* 海よりも深く、溺れるように V 10.5 *


 噛みつかれたうなじが、ビリビリと痛む。
「っ………ったい」
 痛みと共に沸々と怒りが湧いてきて、左馬刻に掴まれた腕に力を込める。
「あ?何だよ?」
「痛いんだよ!ガブガブガブガブ人のうなじを何だと思ってんだ!?」
 力を込めた右腕を振って左馬刻の拘束から逃れ、振り返りながら手を後ろに振り上げると、軽い音がして、右手の甲が左馬刻の右頬へ当たる。
「あぁ?目の前にあれば噛みつきたくなんだろうが」
 独歩の手をはたき落とした左馬刻が、怪訝そうな顔をする。まるで、噛むことを当たり前だとでも思っている風に。
「だからって、毎回毎回噛まれてたら痛いんだよ!血だって出るし、治りも遅くなるし、先生にも化膿するって言われたのに!」
 薬まで受け取ったのに、次の診察時に治っていなければ、薬を増やされてしまうかもしれない、手間をかけさせてしまうかもしれない、と思うと、早く治したかった。
「しばらく噛むの禁止で!」
(言った!言えた!これで治療に専念)
「いたいっ!」
 思考を中断させる痛みに、独歩は声を上げた。顔を近づけてきた左馬刻が、鎖骨の上辺りの首筋に噛みついたのだ。
「シてる最中に先生を出すんじゃねぇよ」
「は?いや、俺は今、噛みつかないでくれっていう話を………ちょっ!」
 再び近づいてきた左馬刻の顔が、今度は鎖骨の下辺りに噛みつく、と、独歩は痛みが来る事を覚悟した。けれど、暫く待っても痛みは来なかった。
「な、何?うわっ!」
 捻るようにしていた上半身を、頭を押さえつけられてうつ伏せにさせられる。
「ああ。確かに、ちっと血が滲んでんな」
 左馬刻の指先が、うなじを撫でている。
「分かった。しばらくは噛まないでいてやるけどな」
「けど?」
「さっきの一噛みは、先生って単語を出した罰だ」
「横暴だ!」
「うるせぇ。まあ、噛まなくてもあんたが俺のもんだって分からす方法は、他に幾らでもあるからな」
「え?」
「あんたが、自分の体見るのも恥ずかしくなるくらい、全身に痕残してやるよ」
「痕?何の?」
「胸元見てみろ」
 言われて、自分の胸元に視線を下ろす。噛みつかれた痛みのなかった鎖骨の下辺りに、赤い鬱血がある。それの意味する所にようやく気づいた独歩は、慌てて左馬刻を振り返った。
「全身は、ちょっと、困る………」
「知るか。噛み痕の代わりだ。覚悟しろよ」
 逃げようとしたけれど、繋がった状態で逃げることなど出来る訳もなく、伸びてきた左馬刻の手に顎を掴まれ、キスをされると、もう、独歩の全身からは力が抜けてしまった。


