一際大きな歓声に包まれた舞台の上で、弾けんばかりの笑顔が三つ。それとは対照的な苦悩の表情と、諦めや悲しみを帯びたような表情が五つ。残り一つは、愕然、と言った風な表情だった。 一つ溜息をついた左馬刻は、立ち上がって煙草を取り出した。 「左馬刻?」 「一服してくるわ」 銃兎に煙草を振って見せ、観覧席を出ようとした。 「では、我々も出ますか、理鶯」 「そうだな」 二人が立ち上がる気配がしたが、左馬刻は無視して足を進めた。だが、何メートルも行かない内に、銃兎から声がかかる。 「おい、左馬刻。喫煙室は逆だぞ?」 「あぁ?うるせぇな。知ってるわ。ほっとけ」 そもそも、喫煙室へ行くために観覧席を出たわけではない。 (つまんねぇ顔しやがって) 目の前で起きたことが信じられない、とでも言う風な、愕然とした独歩の表情は、まるでこの世の不幸の全てを背負っているかの如くだった。 全力を尽くしたのだろう。出せる全てを出し切ったのだろう。その後に突きつけられた敗者という結果は、痛みを伴うものだ。 (昨日の俺もあんな顔してたって事か) 息を切らせて独歩が駆けつけてくる位だったのだ。相当、自身も酷い顔をしていたのだろうと、冷静に思い返すことが出来る。 取り出した煙草を再びしまい込んで、左馬刻は先を急いだ。 酷ぇ顔してんな、と言うのが出てきた独歩を見た左馬刻の第一印象だった。寂雷はいつもとあまり表情が変わらず落ち着いていて、一二三は多少暗い表情ではあるが、根が明るいせいかそれ程暗く見えない。そして、たまたま出入り口が同じだっただけなのだろうイケブクロの三人が、その後を歩いているのが癪に障った。 待ち構えていた左馬刻は、近づいていって独歩の腕を掴むと、引きずり出した。 「先生、こいつ借りてくぜ」 「ああ、はい。お願いします」 左馬刻の意図を理解したらしい寂雷が、少し微笑む。その横にいた一二三が、しょうがないなぁ、とでも言いたげに肩を竦めた。 けれど、引きずり始めた独歩自身はと言うと、下を向いたまま一度も顔を上げない。 そのまま、左馬刻は振り返らずに昨日と同じベンチへ向かった。 「ちょっ、寂雷さん、いいんすか、あれ?!」 「大丈夫ですよ。独歩君は左馬刻君に任せて、私達は控え室へ戻りましょう、一二三君」 「っすね!コーヒーでも飲みましょう!」 山田兄弟を置いて、寂雷と一二三は歩き出した。状況が理解出来ない一郎に、同じく理解出来てない二郎と三郎が声を上げる。 「あのリーマン大丈夫?」 「何であのヤクザが来るんですか!?」 三人が騒いでいても、戻って状況説明をしてくれる人物は、一人もいなかった。 左馬刻に引きずられて歩いている間、独歩は何かをぶつぶつと呟いていた。時折聞こえてくるのは、俺が悪い、とか、俺のせい、とか、大抵自分を責めている言葉だ。その合間合間でも何かを呟いているが、声がくぐもっているし、小さすぎて聞き取れない。 ようやく辿り着いたベンチに独歩を座らせた左馬刻は、その横に自分も腰を下ろした。けれど、まだ独歩は下を向きっぱなしで、ぶつぶつと呟き続けている。気づくまで待っていてもいいが、左馬刻は、それ程気が長くない。面倒臭くなって、腕を伸ばした。 下を向いた独歩の顔を上げさせ、軽く唇にキスをする。声が止まって、独歩の目が丸くなった。 「気づいたか?」 「………ここどこですか!?俺、会場にいませんでした!?」 そこからかよ、と溜息をついた左馬刻は、独歩の肩に手を回すと、頭を抱え込んで自分の肩に寄りかからせた。 「残念だったな」 「っ………俺、ちゃんと、やれてましたか?」 「ああ。負けてなかった」 「でも、負けました」 「そうだな。しょうがねぇ。