口に含んだコーヒーを、ゴクリと音を立てて飲みこんだ独歩は、そのコーヒーを誤嚥して、噎せた。 「おいおい、何やってんだよ」 手を伸ばした左馬刻が、独歩の背中を撫でて、その手から傾いてコーヒーの零れそうなマグカップを取り上げてテーブルに置いた。 「げほっ、ごほっ………い、いや、碧棺さんの、せいで………………けほっ」 「別に、ただ聞いただけじゃねぇか」 目の前にあるパソコンへ吹き出さなくて良かった、と思いながら、独歩は口元を手で覆い、咳き込んだ。 どうにも仕事が終わらなくて、左馬刻に頼み込んでパソコンを持ち込ませて貰い、地味な書類作成を続けていたのだが、何の前触れもなく発された左馬刻の質問で、集中力は完全に途切れてしまった。 そもそも今日は土曜日で、最初からヨコハマに来る気はなく、日曜日にしっかり休むために、一日がっつり仕事をする気だったのだが、夕方に左馬刻から連絡が入り、来い、と一言言われたのだ。何で?とは思ったが、そう言えば一ヶ月位会ってないな?連絡もしてないな?と言う事に気づき、仕事を多少持ち込むこと前提で来たのだ。 「そ、それで?何て?」 「だから、あんたは俺のどこが好きなのかって聞いたんだよ」 「………突然どうしたんですか?熱でもありますか?」 「ねぇわ。俺が聞いたらおかしいのかよ?」 妙な事を聞くな、とは思うが、おかしいとは思わない。ただ、何故?とは思う。 「何でかなぁ、と」 「大した理由はねぇよ。ただ、聞いたことがねぇな、と思ってな」 それこそ、独歩だって左馬刻に聞いたことはない。どうして番にしてくれたのか、自分を選んでくれたのは何故か、後悔はしていないのか、とか………出てくる質問は、決して前向きなものではないけれど。 「じゃあ、逆に聞きますけど、碧棺さんはどうなんですか?俺のどこが好きなんですか?」 しばらく考え込んだ左馬刻が、口を開いた。 「おもしれぇとこ?」 「時々それ言いますけど、俺面白いですか?全然そんなつもりないんですけど」 「おもしれぇな。俺の予想を軽々と超えた反応が返ってくるところなんか、特にな」 解せん、と思いながら、独歩はキーボードに手を伸ばそうとした。けれど、その手を左馬刻に掴まれてしまう。 「俺の質問を受け流すんじゃねぇよ」 「え〜でも、いきなり聞かれて出てくるものじゃないですよ?」 「じゃあ、俺の好きな所はない、って事か?」 「そうは言ってないんですけど………う〜ん………………………顔?」 「顔かよ」 怒るか呆れるか、と思ったが、左馬刻は小さく吹き出した。 「で?」 「で、とは?」 「他は?ねぇのかよ?顔なんて、年取りゃ変わるもんだぞ」 「いや、多分碧棺さんは渋い年の取り方しそうですよね」 「あんたは何だかんだ変わらなさそうな気がするけどな」 「あ〜でも、両親も比較的若作りかもしれませんねぇ」 「そうなのか?」 「そうですね。いつまでも仲いいですし」 よし、このまま話を逸らしていこう、と言う独歩の意図を察したのか、左馬刻が顔をぐいと近づけた。 「で?」 「どうしても言わないと駄目ですか?」 「ああ」 このままだと仕事を再開させて貰えない、と考え、観念したように独歩は口を開いた。 「優しい所?」 一拍の沈黙の後、左馬刻は大口を開けて笑い始めた。 「え?え?笑います?何で!?」 「いや、やっぱいいな、あんた。おもしれぇ」 笑いが止まらないらしい左馬刻に、流石に独歩も少しむっとした。 「んなむくれてんじゃねぇよ。いやぁ、いいこと聞いたわ」 腰を浮かせた左馬刻が、軽く掠めるように独歩の頬へキスをして、そのまま立ち上がると、軽く独歩の頭をかき乱すように撫でた。 