 掴んでいた独歩の腕を下ろして、足下に移動する。
「もう、やだぁ」
「まだ足が残ってんだよ」
 言いながら、右足を掴んで軽く上げると、先程まで左馬刻を飲みこんでいた場所から、白く濁った物が溢れだした。
(くそっ、目に毒だな)
 暫く会っていなかったせいで、ヤリ足りないと言えば、足りないのだ。けれど、拉致されて、怪我までさせられた体にこれ以上の負荷をかける気は、流石の左馬刻にも、ない。
 周囲に視線を投げ、床に投げ捨ててあったバスタオルを拾い、独歩の腰回りを隠す。
「も、もう、やめません?」
「やめねぇよ」
 言い終わるや否や、左馬刻は掴んでいた独歩の右足、太股に顔を近づけ、吸い上げた。
「んっ………」
 右足の太股を、ぐるりと一周するように、二カ所、三カ所………と次々吸い上げ、赤い痕を残していく。既に、独歩の両腕と上半身は、背中まで含めて赤い痕だらけだ。
 左馬刻が肌を吸う度に、独歩は小さく声を上げる。堪えているようにも聞こえるし、堪えきれずに零れているようにも聞こえる。
 太股から脹脛へと移動し、次は左足を、と右足を下ろした途端、独歩が両脚を隠すように膝を折り、手を伸ばして抱え込んだ。
「おい。何隠してんだ?」
「も、もう、無理………」
「はぁ?まだ左足が残ってんだよ」
「ちがっ!やっ、あの、違、くは、なくて」
「んだよ?そんなに嫌か?」
 独歩が、首を左右に振る。
「変な、気分に、なるの、で」
「変な気分だぁ?」
「あの、その、何て言うか………キス、した時、と、おんなじ、感じ?と言う、か、何て言ったら、いいのか………その、なので、もう無理、で、え?ちょ、碧棺さ、ふっ」
 最後まで言わせずに、独歩の唇を塞いでしまう。そのまま、自分の視界に入れないように引き寄せたバスタオルをまた剥ぎ取った。
「ちゃんと言え」
「だから、今言って」
「ちげぇ。したいって言え」
「しっ!?いや、え?でも、そういう」
「そういう事だろ?あんた、発情期以外で自分からそう言う気分になったこと、ないわけじゃねぇんだろ?」
「………………ない、かも?」
「ないわけあるか。抑えこんできたんじゃねぇのか?自分はしちゃいけねぇとか何とか。少しずつあんたのこと分かってきたけどな、無理矢理抑えつけていいことなんか、何もねぇんだよ」
「でも」
「でもじゃねぇ。ああ、もう、いいわ」
「うわっ!ちょ、だから、もう無理って!」
 左馬刻が、左足を掴んで持ち上げた。
「左足が終わるまでに、そのうだうだした感情にケリつけやがれ。つけられなかったら、もう一周するからな」
「もう一周!?」
「首からもう一回、全身やる」
「や、やだ!そんなのされたら」
「されたら、何だよ?」
「………お、おかしくなる、から、嫌だ」
「どうおかしくなるんだよ?」
 言いながら、左馬刻は左足の太股を吸い上げた。足の付け根に近い部分から、ゆっくりと一つ、また一つと赤い痕をつけていく。
 独歩が答えを出せるように、殊更ゆっくりと、見せつけるように。
「おねがっ、だから………っん」
「早く言わねぇと、終わっちまうぞ」
 太股が終わり、脹脛を終え、足首に吸いつき、とどめとばかりに足の指を舐めた所で、独歩が泣き出した。
「無理………もう、無理………碧棺さん」
「どうしたい?言えたら、あんたのしたいようにしてやる」
 意地悪そうな表情で見下ろしてくる左馬刻を見て、独歩は必死で考えた。
 直接的な言葉を口にするのは、まだ恥ずかしい。けれど、全身が痺れるような、むず痒いような、この甘さをどうにかしてくれるのは、左馬刻だけだと、分かっていた。
 どうすれば、伝わるのか。分かって貰えるのか………必死に考えて、独歩は左馬刻の腕にしがみつき、口を開いた。
「お願い、左馬刻さん」
 どうにかして欲しい。この、全身に広がった甘く広がった熱の渦を。頭の天辺から、足の爪先まで、蜜に浸った様な感覚を。
「左馬刻さ、んんぅ、うっ!」
 覆い被さってきた左馬刻が、唇を強く塞いで舌を吸い上げる。その合間に、足が大きく広げられ、独歩の中が満たされた。
「ふあっ………はっ、んっ」
「まあ、ぎりぎり及第点、って所だな」
「あっ!あうっ、やっ、あぁっ!」
「次は、ちゃんと言えるようになろうな」
 全身が、満たされていく。広がった蜜が、左馬刻の言葉をぼかすように、独歩の思考を熱く、甘く、満たしていった。







甘やかすはどこいった?
どうしても喧嘩ップルのようになってしまいます。
このシリーズの左馬刻様は独占欲強めです。
深く強く残せないなら数で勝負です。




2023/11/11初出