*Knight of night-W-*


 布に包んだリュートを、背中に括りつけるようにして背負い、胸元で布の端と端を結び、頑丈な太い縄と、鍵を開けるのに役立つ細い針金を布袋に入れて、腰から提げる。
「よし」
 完全に盗人のような風体だと自嘲しながら、ジノは夜の下町を後にした。


 目の前で眼を丸くして硬直しているルルーシュを見て、ジノは苦笑しつつ、人差し指を口元で立てた。
「騒がないでくれると嬉しいです」
 昨日、この屋敷へ訪れた際に、高い城壁の周囲に幾本か、木々が植わっているのを確認した。そして、その中で一番高い木から中へと進入できるのではないかと考えたのだ。
 子供の頃から木登りは得意だったし、身軽だったのも幸いしたのか、そう時間もかからずに木を登り終え、中へと入ることが出来た。
 使用人の数が多くはないのか、それともただ単にこの辺りだと盗人もいないのか(辺鄙な場所にあるが故に)、警備は手薄で、何の問題もなく庭から屋敷へと近づくことが出来た。
 そして、テラスで空を見上げているルルーシュを見つけて、再度木登りをして、彼女の眼前に辿り着いた。
「お、おま、おまえ………」
 ぱくぱくと、言葉が出てこないように口を開閉しているルルーシュに、ジノは体制を立て直そうと、太い木の枝に腰を下ろし、バランスを取った。
「すみません、不法侵入で」
「ふ………人を呼ばれても仕方のない状況だと言うことは、理解しているわけだな?」
「まあ。でも、人を呼ぶのは私の話を聞いてからにしてもらえますか?別に、盗みを働こうとか、貴女に害を成そうと思って来た訳ではないので」
「なら、何をしに来た?不法侵入をしてまで」
「楽師がお嫌いだと聞いたので、正面から普通に面会を求めたのでは、断られると思ったんですよ」
「どうやって入った?」
「内緒です」
「………用件があるなら早々に済ませろ。私はもう寝るんだ」
「ええ。格好を見ていればわかります」
 夜着に薄手のカーディガンを羽織っただけのルルーシュを見ていれば、長時間ここへ留まって欲しいとお願いするのは無理だろう。今日は少し、風が冷たかった。
「楽師がお嫌いな理由を、聞いてみたかったんです」
「聞いてどうする?」
「これからの生活に、生かしてみようと思います」
「殊勝な心がけだな」
 テラスのバーに腕を乗せたルルーシュが、口角を上げる。
「だが、私がそれをお前に話す義務はどこにもない」
「そう、ですか………」
 大きく肩を落として下を向くジノに、ルルーシュは手を伸ばした。
「そこで後を向けるか?」
「はい?」
「その木の枝で後ろを向いてみろ」
「は、はぁ」
 言われたとおり、足場を求めて動き、座っていた枝の上で後を向いた。
「変な髪形だな」
「いたっ!!」
 ジノは、少し長い髪を三つの三つ編みにしている。突然それを後から掴まれて、首が仰け反った。
「どうやって結んでいるんだ?自分で結んでいるのか?」
「ちょ、いたっ!引っ張らないでくださいよ!」
「あ、ああ、悪い」
 手が離され、仰け反っていた首が元へ戻る。そのまま落下するのではないかと言う恐れは、これで回避されたが、何故突然髪の毛を引っ張られたのかの、疑問は残る。
「面白い男だ」
「は?」
「今日は見逃してやるから、さっさと帰れ」
 そのまま、ルルーシュは冷えたらしい肩を摩りながら、部屋の中へと戻ると窓を閉め、鍵をかけてしまう。これ以上話をするのは無理だろうかと、ジノは溜息を零した。
 それでも、人を呼んで追い出されなかったことはまずまずの出だしだろうかと、少しだけ、先が明るくなった気がした。


 呆れたようなルルーシュの視線を受けながら、それでもジノは木を登った。
「また来たのか。お前、暇なのか?」
「お答えをいただけるまでは、来てみようかと」
「くだらない………」
「くだらなくはありません。楽師にとって、音を拒絶されると言うことは、何よりも辛いことですから」
「だったら、条件を出してやろう」
「条件、ですか?」
「ああ。とある国に、百夜通いというものがあるそうだ。百夜通いつめると言う慣わしだそうだ。一日も欠かさず、毎日、ここへ顔を出したなら、理由を話してやろう」
「その条件を出す理由を聞いても?」
「お前の誠実さを試す。楽師が嫌いな理由を聞かせてもいい相手かどうかを見極める、ということだ。無駄にそれを言いふらされても迷惑だからな」
「言いふらすなんて………」
「わからないだろうが」
 頑として譲らないルルーシュに、百日と言う長い日数を、どう過ごすかを考えた。蓄えがないわけではないが、下手をすれば底を尽きる可能性がある。まさか、そんな条件を出されるとは夢にも思っていなかったために、宿もそれなりの場所をとってしまっているのだ。
 しかし、そんな条件を出されたとしても、彼女の前で楽を奏でたい、と言う願いが消えないのだから、仕方がない。これは、やりきるしかなかった。
「わかりました。通いつめてみせます」
「昨日の分も換算するから、後98日だな。いつ音をあげるか楽しみだ」
「あげません。やり遂げます」
 必ず、彼女に音楽を聴かせてみせると、ジノは半ば意地になっていた。








“百夜通い”は小野小町で有名ですね。
ルルーシュは読書好き、という設定が実はあったりするので。
東洋の本もいっぱい読んでるんだよ、と言う………
ジノの使用楽器にリュートを選んだのは、笛系だと歌えない、と言う理由からです。
弾けて歌えた方がいいかな、と。




2010/2/20初出