今日は随分と機嫌が良さそうだな、と感じた数分前の自分を殴ってやりたい、と独歩は思いながら、勝てる訳がない力比べを左馬刻としていた。 「んなに嫌がる事じゃねぇだろ!?」 「嫌がる事ですよ!何で俺がいいって言うと思ってるんですかね!?」 力の均衡が保たれているという事は、左馬刻が力を抜いてくれているという事だ。αの左馬刻の腕力に、Ωの独歩の腕力が敵うわけがないのだから。けれど、均衡が保てなくなると、独歩の上に乗っている左馬刻が落ちるような形になってしまうかもしれないので、独歩も力を抜くに抜けなくなっている。 「マンネリ防止だっつってんだろうが!」 「俺はそんなもの求めてないんですよ!」 不毛な争いのような気がしないでもなかったが、ここで折れる訳にはいかないと、独歩は力を振り絞って左馬刻の腕を押し返し、体を起こした。 「捨てて下さい!」 「新品だっつってんだろうが」 「そういう事言ってない!俺は絶対に嫌だ!捨てないなら帰りますよ!!」 言った事を実行すべく、独歩はベッドから降りようとしたが、腕を押し返されて軽く背を逸らせた左馬刻がすぐに体勢を取り戻し、手首を掴んできたかと思うと、強く引かれてベッドへ戻され、押し倒されてしまった。 「何がそんなに嫌なんだよ?」 間近にある真剣な眼差しの左馬刻の顔にほだされそうになるが、今日の独歩は絶対に首を縦に振る気がなかった。 「あ、当たり前でしょうが!?誰が、お、オモチャなんて使うか!」 独歩は右手を手刀の形にして、左馬刻の頭上へ落とした。 日々、もう嫌だと思う程の残業をこなし、上司の無理難題を解決し、疲れ切った体で帰宅したある日、ああ、最近碧棺さんに会えてないなぁ、バトルもないし、最後に会ったのいつだったっけ?あれ?覚えがないぞ?一ヶ月以上前か?電話で声も聞いてないしメールもしてないかもしれないな?等と思って携帯電話の履歴を見たら、一ヶ月半前で、流石にこれまずいよな?と思って連絡したら、何だかすこぶる左馬刻の声の機嫌が良かった。その機嫌の良さを不審に思いつつも、予定を合わせて会うことになったのに……… 家具が揃ったと言っていたセカンドハウスに初めて連れて行かれ、(やっぱり広いんだが?家賃幾らだ?)と思いつつ通された寝室のベッドの上に並べられた品々を見て、独歩の顔面は蒼白になり、左馬刻を問い詰め………そして、今に至る。 「あんた、最近俺に手が出るようになったよな?」 力は大して籠めていないが、手刀で頭を叩かれた左馬刻が、その部分を摩っている。 「碧棺さんが悪いですよね、これは!?」 「いいだろ、別に。全部一気に使う訳じゃねぇし、まあ、まずは小さいのから」 「使うわけないでしょ!」 小さな、明らかにローターと思われるピンク色の物品に手を伸ばそうとした左馬刻の手を、独歩は引っぱたいた。 「あんたに使わねぇで誰に使うんだよ?」 「だから、捨てろっ!」 叫ぶ独歩に、左馬刻は溜息をつく。 「買ってきたばっかだぞ」 「使う気なら俺、本気で帰りますよ?それ全部捨てるまで会いませんからね」 「何がそんなに嫌なんだよ?」 決意が固そうな独歩の目に、左馬刻は渋々といった体で腰を下ろし、押し倒した独歩の腕を掴んで引き上げ、座らせる。 「嫌だって思うことに理由いります?」 「いるだろ?こんなのどこにだって売ってるし、誰だって使ってるもんだぞ?何でそこまで嫌がるのかがわっかんねぇわ」 借金から逃げ回るロクデナシの所に乗り込んだらオモチャを使ってお楽しみ中だった、なんて事も当たり前にある世界に左馬刻はいるのだ。それを使うことを嫌がる、と言うのが理解出来なかった。 「どこにでもあって誰でも使ってても、俺は使いたいと思ったことないし、多分これから先も思わないです」 「使ってみたら案外ハマるかもしんねぇぞ?」 