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額から滴り、頬を伝って口元まで流れてきた血を舌で嘗め取り、傷口を乱暴に袖で拭って払う。 「どうしたよ?とっととかかって来い!」 巻き起こした風で、数人の男達を吹き飛ばし、伊佐那海を振り返る。 「この、馬鹿女!とっとと立ち上がれ!」 「だ、だって」 「だってじゃねぇ!邪魔だ!」 刀を振り上げて向かってきた男の顎を蹴り上げ、鎖鎌で足を斬りつけてやる。これで、暫くは動けないはずだ。 数だけは、いる。別に手練と言うわけではないが、数で押してこられると面倒だった。 「全員、吹き飛ばすっ!」 鎖を振り回し、分銅が唸り、風を起こす。本当なら、鎌の刃で斬りつけて血を見たいところだったが、動かない伊佐那海のせいで楽しめそうもなかった。 大風が起こり、向かってきた男達は各々叢へ押し戻され、木の幹に激突し、岩へと打ち付けられる。 その時、鎌之介の視界に黒い影が映った。と同時に、小さな悲鳴が上がる。 伊佐那海が、髪を掴まれて引きずられていた。 「だから、とっとと逃げろって言ったんだ、この馬鹿!」 鎖の先についた分銅で、伊佐那海の髪を掴んでいる腕を叩き落し、その間に距離を詰めた鎌之介が鎌を振るうより早く、男が持っていた刃を翻した。 「え?」 伊佐那海は頭を抱えて縮こまり、振り下ろされる刃を待っていた。けれど、衝撃は来なかった。恐る恐る見上げると、じゃらりと音を立てて、切られた鎖が落ちている。 「鎌之介?」 「くはっ………あ〜血だ。ひっさびさだなぁ」 止めるつもりで掲げた鎖ごと、胸元を一文字に斬られ、その場に夥しい血が滴る。 「貴様、女か」 「だから、何だ?もっと、楽しませろよ、なあ!」 言い様、鎌之介は右手に残っていた鎌を振るい、男の首を落とした。 「あ〜さいっこう」 均衡を崩した男の体が地面へ音を上げて倒れる。そして、斬られて用を成さなくなってしまった鎖の代わりに、男の使っていた刀を拾い、そのまま後ろへと凪いだ。 その刃先は、いつの間にか伊佐那海の後ろへと回っていた男の顔を斬りつけた。呻いて蹲る男の肩へ足を載せ、踏み台にしつつ首を落とした後、立ち上がろうとしていた男の一人へ斬りつける。 「おらおら、忍がこれか?才蔵はもっと強ぇぞ!」 幾人もいる忍を煽りながら、鎌之介は遮二無二戦った。鎌を振るい、刀を振るい、血を浴びた。自分につけられた傷など、気にもせずに。 そして、そんな姿を見つめている伊佐那海が、恐怖に慄いていることにも気づかなかった。 戦いを恐怖したのではない。止血もせずに戦い続ける鎌之介が、死んでしまうのではないかと、そんな恐怖心を抱いたのだ。 そして、襲ってきた忍が一人として息をしなくなり、鎌之介が恍惚とした表情で振り返った時にはもう、遅かった。 じわりじわりと染み入った闇を、伊佐那海が爆発させた。 「この、馬鹿女ー!」 鎌之介が叫んだ声も、呑みこまれた。 小さな溜息が聞こえて、伊佐那海は肩を竦めた。溜息をついたのは、アナスタシアだ。幸村は、口元を扇で隠していて、表情が読み取れない。 「鎌之介を失うのは、痛手だな」 どの勇士もそうだが、探すのは大変だ。それも、鎌之介のような即戦力となると、すぐには見つからないだろう。 既に、失ったことになり、探すことを考えている幸村に、六郎は呆れもし、また感心もした。それが、上に立つ者に必要とされる度量とでも言おうか。一人、また一人と戦場では命が散っていく。それを、一人ずつに対して嘆き、涙を流し、頭を垂れていては、指揮など到底取れない。ましてや、幸村の負うものは通常の戦場とは、違う。 だが、それで納得出来ない者が多いのもまた事実ではある。 佐助は視線を逸らし、才蔵は憤懣やるかたないと言う体で拳を握り、十蔵は苦渋の表情を浮かべ、伊佐那海は畏まってしまい動かない。 伊佐那海の力のせいで、鎌之介が消えた。ぽつりぽつりと話し始めた伊佐那海の話を要約してしまえば、そういうことだ。伊佐那海の闇の力に呑まれれば、どんな者であれ、消え失せることは免れない。襲ってきたと言う忍の骸も、伊佐那海の周囲には欠片も残っていなかったのだから。 幸村が、広げていた扇を閉じる。その音にびくついた伊佐那海が、反射的に顔を上げ、その眦に溜まっていた涙が粒となって、空へと飛んだ。 「まずは、ゆっくりと休め、伊佐那海。怖い思いをしたのだ。鎌之介のことは、これからゆっくりと考えることとしよう」 「でも!」 「今のお主に、出来ることがあるか?」 「っ………」 「体を休め、次に備えるのもまた仕事の内。才蔵、佐助、アナスタシア、お前達もそうしろ。次の襲撃が絶対にないとは言い切れんのだからな」 「ええ」 「………諾」 「ちっ」 納得しておらんな、と言う眼を幸村はしたが、それを六郎が咳払いをして諌め、面々の顔を見渡せば、それぞれが辞して与えられた部屋へと戻っていく。一番足取りが重かったのは、伊佐那海だった。 「どう思う、六郎」 「どうも何も、鎌之介が消えたと言うことでは?若もそう考えておられるのでは?」 「そうなのだがな………鎌之介がそう簡単に消えるとは思えんのだ」 「は?」 「どうも、鎌之介には底知れぬものがあるように思えて仕方がない。案外、どこぞで生きているか、闇に飲まれずに己の風で吹き飛ばして、隣の領地にでも吹っ飛ばされておるのではないか、とな」 後先を考えないからなぁ、などと言いながら頭を掻いている幸村の横で、六郎は深く、深く、溜息をついた。 結局、この人は誰のことも見捨てられないのだ、と。 前を歩く伊佐那海の頭を、才蔵は少し乱暴に二度撫でた。 「才蔵?」 「泣いたって、起きたことは変わんねぇ。でもな、あいつのことだ。どっかでのうのうと生きてるかもしれねぇ」 「でも、私のせいで」 「そうねぇ。案外しぶとく生きてそうよね、鎌之介の場合」 「確かに」 小さく、佐助が頷く。 自分のせいで、仲間を一人失ったかもしれない。いや、失ったのだ。なのに、皆が優しい。そのことに、伊佐那海はまた涙が出そうになった。 その時。 「鎌之介?」 才蔵が呟き視線を向けたその先に、人が一人立っていた。鎌之介によく似た、けれど全く見たことも無い衣服を着た女性が。その女性が、決して鎌之介がしなさそうな、穏やかな表情を浮かべ、そして、手を差し伸べた。 伊佐那海へ向けて。 『彼女を、呼んであげて』 「え?」 『一人では、帰れないから』 それだけ言うと、女性の姿は掻き消えた。その姿は、向こう側の景色が透けた、奇妙な姿だった。
2026/8/29初出 |