今回のシブヤはまじで強かったしな」 正直、客席も完全にシブヤの勢いに飲みこまれていたような気もする程、彼等への声援は大きかった。客観的に見ていると、確かに昨日独歩の言っていたことは、当たっているように感じた。 「二連覇、出来るなんて思ってなかったですけど、でも、負けることも、想像してなくて」 「分かるぜ」 自分の負けた姿など、誰だって想像したくはない。それは、左馬刻だってそうだ。 「俺が、足引っ張んなかったかな、とか、気持ちが足りてなかったんじゃないか、とか、色んな事、ぐるぐる考えちゃって」 段々と、声が小さくなっていく独歩に、左馬刻は大きく息を吐いて、抱えていた頭を、ぽんぽんと叩いた。 「泣いていいぞ」 「………っ………」 嗚咽にも近い音が独歩の喉から漏れたかと思うと、左馬刻の肩に重みが増した。 「悔しい………悔しい、です」 「ああ」 シャツが、濡れていくのが分かる。ぐずぐずと泣きながら、独歩の手が左馬刻のシャツの裾を掴んだ。 (いっそ抱きついて来いよ) とは思うものの、口には出さない。この控えめな態度が、独歩らしいとも思うからだ。 そのまましばらくぐずぐずと泣いていた独歩が泣き止んだのは、数分経ってからで、ようやく落ち着いたのか、左馬刻のシャツから手が離れ、肩に押しつけられていた顔が離れていった。 「すみません、シャツ汚して」 「この程度気にしねぇわ」 目元も鼻も赤くなり、まだそれでも涙が出てくるのか、独歩は指で目元を擦った。 「あんま擦んじゃねぇよ」 言いながら、目元を擦る手を掴んで動きを封じると、左馬刻はそのまま顔を近づけて流れてくる涙を、舐めた。 「なっ、な、何、え?舐めた!?」 「擦ると赤くなんだろうが」 「そ、え?で、も、舐めます!?」 「でも、止まっただろ?」 「びっくりしたんですよ!そりゃ止まりますよ、涙も!」 掴まれた腕を振り解こうと、もがき始めた独歩の動きが突然止まり、口をあんぐりと開けている。 「何だ、どうした?」 腕を強く振り解いた独歩が、ゆっくりと左馬刻から距離を取るように後へ下がった。 「あ?」 様子がおかしい、と左馬刻が振り返ると、そこに、会いたくもない人物が立っていた。 「何の用だ、てめぇ?」 山田一郎が、驚いた様な顔で立っている。その後には、もれなくいつものように小判鮫よろしく弟二人が立っていた。 「いや、あんたが観音坂さんを引きずってったから、大丈夫かな、って」 「あぁ?何がだ?てめぇにゃ関係ねぇだろうが!すっこんでろ、クソガキ!」 左馬刻が怒鳴ったのと、独歩が立ち上がったのが同時だった。 「あの!俺、控え室戻りますね」 「はぁ?おい、ちょっと待て」 「無理です!いたたまれない!」 逃げ帰ろうとでもするかのような独歩の腕を掴んで立ち上がろうとしたが、左馬刻はそのまま腕に力を込めて、独歩を引き寄せた。体勢を崩してよろけた体を受け止めると、そのままスーツの襟を掴んで下ろし、一郎達から独歩のうなじが見える様にする。 「いいか?こいつは俺のだ。触ったら殺すからな、覚えとけ」 「な、っ、何言ってんだ、子供相手に!」 顔を真っ赤にして叫んだ独歩が腕を振り上げ、左馬刻の頭上に拳を落とした。 ![]() ラップバトル二回目の決勝戦、シブヤ優勝後、ですね。 独歩は確実に落ち込むし浮上するまで大変だろうな、と。 でも左馬刻がいればちゃんと浮上させてくれそう。 山田三兄弟は絶対いい子達!と言う考えがありましてこんな形に。 一郎と三郎は多分宣言前に気づいてますが。(並々ならぬ関係だと) 二郎は多分「何でこいつらくっついてんだろ?」レベルです。 この後はきっと喧嘩です。独歩が殴ったので(笑) 2025/3/16初出 |