「風呂入れてくるわ。後三十分で仕事終わらせろよ」 「終わらないですよ!?って言うか、俺何で今日呼ばれたんです?何かありましたっけ?」 「何もねぇよ。ねぇからいいんだろ?あのな、セックスするだけが番じゃねぇんだよ」 言うだけ言うと、左馬刻は浴室の方へ足を運んでいってしまう。 「………どういう事?」 キーボードへ指を置きつつ、独歩は首を傾げた。大笑いされる様な事を言ったか?と。 左馬刻に対する周囲の評価としては概ね、威圧的、暴力的、怒りやすく喧嘩っ早い………等々、好評価とは言いがたい言葉で示される。だが、独歩はあろうことか“優しい”と言った。今まで一度だって、そんな評価はされたことがない。驚くのと同時に、自然と笑いがこみ上げてきた。一体全体、どこをどう見たら、そんな評価が出てくるのか。周囲が見ている左馬刻と、独歩の見ている左馬刻が、まるで違う人物のようだ。 「あの、碧棺さん」 「あんだよ?」 「この姿勢で寝るんですか?」 「嫌かよ?」 「嫌って言うか………暑くないですか?」 入浴後、いざ寝るとなり、独歩は左馬刻に強制的に寝室へ連れて来られたのだが、まさか、まさか……… (密着して寝るとか思わないだろ!?) 後から左馬刻に抱えられるような姿勢で、独歩の腹の辺りに左馬刻の手がある。 「暑くねぇよ。あんたは暑いのかよ?」 「微妙?」 「なら我慢しろよ。いいだろ、たまには」 腹に回されている左馬刻の腕に、力が籠められ、自然と体が密着する。 「………あの、さっきの話なんですけど」 「さっきの話?」 「セックスするだけが番じゃない、って、どういう意味かな、って」 「そのままの意味だよ。あんたと会うって言うと、まず発情期だろ?それ以外だと大抵俺が呼びつけてヤってばっかだろ?」 「………確かに」 思い出してみれば、左馬刻と会う=セックスだ。それではまるで……… 「セフレですね?」 「まじでその言い方やめろ。あんたのその間違った認識は正せよ。番だ、番」 しかし、現状はどちらかというとセフレに近いのでは?と独歩は思うが、口にしたらまた怒りそうなので、黙っておく。 「まあ、それに気づいた訳だ。だから、番らしいことでもしておくかな、って」 「番らしいことって何ですか?」 「何でもいいんだよ。何てことねぇ、日常とか生活ってやつをあんたとしてぇんだよ」 「はぁ………よくわかんないんですけど」 「わかんなくてもいいわ。俺様がそうしてぇだけだ」 左馬刻の言いたい事の具体的な部分が全く見えてこないが、それでも、何となく、で独歩は所在なげに浮いていた手を、左馬刻の手の上に重ねた。 「これで、合ってます?」 「悪くねぇな」 後にいる左馬刻が笑ったので、独歩はそのまま目を閉じた。 「おやすみなさい」 「おう」 挨拶を返してくれる、傾いたマグカップを直してくれる、呼びつけるけど迎えに来てくれて、頭を撫でてキスをして、抱きしめてくれる………ほら、根っこは優しいじゃないか、と思いながら、確かにこう言う時間も悪くない、と思いながら、独歩は眠りに誘われた。 重ねた手が、独歩の言う“優しい”であればいいと思って、左馬刻は目を閉じた。 ![]() ただいちゃつく二人が書きたかっただけです。 後、噎せる独歩を書きたかった。 時間軸は特別なく、春と夏の間かな、位です。 相変わらずのセフレ疑惑ですが(苦笑) 独歩の中の“優しい”のハードルが低そうだな、と思いまして。 左独のいちゃつきは難しいですね。 2025/4/27初出 |