*Knight of night-U-*


 突然現れた、猟銃を構えた少女。まさに、これから狩りに行こうとしている風体に、しかし、青年は目を離すことが出来なかった。
 鮮やかな菫色の瞳。透き通るような白い肌。絶世の美少女と謳ってもおかしくないような、姿だった。
「次は外さないぞ。殺されたくなければ、早々にこの屋敷から出て行くことだ」
「なっ………ちょ、ちょっと待ってくれ!私は一夜ここの主に宿を借りただけで………」
「この屋敷の主は私だ。その私が出て行けといっている」
「え?」
「何だ?女主では不満か?」
「いや、そんなことは決して………」
「それは、リュートだな?」
 少女の視線が、青年の持つ楽器へと落とされる。弦の張られた胴の膨れたそれは、青年の商売道具だった。
「え?あ、ああ………」
「と言うことは、お前は楽師だな?」
「まあ」
「私は、この世で最も楽師と言う人間が嫌いなんだ。嵐は過ぎ去ったのだから、もう用はないな。さっさと出て行け」
「いや、でも、せめてお礼を………」
 二発目の銃声が、響き渡る。その音に、この少女が本気だと言うことを感じ取り、急いでリュートを袋の中へと仕舞いこみ、生乾きの外套を掴んで、少女の横をすり抜けて、馬小屋から駆け出した。
 急いで門へと駆け寄ると、大門は閉められたままだったが、使用人が使用する小さな門は開門されていた。一息つこうと門扉に手をついて、馬小屋の方へと振り返れば、猟銃を持った少女が、馬小屋の中へと入っていくところだった。


 まさに、命からがら逃げ出した体で、ようやく夕暮れに辿り着いた町で、落ち着いた食事を取るために、酒場へと足を運ぶ。
 決して大きいとはいえない町だが、近くに大貴族の屋敷があるとかで、中々に栄えている町だった。
 まさか、嵐をやり過ごすために辿り着いた場所で、命の危険に晒されるとは思わず、これはもう酒の一杯でもひっかけなければやってられないと、食事より先に、度の少々強いアルコールを頼む。
 誰にともなく、軽くグラスを目の前に上げて、それを一息に飲み干せば、焼けるような熱さと共に雫が喉の奥を転がり落ちていく。けれど、それが生きていることを実感させて、ようやく食事を頼む気になった。
 嵐のせいで昨日は夕食にありつけなかったし、今日も今日で朝食にも昼食にもありつけなかったため、青年の食欲は半端なものではなかった。育ち盛りと言うわけではないが、それなりに体を動かせるだけの栄養は取っておかなければ、いざと言う時に動くことが出来ない。
 中々に栄えている町のようだし、必ずどこかに需要はあるだろうと、脇に置いたリュートへ眼を下ろす。
「おー!?ジノじゃないか!!」
 驚き喜ぶ声に名前を呼ばれて、スプーンに乗せたスープを飲み込んでから顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「リヴァル先輩!?」
 同門、と言うわけではないが、一時、楽師を養成する学校で寝食を共にしたことのある、二つ年上の楽師だった。
「ひっさしぶりだなー!元気だったか?」
「それなりに元気です」
「何だ、何だ?凄い食欲だな?」
「昨日から、まともに食べてなかったんですよ」
 言いながら、スープとパンを口に入れる。酒が入っているらしいグラスを持ったリヴァルが空いていた正面の椅子に腰掛けた。
「一年ぶりくらいか?どの辺りを回ってたんだ?」
「西の方ですよ。この町には今日着いたばかりで」
「へぇ。俺は一昨日着いたんだ。にしても、奇遇だな」
「ですね」
 会話をしながらも、食事をする手を止めることはない。
「先輩は、ここで仕事ですか?」
「いや、ここは仕事がないからな」
「仕事が、ない?」
「まあ、こう言う酒場なら話は別だけど」
 確かに、今いる酒場には音楽が溢れている。歌を歌う女がいれば、楽器を奏でている男もいる。歌っているのか怒鳴っているのかわからない男も、中にはいた。喧騒の中に、音楽が満ち満ちていた。
「でも、貴族相手に仕事をするお前みたいなタイプに、仕事はないよ、この町には」
「でも、大貴族の屋敷がある、って聞いたんですけど?」
「ああ、あることにはあるんだけどな………」
 歯切れの悪いリヴァルの言葉に、最後の一欠片のパンを口に放り込み、スープで流し込む。
「あるのに、仕事がないってどういうことです?」
「そこの主がな、大の音楽嫌いなんだそうだ。中でも、楽師が一等嫌いときてる」
 声を潜めたリヴァルの言葉に、ジノはとっさに今朝方顔を合わせた少女の顔を思い浮かべた。
「俺は会ったことないけど、雇ってもらおうとチャレンジしに行った奴の話じゃ、超がつく美少女だって話だ。ただ、楽師だと聞いた途端、即門外へ。しつこく付きまとう奴には猟銃向けてくるって話だぜ」
 まさに、今朝方の少女のことに思えて、ジノは興味が湧いた。
「名前は?」
「それが、聞いて驚け。大貴族も大貴族。彼のブリタニア家の令嬢だ!」
「この辺に屋敷があるんですか?」
「ああ。って、おい、まさか、チャレンジするとか言うんじゃないだろうな?やめとけ、って。幾ら大貴族で金持ってたって、そんなお高く留まったご令嬢に愛だの恋だのは通じないって」
「別に、宮廷式にこだわる必要はないでしょう?」
「あのなぁ〜相手はあのブリタニア家だぞ?不興を買えばどんな仕打ちをされるか………あぁ、考えただけで寒気がする。俺は忠告したぞ。したからな!」
「大丈夫ですよ、多分」
 確信などなかったが、それでも、楽師のプライドにかけて、音楽の良さをわかってもらえないと言うのは、悲しいことだった。
 明日辺り、早速御礼もかねて屋敷を訪ねてみようと、二杯目の酒を頼みながら、ジノは考えていた。








猟銃を人へ向けてはいけません。ましてや撃つなど以ての外です。
決してしないで下さいね。
そんな注意事項パートツーです。
リヴァルは友情出演のつもりだったのですが、この後もちょこっと出てきます。
実際、楽師の学校と言うのはあったようです。情報交換や、曲や楽器の売買などが行われていた模様。
楽譜がない時代は、楽曲は口伝えでどんどんアレンジしていたようです。




2010/2/2初出