かたり、とテラスで音が鳴るたびに振り返っていたのは、最初の一年だけだった。 気づけば、少々の物音でテラスを確認することもなくなった。 どうせ、あの男ではないのだから。 戦が終結した、と言う報は未だに国内へ届かない。楽師一人が命を落としたところで、死の知らせが届くわけでもない。 それでも、ルルーシュはあれ以来、テラスへ出ることを止めてしまった。 必ず生きて戻ると、そう言ったあの男に、到底届かないとは分かっていても、報いてやりたかったからだった。 母も、こんな気持ちだったのだろうか。自身へ歌を、詩を、技を捧げる数多の芸術家に、様々な報いを与えてやりたいと、そう思っていたのだろうか。 紅茶を飲み、一息ついて本の頁を繰る。ルルーシュの所有する綿畑は拡大し、今や数多くの従業員を養っていく義務がある。経営を失敗するわけにはいかないのだ。そのためには、ルルーシュ自身の生活が満たされていないと、働いてくれる者達に辛く当たってしまうことになる。ルルーシュにとっての癒しは、やはり読書だった。 今日の本は、異国から取り寄せた物語だ。異国の本には、見たことも聞いたことも無い動植物が描かれていることが多く、楽しいのだ。 見たことの無い淡い桃色の花の描かれた頁に差し掛かった時、木々の揺れる音がした。風が出てきたのか………時期的に綿の収穫時期であるから、あまり強い風が出て欲しくはないが………などとルルーシュが考えてまた頁を繰った時。 こつ、こつ、こつ、と三度、窓ガラスが音を立てた。 本の頁に栞を挟み、聞き間違いでは、とルルーシュが息を潜めていると、また、同じように、三度、窓ガラスが音を立てる。 本をテーブルの上に置き、椅子から立ち上がり、カーテンを引きあける。 窓ガラスにかけていた鍵を開け、テラスへ向けて大きく開け放つと、少し日に焼けた男の顔が、笑った。 「生きて、戻りました」 そう笑う男の右頬に、傷がある。 「ああ」 「貴女に、聴いて欲しい風景が、沢山あるんです。何日もかかってしまうかもしれないけれど、詠っても?」 「ああ。だが、それは、明日、表から入ってからにしろ」 「え?でも」 「何日も、かかるんだろう?なら、正式に客人として、表から入るのが礼儀だ」 ルルーシュの言葉を聞き、男の顔に笑みが広がっていく。 「おかえり、ジノ」 名前を呼ぶと、まるで、夜闇の中に大輪の花が咲くように、男は笑った。 ![]() 待っていて下さった方がいるかどうかわかりませんが。 数年越しの完結です。大変お待たせいたしました。 目的としては、ルルーシュに最後に「おかえり」と言わせること。 だったので、達成できました。最後に名前も呼ばせましたし。 書き始めた当時、吟遊詩人という存在に大変興味がありまして。 そのためにこのお話を書き始めました。 本来吟遊詩人というのは“決して報われることのない愛の嘆願と奉仕の誓い”をするものなのだそうです。 でも、ジノルルなので、最後に報われてもいいんじゃないかな、と思いました。 この後恋仲になれるかどうかはわかりませんが。 多分、ジノは押し捲ると思います(笑) 2015/9/6初出 |