* 海よりも深く、溺れるように 裏 *


 繰り返されるキスだけで、独歩はもう息も絶え絶え、と言う状態だった。
 キスなど、まともにしたことがない。だから、左馬刻のキスがうまいかどうかは知らないけれど、ただひたすら、独歩にとっては頭がくらくら、ふわふわして、体の全部から力が抜けていく、としか思えなかった。
 けれど、それが序の口の行為でしかないことを、呼吸を整える事に必死になっていた独歩は思い知らされる事になる上、思い知った時には、意識が半分なくなっていた。


 経験がない、と言っていた独歩はひたすらに初で、素直に反応した。その上、生殖機能がないという言葉通り、独歩は前も後も、機能しなかった。
 気持ちがいい、と言うことはわかる。快楽を感じる事も出来る。男性器は快楽を得れば起ち上がるが、何も吐き出さないのだ。
 Ωであれば、男であっても発情期には体内で女性器に似た生殖器が生まれる。だが、独歩にはそれもない。だから、快楽を得ても後ろが濡れることがない。
 これは、きつかった。
 左馬刻が、ではない。独歩が、だ。
 快楽を吐き出すことも、逃がすことも出来ず、ただただ、体内で渦を巻くように感じ続け、声を出すしか出来ないのだから。
 しかも、恥ずかしいからと、最初は声を出すことすら躊躇った。指を噛んで堪えようとしたのを止めて、枕を渡した。
 ずっと、それを必死に抱きしめている。
 止まることを忘れた涙が、どんどん枕に吸い込まれていく。今、独歩が外へ吐き出せるのは、声か、涙か、涎くらいのものだ。
 それが、左馬刻の眼には酷く扇情的に映った。
 自分が与える一つ一つの刺激に反応し、堪え、震えている様が、嗜虐心をかきたてる。
 もっと、泣かせたい、と。
 今、左馬刻はそれを実行すべく、独歩自身も触れたことのない後孔を、開いている最中だった。
 濡れないなら、濡らしてやればいい。男でも、感じることの出来る箇所はある。
 ローションで中を濡らし、そこを少しずつ指で押し広げていく。時間をかけてやれるほどの余裕は左馬刻にもなかったが、傷つけるのが目的ではない。
「うっ………あっ、もぅ、やだぁ」
「気持ちいい、だろ?」
「っ………つ、らいっ」
 うつ伏せにさせて、上げさせた腰は細い。必死に支えている足は震えて、いつ崩れてもおかしくなかった。
 濡れた音を響かせて、少しずつ奥へと指を進ませていく。横へ広げるのも、忘れない。
 小さな、泣き声にも似た声を上げていた独歩の声が、唐突に変わった。
「あっ!やっ、何っ」
 跳ねるように顔を枕から離し、また再び枕を抱き込むように胸元に抱えてしまう。
「ここだな」
「ひあっ、あっ、やぁあ」
 絶頂へ至ることなく、小さな快楽の波が押し寄せ続けるのは、性行為自体が初めての独歩には、辛すぎた。
「も、むり………は、やく」
 早く、終わりにしてほしい………独歩は、そう言いたかった。だが、言葉はまともに出てこない。勿論、左馬刻にも通じない。
「終わらねぇよ。こっからだろ」
 指を引き抜き、ローションで濡れた場所へと、限界まで張り詰めた自分自身を押し当てて、独歩のうなじを軽く撫でた。
「息、止めんなよ」
「へっ、はっ………っ!」
 声が、出ない。苦しい。何かが、自分の中へ入ってくる。
 一度も、誰も受け入れた事のない場所は、予想以上に狭かった。その上、熱い。
 ローションの助けを借りて、奥へ進む事は出来そうだったが、独歩が息をつめているせいで、ほとんど身動きがとれない。
「ちっ、ったく」
 うなじにかかる赤い髪をかき上げて、白い肌に舌を這わせる。
「っ………あっ」
「ゆっくりでいい。呼吸しろ」
「は………んっ………」
 うなじから首筋、耳朶を舐める。そこが弱いのだということは、キスを繰り返している内に気がついた。服を脱がせてしまえば手持ち無沙汰で、あちこち触れて確かめたのだ。
