* EX 1 *


 シブヤ代表の三人の笑顔が、眩しい。それとは対照的に、ヨコハマ代表の三人は、苦虫を噛み潰したような表情で、舞台に立ち尽くしている。両チームとも、全力だった。出せるだけの力を全て出して、ぶつかった。シブヤの全力だけが秀でていたとは思わなかったが、それでも、勝負は非情だ。勝者と敗者が存在しない勝負など、あり得ないからだ。観客の熱狂的な歓声と相対するように、独歩の心は冷えていく。
「今回の飴村君達は、以前と少し違いますね」
 寂雷の言葉に、舞台上を見ていた独歩は顔を上げた。隣に座っていた一二三も、顔を上げている。
「何というか、チームワークが上がっている、と言うよりも、とても勢いがありますね」
「確かに!何かぁ、前よりもバラバラ感がない感じっすよね」
 頷いた一二三が、どことなく的を射たことを言う。
 独歩は再び視線を舞台上に戻し、ヨコハマの三人が舞台を降りていくのを見た。
「あ、あの、先生」
「はい?」
「その、俺………」
 決勝戦は、明日だ。今日この後の予定は、特別なかった筈だ。いつもであれば、多少のミーティングをして、明日の対策を練るべき所なのだろう。けれど………独歩は、拳を握りしめて立ち上がった。
「すみません。俺、ちょっと………」
「ええ。いいですよ。私達ももう戻りましょうか、一二三君」
「っすね!独歩ちん、夕飯までには帰っておいでよ」
「分かってる」
 宿泊施設も食事の時間も決められている。あまり派手な行動を取らなければ、各施設内での自由行動は認められていた。
 恐らく、ヨコハマの三人は、独歩達が案内されたのと同じ舞台への出入り口を使用しているはずだ。それなら、使ったばかりだから場所が分かる。
 擦れ違ってしまう前にと、独歩は走り出した。


 息を切らせて辿り着いた場所に、丁度三人が出て来た。三者三様に悔しそうな表情をしているが、左馬刻の、普段苛立ちを表す態度とはまた違った、眉間の皺の深さや、無言の圧に、入間銃兎も毒島メイソン理鶯も、声をかけられないようだった。
「あ、あの………」
 勢いに任せて観覧席を飛び出してきたはいいものの、かけるべき言葉を用意しているわけでもなく、更には走ってきたせいで呼吸が整わず、言葉が出てこない。
「観音坂さん?どうしたんです?」
「いえ、あの、ですね………」
(ああ、もう、俺って何でこうなんだよ!普段運動しないから息が上がって言葉が出てこない!いや、そもそもどう声をかけるかも決めてなかったし、何を言えばいいのかも分からないし、どうせ全部俺が悪いよ!)
 喘鳴音を零す独歩に、銃兎が声をかけてきた。それに気づいた左馬刻が顔を上げ、途端大股で独歩に近づいてくると、腕を掴んで引きずり出した。
「おい、左馬刻!」
「あ、あの、碧棺さん、お借りします〜」
 ずるずると後ろ向きに引きずられるようにして歩きながら、何とか独歩は左馬刻の歩く方向に姿勢を正した。
「いや、借りられてるのは観音坂さんでは?」
「あの二人はいつの間に仲良くなったのだ?」
 銃兎と理鶯のツッコミが、左馬刻と独歩の耳に届く事はなかった。


