左馬刻のキスは、いつだって独歩の頭を痺れさせて、体をふわふわとどこかへ運んで行ってしまいそうな、そんな感覚を与える。 キスがこんなに気持ちのいいものだと、飲み会の罰ゲーム程度でしかしたことのなかった独歩は、知らなかった。 (どうしよう………気持ち良くて、もっとして欲しい) それは、初めてと言ってもいい、左馬刻に対する欲だった。今まで全て受け身で、流されるように行為を重ねてきた独歩が、Ωの本能とは違う、自分の感情として求めるもの。 「どうした?」 車中で脱がしかけていた独歩のシャツのボタンを全て外した左馬刻の問いに、独歩は視線をずらした。 「いや、あの」 「言え」 「………その、キス、が、気持ちいいな、って、んっ」 「で?他にもあんだろ?」 啄むように、唇ではなく頬や顎、唇の端にキスをしながら、見透かすように見てくる左馬刻の目に、独歩は唸りながら答える。 「うぅ………あの、もっと、して欲し」 最後の言葉を飲み込むように唇を重ねて、舌を絡める。二度、三度と、深いキスを繰り返すと、独歩の呼吸はすぐに上がった。 「気持ちいいことは素直に言え。そしたら、もっとどろどろにしてやる」 薄らと涙の膜を溜めた独歩の目に、不適に笑う左馬刻が映り込んでいた。 発情期に入ったΩの相手を、したことがないわけではない。独歩を相手にする以前に、男女問わずΩ相手の性行為の経験があった左馬刻は、発情期中のΩがどうなるかを知っている。だから、独歩のように性行為の序盤で理性が完全に飛ばないΩに、驚いたのだ。 今だって、そうだ。枕を抱え込んで離さず顔を埋めている。最初は、その枕を引き剥がそうとしたのだが、テコでも手放さず、顔を見られるぐらいならやめると言い出した。 この状況でやめられたら、左馬刻は一人虚しく処理をするしかなくなる。目の前に番がいるのに?それは、あり得なかった。 仕方なく枕を許してはいるが、声を押し殺して抑えているのはいただけない。そう遠からず、堪えきれるわけはなくなるのだが、枕を早々に取り上げたかった。 一番初めに、枕を許したのが悪かったのだろう。あの時は、左馬刻が日常的に使っている物だから許したのだ。だが、今回は違う。 自分以外の物にしがみついているのが、単純にむかついた。 ふと気づいて、左馬刻は脱ぎ捨てた自分のシャツを掴んで拾い上げた。 「おい、こっちにしとけ」 「え?………でも、汚したら」 「洗えばいいだろが」 枕の下から顔を出した独歩が左馬刻のシャツを掴み、枕の代わりに顔を埋める。 とにかく、独歩は見られたくなかった。こんなオッサンの顔見たって絶対楽しくない、と言うのが理由だ。 (あれ?何か、いい匂いする………何だ、これ、頭、ぼぅっとする) 立ち上る、頭を痺れさせるような香り。それが、左馬刻のシャツから漂うαのフェロモンで、番の匂いだと、独歩には分からなかった。これまでも何度かその匂いに触れているはずなのだが、意識した事がなかったのだ。 αにも、フェロモンがある。番がいればなおのこと、その相手にはよく効く。それを左馬刻が意識したわけではなかったが、結果、自身のシャツを独歩へ渡したことが、功を奏した。 独歩は、ひたすら抵抗する。恥ずかしいからだ。性行為にも、快楽にも慣れておらず、どうしていいか分からないからだ。だから自然と全身に力が入るし、理性を手放すまでに時間がかかる。 だから、その時、独歩が嫌がるように腕を突っぱねたり、足を閉じたりしないことを、左馬刻は不思議に思った。 「おい、大丈夫か?」 「………え?………何?」 閉じていた瞼を開けた独歩の眼が、蕩けている。そして、頬に触れている左馬刻の掌に頬擦りをするように、顔を寄せた。 (スイッチが入ったな。俺のシャツか) 試しにシャツを取り上げようとすると、それは嫌がり、胸元へ抱え込むように抱きしめてしまう。けれど、足を開かせても、左馬刻を受け入れる場所の準備を始めても、嫌がらない。 今までは、この状態へ持ち込むのに、一度絶頂へ達するか、あるいは強い快楽で意識を手放すかしかなかった。そうしなければ、理性の皮が剥がれないのだ。 (やりやすくなったな) 大きく開かせた足の間の奥、左馬刻しか知らない場所を、ゆっくり開かせていく。抵抗の無さとローションの滑りで、すんなりと指は奥まで進む。 「はっ………あっ、あぅ」 「もっと声出せ。俺様しか聞いてねぇ」 言いながら耳朶を軽く咬み、指の届く一番奥へ執拗に刺激を与え続ける。遠慮がちだった声に少しずつ甘さが乗り、喘ぎ声に変わっていく。 「いい子だな」 シャツを抱えて眼を閉じ、独歩は頭を左右に振った。 「嫌か?」 「ちがっ………な、んで」 先の言葉を促すように、左馬刻の指を呑みこんでいる入り口をなぞると、独歩が全身を大きく震わせた。 「んんっ………あ、あつ、い、からだ、へん、で」 「変じゃない。気持ちいいってことだ。そのまま、力抜いとけ」 乱暴に指を引き抜き、その刺激にすら震えている独歩の中へと、左馬刻は、打ち付けるように強く自身を突き入れた。 「あっ!………あぁ、あっ」 「………まさか、イッたのか?」 だらりと、シャツを掴んでいた腕が弛緩する。開いた口の端から一筋涎が零れて、シーツに吸い込まれていく。 左馬刻を包み込んでいる場所が、忙しなく蠕動し、離すまいと絡みつく。 この体はまだ、快楽を知ったばかりだ。与えられるものを追いかけることに精一杯で、他のことを何も知らない。 悪戯心を覚えた左馬刻は、あえて独歩の中から自分自身を引き抜いて、独歩の体を起こし、座った自分の上へ座らせる。 「新しいことしようぜ」 まだ、駆け上がった絶頂から降りられていないらしい独歩が、首を傾げる。 起き上がらせた際にシャツを離した手を、独歩自身も知らない、左馬刻を受け入れる場所へと導き、触れさせる。 「っ!」 「ここに、自分で俺のを入れてみろ」 「えっ?」 もう一方の手を掴んで、まだ一度も吐き出していない、猛った左馬刻自身を軽く握らせると、独歩は驚いて手を引こうとした。だが勿論、引かせたりはしない。 「あんた自身で、受け入れるんだ」 「やっ、無理、そ、んなの、できな」 頭はふわふわとしているが、何を言われたのかを理解して、独歩は首を左右に降った。 急にそんなことを言われても、出来るわけがない。そう言おうとした独歩は、けれど次の瞬間、全身から力を抜いてしまった。 「独歩」 耳元で、低い声で、甘く、囁くように、初めて、名前を呼ばれた。 「うまくできたら、また呼んでやる」 「で、も」 力の抜けた全身が、言うことをきかない。左馬刻に促されたそれぞれの場所から、手を引くことも出来なかった。 「やれ」 支配者の、赤い眼。強く、鋭い声と眼に、抗える訳がなかった。 体が熱い。頭はふわふわしていて、うまく考えられない。自分は今、どうなっているんだろう………そう思いながら……… 独歩は左馬刻の腰を跨いだ。 ![]() どうすればエロくなるかを真剣に考える。 でも、出来ているかどうかが分からない。 BLのエロって難しい。 2022/6/18初出 |