* EX 7 *


 室内にいる女性達が、慌ただしく動き回っている。明るい照明に白い背景、何台ものカメラにモニター………そう。今日は、ラップバトル決勝戦に残ったチームの、写真撮影日だった。中王区は商魂逞しく、決勝戦に残ったチームの多種多様なグッズを展開し、バトル前後に売り出している。その中に、ブロマイドというものもあり、チームメンバーの宣伝写真として活用しつつ、その中から選りすぐりの物を販売しているらしい。らしい、と言うのは、その売り上げの中からバトル参加者に支払われる協力費の様な物があるにはあるのだが、微々たる物だからだ。無論、売り上げの大半は中央区の懐へ入り、それらはバトルの運営資金などに回されている。
 控え室で顔や髪を弄られ、衣装に着替えさせられたが、流石はプロの仕事、普段の酷い目の下の隈が、化粧のおかげで少し軽減されているように、鏡を見た時には思えた。
 用意された衣装に否やはないし、どんなに良い衣装を着た所で、着こなせるとも思っていないので、着せ替え人形になるしかない。一二三は流石というべき着こなしで、寂雷も身長が高いので何を着ても様になっている。(俺、浮いてないか?)と、案内された撮影所の入り口で、独歩は自分の足下を見た。
「麻天狼の皆さん、入られます」
 案内してきてくれた女性が声を上げると、室内にいた何人かが返事をした。既に、室内では撮影が進んでいるらしかった。
「おや、そちらのチームも今日でしたか」
 声をかけてきた方向に振り返ると、入間銃兎が立っていた。
「ええ。全員の予定が合うのが今日でして」
 寂雷がにこやかに応じる。ふと、銃兎の違和感に気づいた独歩は、声を上げた。
「入間さん、眼鏡は?」
「ああ。コンタクトに変えられてしまいました。慣れなくて違和感が凄いですね」
 何度も瞬きをする銃兎は、不満そうだ。
「伊弉冉さんは………大丈夫そうじゃありませんね?」
「は、ははっ、女の子多くて、やっぱ無理」
 控え室からここまで、絶妙にへっぴり腰で独歩の腕に捕まったまま、一二三は歩いてきた。中王区の施設に来るという事は、必然女性が多いと言う事だ。その事を忘れていた一二三は、最初こそ乗り気だったのだが、今朝には既にテンションが下がっていた。
「毒島さんと碧棺さんは?」
「今撮影中です。私は一足先に終わりましたので、失礼しますね」
「お疲れ様です」
 軽く会釈して撮影所を出て行く銃兎を見送り、独歩は室内に目を向けた。
 確かに、先程からずっと、シャッターを押すような音が連続して響いていた。
「神宮寺さん、最初に撮影いいですか?」
 スタッフが駆け寄り、寂雷が「ええ」と返事をしつつ歩いて行く。擦れ違うように歩いてきたのが、理鶯だった。
「貴殿らも今日撮影か」
「はい。入間さんは先程控え室に戻ったみたいですよ」
「そうか。ここの女性達は要求が多い。貴殿らも頑張ってくれ」
 少し疲れていそうな理鶯に、乾いた笑いを返し、独歩はひっついたままの一二三をどうにかしなければ、と一二三の肩を軽く叩く。
「お前、メイク全部自分でやってたじゃないか。いっそ写真も自分で撮らせて貰ったらどうなんだ?」
「前の時もそれ言ったけど、無理だった」
「伊弉冉さん、次いいですか?」
 スタッフの女性に呼ばれ、一二三が背中を丸める。
「は、はいぃ」
「立ち位置までついてくか?」
「だ、だいじょぶ。がんばる」
「片言になってるぞ。本当に大丈夫か?」
 見渡せば、いるのは女性ばかりで、一二三が萎縮するのは仕方がない。
「おい、いつまでひっついてんだ、てめぇ」
 ドスの利いた低い声が聞こえてきて、顔を上げると、いつの間にか左馬刻が立っていた。
(うわっ!かっこいい!)
 いつもと違う髪型に少し不機嫌そうな表情、普段首元は空いた服が多い印象の左馬刻だが、今日は首の詰まった衣装で、上下が黒く、上着だけが白っぽい。
「独歩ちん、いてよ?」
「分かってる。行ってこい」
 軽く一二三の肩を押してやり、促すと、どうにかこうにか一二三が歩き出した。
「あいつ、大丈夫なのか?」
「前の時もああでしたから、多分、撮影が始まってしまえば大丈夫かと………何ですか?」
「そう言う髪型してると、やっぱあんた童顔だな」
「………どうせ似合ってないですよ」
 散々メイクアップアーティストとやらに弄られて、前髪を分けられてしまったのだ。何だかおでこがすーすーして、落ち着かない。
「んな事言ってねぇだろ」
「観音坂さん、よければ椅子に座って下さい」
「あ、すみません。ありがとうございます」
 スタッフが気を利かせて、椅子の在る場所を指し示してくれた。すると、何故か左馬刻もついてきた。
「戻らないんですか?」
「あんたらの撮影ちっと見てくわ」
 独歩が椅子に腰を下ろすと、その横に左馬刻も腰を下ろした。
 あれだけへっぴり腰だった一二三も、カメラマンの前に立てば一人で、近くに女性がいないので、無事に撮影は進んでいるようだった。寂雷も、あれやこれやと要求の多いカメラマンからのポージングをこなしている。
(俺には出来ないんだよな、あれ。ぎこちなくなって)
 前回も散々時間がかかってしまったので、二人より後にして貰えて、少し気が楽だった。
 撮影の邪魔にならないよう、何てことのない近況報告を左馬刻と交わしながら待っていると、寂雷が終わったようで、独歩はスタッフに呼ばれて立ち上がった。
「行ってきます」
「おう」
 擦れ違う寂雷に、一二三の事を頼みつつ、独歩はカメラの前に立った。
 左馬刻は、ぎこちない動きで撮影に臨む独歩を見ながら、近場のスタッフに声をかけた。


