見える細い身体が、才蔵の眼にはこの上ない毒だった。 折れそうな細い手首を掴んで、敷いたままだった褥の上へ腰を下ろさせる。 「いいか?そういう格好は、俺の前だけでしろ。間違ってもオッサンとか甚八の前とかですんなよ?」 「何で?」 「何でも何もねぇよ。襲われんだろうが」 「襲う?」 やっぱりわかってねぇ!と額に手を当てた才蔵は、華奢な肩を軽く押して、柔らかい着物に包まれた体を押し倒した。 「こういうことだよ」 乱れた裾から手を差し込み、柔らかい内股を撫で上げた。 上田に戻り、無事に鎌之介を取り戻したことに才蔵が安堵したのも束の間、今度は違う問題が発覚する。 鎌之介が女だと言うことを知った佐助の態度が、少しずつ、鎌之介に対して、柔らかくなり始めたのだ。 鎌之介気に入りの雨春を貸したり、伊佐那海を案内するように森を案内したり。 それは、唯単に男に対する態度と女に対する態度を、佐助が分けているだけの話なのだが、才蔵が勘違いして、佐助に対して嫉妬をし始めるのは、また、別のお話。 ![]() 長いお付き合い、ありがとうございました。完結です。 才蔵は案外嫉妬するタイプだと思うので、鎌之介は大変でしょう。(超人事) 最後のタイトルですが、こういう単語はないのではないかと思います。 睦言、でもよかったのですが、雰囲気でこういうタイトルにしました。造語です。 ライズが結構楽しかったので、また書きたいですね。全く別の話で。 佐助はただ純粋に女の子には優しく、と思ってるだけだと思います。他意はありません。 2012/9/1初出 |