「嫌です」 子供がだだをこねるように、ぷいと横を向いてしまった独歩の頬を両手で挟んで、自分の方へと向ける。左馬刻は、独歩が自分の顔を好きだと言ってから、時折そうして自分の顔を有効活用する事にしていた。 正面から覗き込んで、額を合わせる。 「言えよ。理由があんなら捨てる」 「………本当に捨ててくれますか?」 「俺が納得出来る理由ならな」 理由を探しているのか、言葉を探しているのか、独歩の視線が少し泳いで、瞼が降りるのと、左馬刻の手が掴まれて下ろされたのがほぼ同時だった。 「………そういうのはちょっと、怖いのと、恥ずかしいのと、後………」 躊躇うように口を閉じた独歩が、体育座りをするように足を抱える。 「何だよ?」 「っ………その…………………………は、嫌と言うか、何と言うか………」 「は?わかんねぇよ」 ぼそぼそと声が小さくなっていってしまう独歩に、左馬刻は少し語気を強めた。 「だ、だから、その、俺は、碧棺さん以外は嫌なんですよ!」 「あ?」 「だって、何か色々並べてますけど、それって全部俺の中に入れること前提ですよね?」 並べられたオモチャの種類を独歩は知らなかったが、ローターにバイブ、電マ等々、大小取り揃えてあったのだ。色も形も様々で、その形状って何?その突起物どういう事?と、恐怖させる物もなきにしもあらずなのだ。 「まあ、ほとんどそうだな」 そんな、どう使うのかも分からない物を受け入れるのなど、独歩は断じて嫌だった。 「俺は、例えオモチャだったにしても、碧棺さん以外を自分の体の中に入れるのは嫌なんですよ!」 真っ赤になって何とか言葉を紡いだ独歩は、恐る恐ると言った風に左馬刻を見た。だが、左馬刻は右手を顔に当てて、天を仰ぐかの様に上を向いている。 「あの、碧棺さん?」 独歩は、左馬刻と番になるまでセックスの経験がないと言った。と言う事は、今の宣言で実質、独歩は左馬刻以外を知る気がまるでないし、必要ともしていないと言うことで、つまりは……… (優越感がすげぇな) 笑いがこみ上げそうになるのをどうにか堪えて、左馬刻はベッドに載せていたオモチャを全て、床へ落とした。 「………明日には速攻捨てるわ」 「え?本当ですか?」 喜ぶ独歩が、視線を落とされたオモチャから左馬刻へ戻すと、ぐるりと視界がひっくり返った。いつの間にか左馬刻に肩を押され、背中からベッドへ落ちていた。勿論、ベッドの上なので、痛みはない。 「まあ、マンネリ防止にはオモチャ以外にもあるしな。あんた、今日覚悟しとけよ」 着ていたシャツを脱ぎ捨てて、左馬刻は独歩のネクタイの結び目に指をかけて解いた。 「へ?」 どことなく悪そうな顔をしている左馬刻を見上げて、独歩は何となく嫌な予感がした。こう言う顔をしている時の左馬刻は、大抵独歩が後で泣きを見るような事を考えているのだと、最近分かるようになってきた。 「いやいや、一ヶ月半振りなんですよ?近況報告とか他にも色々話がないんですか?いきなりそこいきますかね?」 「近況報告とか後回しだろ。つかねぇわ」 「ない!?」 「何とかこの状況から逃げだそうってのが丸わかりだわ。観念しろよ」 「うぅう………明日も仕事なので出来れば早目に帰れるとありがたい、んですけど?」 「この状況で早く帰れると思うなよ?」 更に何かを言おうとした独歩の口を自分の口で塞いだ左馬刻は、独歩のシャツのボタンに手をかけ、外していった。 ![]() 結局翌朝車で送ってもらう羽目になる独歩です。 金銭以外で価値観が合わない部分は何だろうな?の結果です。 左馬刻としては独歩の言葉が予想以上だったので大満足だと思います。 後、翌日の左馬刻がとてもとても上機嫌なので。 部下達が戦々恐々とします。色々な意味で。 あ、セカンドハウスの家具は全て左馬刻が揃えました。 一応少しは独歩の意見も取り入れてるんじゃないかと思います(多分)。 2025/8/16初出 |