* EX 12 *


 『ホワイトデー、期待してていいぞ』
 とは言ったものの、碧棺左馬刻の人生において、ホワイトデーと言うものは、全く重要視されてこなかった行事である。何故なら、バレンタインデーにチョコレートを貰う事はあっても、貰った物に対する所謂“お返し”と言う物をしたことがないからだ。どうして俺がそんな事をしなければならないんだ、寄越したのは向こうの勝手で、俺は欲しいとかくれとか、一度だって頼んだことねぇよ、と思っていたし、それが事実だったからだ。あまりに数が多かった時など、部下達へ全て横流しして、一つも口へ入れなかった事もある位だ。大体、何でバレンタインにチョコレートなんだよ、菓子業界の陰謀だろ、と、独歩と同じような考えを持っている。
 だが、今年はそうはいかない。チョコレートを渡してきたのは番である独歩だし、あろうことか左馬刻は、『寄越せ』と口にしてしまったのだから。
 そこで、ホワイトデーってそもそも何だよ?と、左馬刻は至極基本的な考えに至った。ネットの海に繰り出して調べてみれば、どうやら日本生まれらしい。余計なもん生み出してんじゃねぇよ、と言う感想が出た。そしてやはり、予想に違わずバレンタインデーの返礼であるとの事。
 となれば、やはり独歩に対する何かを考えなければならない。
「つぅか、あいつに欲しいもんってあんのかよ?」
 何か買ってやろうとすれば拒否をするか自分で金を出そうとする、どうしたって金銭感覚の合わない相手に送るプレゼントを考えるのは、とても難しかった。と言うよりも、左馬刻は何か特別なプレゼントを誰かに渡す、と言う事がほぼない。しかも“番”と言う特別な相手となれば、尚更そこに何か、意味や理由が見出されて然るべきだろう。
 だが、世間的なホワイトデーのプレゼントと言う物が、左馬刻から見た時に、余りに当り障りがなさ過ぎて、購入意欲が湧かない。 「どうすっかな………」
 スマートフォンの画面にきらきらと映し出されていく甘味類を流し見しながら、左馬刻は小さく舌打ちをした。


 その日は、朝の天気予報で、『真冬に逆戻りしそうな寒気が入り込む予想です。皆さん、寒さ対策を万全にしてからお出かけ下さい』と、お天気キャスター的な女性が満面の笑顔で、テレビの中で話していた。笑顔で言うことじゃないだろ、と独歩は思ったが、思っただけで、口にはしなかった。何故なら、天気予報の言う通り、厚着をして出かける以外にないからだ。コートを着、マフラーを巻いて外へ出ると、空気は衣服の繊維の間から入ってきているのではないかと思う程冷たく、強めに吹く風は、酷く寒かった。
 そんな朝の出勤する時間帯が一番寒い、と思っていたのに、夜は夜で、退勤するタイミングが一番寒い、と思っている事に、独歩は深々と息を吐いて、夜道を歩いていた。
(あ〜今日も終電だ………いや、終電に間に合った事を良かったと思うべきか?ホームにいる間も寒いんだよな〜ホームに風除けとかあればいいのに、何でそういうの作らないんだ?待合室が新幹線のホームにしかないのおかしいだろ?在来線にも作れよ。と言うか、もう春だろ?暦の上ではとっくに春だし、桜だって場所によっては咲いてるだろ?)
 等と、春なのに冬のような寒さに心の中で毒づきながら欠伸を噛み殺した所で、ポケットの中で携帯電話が震えながら音を立てた。
 取り出して電話に応答すると、低い左馬刻の『よぉ』と言う声が聞こえた。
「こんばんは。どうしましたか?」
『あんた、今どこだ?』
「仕事が終わって帰る途中です」
『迎えに行くから家にいろよ』
「これからヨコハマを出るんですか?」
『ああ』
「なら、俺途中まで電車で行きますよ。丁度いい辺りで拾ってくれれば、時間節約できますよね?」
『じゃあ途中で拾うわ。後で場所連絡する』
「はい」
 そんな会話を終わらせて暫くすると、落ち合う駅の場所が送られてきた。電車に乗り、揺れのせいでうとうとしかけた所で、降りる駅に到着する。一般車両が入れるロータリーで待っていると、ほどなくして見慣れた車が入ってきた。
 近づくと内側からドアが開き、後部座席に左馬刻が座っている。
「こんばんは」
「あんた、明日休みか?」
「休みです」
 運転席に座る左馬刻の部下にも挨拶をして後部座席に座ると、中は程よくエアコンが効いていて温かかった。
「なら、明日は付き合え」
「どこか出かけるんですか?」
「………あんたに渡すもん買いに行くんだよ」
「はい?」
「買えてねぇんだよ、何にも」
 ゆっくりと走り出した車の中で、不機嫌そうな左馬刻の言葉が小さく落ちる。何の話だろう?と疑問符が並ぶ独歩の視界に、駅前に建つデパートの広告が見えた。
「あ、あれですか?ホワイトデー?」
「そうだよ」
「気にしなくていいですよ」
「そういうわけにいかねぇだろ」
「俺が気にしてないからいいと思うんですけど………あ!なら、俺食べたい物があるんです。寄って貰っていいですか?コンビニ」
「コンビニ?」
 左馬刻も、運転手も、同時に疑問符を浮かべた。