 弱いから、自然と力も抜ける。
 呼吸に合わせるように、少しずつ、強張っていた体から力が抜けていく。全て、と言うわけにはいかないが、枕に爪を立てるようにしていた腕からは、力が抜けたらしい。
「動くぞ」
「あっ!あぁっ、はっ」
 ゆっくりと、独歩の中を広げるように腰を掴んで動かす。先程見つけた、独歩の快楽の元を重点的に攻めると、少しずつ、声が甘く変わった。
 開いた口が閉じることはなく、涎も、涙も全て枕に吸い込まれていく。独歩がそれを手放さないのは、少なからず、左馬刻のフェロモンが感じられるからだった。
 無自覚なのだろうその行動は、左馬刻を煽るには十分だ。
 独歩の体を気づかってゆっくりと動いていたはずの左馬刻の腰は、いつのまにか早さを増し、強さを増していた。
「やっ、あっ、だ、め………だめぇっ」
 濡れた音と、腰を打ちつける音が、体の中から、耳から独歩を苛む。どうしていいか分からない体の中の熱が破裂し、体がばらばらに壊れてしまいそうだった。
 その時、左馬刻の指先が独歩のうなじを撫で、唇が寄せられた。
「噛むぞ」
 強く歯を立て、肉ごと囓りとろうとでもするように、左馬刻はうなじに噛みついた。
 痛みを覚えたのはほんの一瞬で、その痛みを塗りつぶす程の幸福感のようなものが独歩を襲い、声を出すことすら出来ず、頭から、足の指先全てに電流が走ったように全身を震わせ、快楽の絶頂へと駆け上がった。
 うなじに噛みつかれた衝撃で、ひどく狭くなった独歩の中を濡らすように、左馬刻は欲を吐き出し、頭を左右に振った。
「くそっ!まだ濃くなんのかよっ」
 噛みついたうなじ………いや、全身から、包んで、絡みついて、離さないとでも言いたげな匂いが、一際強く立ち上る。
 腰を引き、枕に突っ伏すように一時的に意識を失ったらしい独歩の体を仰向けにさせ、涙で濡れそぼった頬を軽く叩くと、ゆっくりと瞼が開き、左馬刻を視界に捉えた。酸素を求めるように、震えた唇が開閉し、そして。
 ふにゃり、と独歩が笑った。
 その、泣き笑いのような顔を見た瞬間、左馬刻の中で理性の切れる音がした。
 投げ出された細い腕を掴んで手首に噛みつき、初めて男を受け入れたばかりの場所へ、容赦なく二度目を突き入れる。
 逃げようとする体を押さえつけて、何も出せないと分かっている前を執拗に苛め、悲鳴のような嬌声が上がる度に、その声を奪い、飲み込むようにキスをする。
 耳朶、首筋、肩口、鎖骨、胸元、腰骨、太股………目につくありとあらゆる場所に噛みつき、うなじには必要以上に噛みついた。
 何度も、何度も、細い体が撓って悲鳴を上げるのではないかと思えるほど、左馬刻は独歩の体を貪った。
 だが、その都度、独歩の体は左馬刻に馴染み、欲しがるように受け入れて、艶を、色を増し、匂いを濃くしていった。
「はっ………舌出せ。吸ってやる」
「んっ、ふはっ………んんっ!」
 左馬刻の要求を素直に受け入れて舌を出す独歩も、理性をとうに失っていた。
 左馬刻を受け入れる度に、一枚、また一枚と理性の皮が剥ぎ取られ、剥き出しの欲望と本能が、外へ出ようと暴れ出す。
 もっと、もっと、全部、欲しい。
 噛まれてじくじくと痛むうなじが、目の前にいる綺麗な男の証なのだと思うと、いっそのこと、そのまま全身をくまなく噛まれて、喰われてしまいたい、と、そう思いながら、独歩は朦朧とする意識の中で、初めて自分から、左馬刻の白い額にキスをした。







書き方を忘れていたBL。
もれなくえにょも書き方を忘れていて。
これあってるか?とか思いながら書きました。が。
私的には満足です。裏頁にも出来ましたし。
どんどん独歩は左馬刻に振り回されていくといい。





2021/9/4初出