 ラップバトルを見に来ていた観客が、ぞろぞろと会場を後にする。そんな表口の喧噪とは無縁な、関係者入り口に程近い、白いベンチに座った独歩の膝の上に、何故か左馬刻の頭が乗っている。
(落ち込んでそうだとは思ってたけど、これは大分重症なんじゃ?)
 独歩をベンチに座らせると、その横に少し離れて自分も座り、腕を組んだかと思うと、左馬刻はそのまま体を横に倒したのだ。そのまま独歩の膝の上に頭を乗せて目を閉じてから、既に五分は経過している。
「何が足りなかったんだろうな」
「え?」
「あいつらに負けた理由だよ。気持ちだって言葉だって、負けてなかったはずだ」
 それは、独歩もそう思っていた。観覧席から見ていて、どちらのチームの気力も充分、相手に勝つという意気込みも、リリックも互角だったように思う。ただ、そこに自分が左馬刻の番であるという、贔屓目のようなものが全くなかったかと問われると、素直に頷くことは出来ない。
「足りない、わけじゃなかったんだと思います。これは、先生が言っていたんですけど、シブヤのチームワークが上がっている、と」
「チームワークだぁ?」
「結束力、と言うか。一二三はバラバラ感がない、と言っていました」
 二人の言葉を聞いた時、独歩は成る程、と思えた。以前であれば、チームワーク、結束力という点では、兄弟でチームを組んでいるイケブクロが抜きん出ていた。それは今回のバトルでも変わらない、と思う。シブヤは、それとはまた違う結束力を見せている、と言う気がするのだ。
 例えるなら、イケブクロはリーダーである一郎の目指す先へ弟二人がついていく、支えているイメージだが、シブヤは、普段はてんでバラバラな方向を向いている様に見えて、誰か一人が歩きづらい道を進み始めたら、自然と歩幅を合わせたり、その道を別の誰かが拡張したり舗装したりしているイメージ、とでも言えばいいのだろうか。
 どう言葉にすれば伝わるか分からず、思った事をそのまま伝えると、左馬刻はようやく体を起こした。
「わかんねぇけどわかったわ」
「伝わりましたか?」
「まあ、俺らはチームワーク的なもんは皆無だからな」
「そんなことはないと思いますよ?」
 ヨコハマはヨコハマで、不思議なチームだと思う。到底交わることのない職業の三人が集まって仲良く出来ているのだから、チームワークがないわけではないのだろう。言うのならば、馴れ合っている訳ではない、ビジネス的な付き合い方に近いのかもしれない。だからといって殺伐としている訳でもないのが不思議なのだ。
「碧棺さん達も仲良しだと思います」
「気色わりぃこと言うな」
 本気で嫌がるような素振りで、左馬刻が手を振った。
(少し浮上したかな?)
「明日は決勝だな」
「そうですね」
「他人事みてぇに言うなよ。てめぇも出るんだろうが」
「そう、なんですけど………何というか、実感が湧かなくて。一回目の時も、何で俺がここに立ててるんだろう、みたいな」
 どこにでもいる目立たないサラリーマンの自分が、大きな舞台に立っている事実が、まるで夢のようなのだ。けれど、舞台上では無我夢中で、マイクを握る手にも力がこもる。
 左馬刻の腕が伸びてきて、独歩の後頭部を引き寄せると、自分の額と独歩の額をつけた。
「いいか?気張って行けよ」
 爛々と輝く左馬刻の赤い瞳が、独歩の背中を後押しするように、強い光を放つ。
「はい」
 応援してくれているのだと思うと、自然と頬が緩んだ。
「あんたんとこバランス悪ぃからな」
「突然のディス!?」
「ちげぇよ。攻撃力高ぇのあんただけだろ。先生もホストもサポート系だろ」
「ああ。確かに、そうかもしれませんね」
「だから、気張ってけ。腹に力入れて、踏ん張って、どっちも潰してやれ」
「潰すのはちょっとあれですけど、勝てるように頑張ります」
 応援してくれる人がいるというのは、素直に嬉しく、力が漲るものだった。







ラップバトル二回目の決勝戦、シブヤ対ヨコハマのその後、ですね。
負けたら左馬刻は滅茶苦茶機嫌悪くなりそうだな、と思ったので。
何となくの時系列としては、二人が番になったのは最初のバトルと二回目の間位で考えています。
この時点では銃兎と理鶯は何も知らされていません。






2025/2/16初出