 温かそうな湯気が、ふわりと上がるのと同時に、出汁の香りが漂った。
「おでんかよ」
「おでんです。俺、何日か前からおでんが食べたくて。でも、コンビニのおでん食べると一二三が怒るんですよ」
「ホストはあんたの母ちゃんか」
「おでん食べる時位、栄養バランスとか無視したいじゃないですか」
 いや、そこは無視すんなよ、と言う言葉を左馬刻は飲み込んで、メニューを見た。コンビニでおでんを買ったことはなかったが、メニューは豊富らしい。百円台前半から後半まで、値段もそれぞれだ。
「何買ってもいいですか?」
「好きにしろよ」
 チョコレートやクッキーよりこちらがいいと言うのだから、左馬刻に拒否権はない。欲しいと言う物を買ってやった方が、喜ばれるに決まっているのだから。
「卵、大根、こんにゃくとしらたき、牛すじと餅巾着………あ、ロールキャベツありますね。それも一つ」
 大きいサイズのおでんカップを持った店員が、独歩の言った商品を次々と掬ってはカップへ入れていく。
「碧棺さんも食べませんか?」
「ならあんたと同じもんでいいわ」
「全部もう一つずつ入れてください」
 更にウインナーとつくねを追加して、独歩は満足そうだ。左馬刻が全額会計をし、独歩がおでんカップの入った袋を受け取り、コンビニを出る。
「おでんにウインナーってありかよ?」
「ありじゃないですか?食べたことなかったので食べてみたくて」
「ねぇのかよ、食ったこと」
「自分でお金出すと定番で終わっちゃうんですよね。まずかったらやだなぁ〜と」
「人の金なら気にせず買えるってか?」
「え?だって、ホワイトデーなんですよね?」
「そうだけどよ………まあ、いいわ。あんたがいいなら」
「はい。ありがとうございます。温かい内に食べたいので早く帰りましょう!」
 帰る、と言う言葉に、左馬刻は目を丸くして、一瞬言葉が出てこなかった。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもねぇよ」
 こんな嬉しそうな顔が見られるなら、おでんでも何でもいいじゃねぇか、と言う満足した気分に、左馬刻はなっていた。







コンビニおでんネタを書きたくて何故かホワイトデーになりました。(なぜだ)
左馬刻はチョコを沢山貰ったとしても返礼するという考えがなさそうだな、と思いまして。
で、独歩も空気読まないので多分そういう物が欲しいとは思わないだろうな、と。
結果、おでんになりました。いいじゃないか、ホワイトデーにおでんだって。
左馬刻としては独歩の口から「帰る」と言う言葉が出たので多分満足です。この時点では左馬刻の家に向かっているので。二人でおでんを食べるといいさ。






2026/3/14初出