 撮影が終わり、化粧を落とし、衣装を着替え、いつも通りのスーツに戻ると、何だか安心して、独歩は安堵の溜息をついた。
 寂雷と一二三と控え室を出て歩いていると、後方から声をかけられた。
「あの、観音坂さん、これを」
 女性が、大きな紙袋を差し出してくる。受け取った独歩は、中を見て首を傾げた。
「これって、今日の衣装ですか?」
「はい。お持ち帰り下さい」
「いや、でも、これって貰える物じゃないですよね?」
「ええ。気に入って頂いた衣装は買い取りが可能なんですよ」
「買い取り?俺はお金払ってないですけど」
「いえ、それは別の方が………私はこれで」
 女性は、言葉を濁しつつ独歩に紙袋を渡すと、逃げ帰るように走って行く。その後ろ姿を見送って、嫌な予感がした独歩は、すぐさま携帯電話を取り出した。
『さっき会ったじゃねぇか。何だよ?』
「碧棺さん!これ、衣装、もしかしてお金払いました!?」
『ああ。俺が買った。俺の今日の衣装も買い取ったからな。冬になったら、それ着てヨコハマ来いよ。デートしようぜ』
「デ!?いや、いやいや、そうじゃなくて、これ幾らしたんですか!?」
『言う訳ねぇだろ。じゃあな』
「あー!電話切った!もうっ!………出ないしっ!」
 折り返した電話は、すぐに切られてしまう。
「何だかんだで仲良しですねぇ、二人は」
「っすねぇ。左馬刻ちんは独歩ちんを甘やかし過ぎだと思うっすけど」
「甘やかされてない!」
 渡された衣装を置いていく訳にもいかず、返すわけにもいかずで、結局独歩は、冬物の重いコートも含んだ衣装一式を持ち帰ることになった。無論、左馬刻に何度も連絡を取ったが、頑として値段は教えてくれなかった。







公式の冬服デザインから着想を得たお話になります。
左馬刻としては独歩の反応はしてやったり、だと思います。
寂雷は“仲が良くて何より”と思ってるだろうし。
一二三は“外でいちゃつくのやめなよ”と思ってます(笑)
独歩だけが怒ってる感じですね。この後またお金で揉めます。
でも多分ちゃんとデートはすると思います。
手元にある服を無駄にする、と言うのは独歩はしなさそうだな、と。







2025/10/25初出