*Knight of night-Y-*


 ルルーシュの前以外で音楽を奏でる気のないジノは、今日も一日暇だな、などと思いながら、街を歩いていた。
 すると、この辺りではあまり見かけない、整った身なりをした男が、歩いてくる。すれ違う女性が何人も振り返っているが、そんな視線など気にしていないように、真っ直ぐ、けれど周囲に視線を投げて、何かを探しているようにしている。
 その男が眼にとまったのは、何故だったのか………それは、隠しもせずに、腰から剣を提げていたからだろう。
 男は、微笑を口元に湛えて、ゆっくりとジノの前で足を止めると、懐へ手を入れた。
「三つに編まれた三つ編み、金髪、青い瞳。貴方が、ジノ?」
「そうですけど?」
「一緒に、来てくれるかしら?貴方にお会いしたいと言う方がいるの」
 一歩、近づいてきた男の手には、短刀が握られていて、その刃先が、ジノの腹部へと向けられていた。


 大人しくついてくれば、決して悪いようにはしない、と言った男は、カノン・マルディーニと名乗った。口調は女性のように柔らかく、見た目も粗野ではないが、腰に提げた剣は、決して飾りではないのだろう。一歩の内に縮められた距離と、その間に短刀を抜き放った動作を見れば、わかった。
 馬車に乗せられ、町から少し離れた場所に、小さな屋敷があった。小さな、とはいっても、毎日訪れているルルーシュの屋敷と比べて小さな、と言う意味で、庶民の家と比べれば、かなり大きい部類には入るのだが。
 敷地内に入った馬車からカノンが降り、着いてくるように示されて馬車を降りて屋敷を見上げれば、質素だが、細部に施された彫刻は一級品に見えた。
「ここはね、ある方の別荘なの。一年に一度来るか来ないか、だから少し埃っぽいけれど、我慢してちょうだい」
 開けられた扉の内側は、埃っぽいと言う割には掃除が行き届いており、シャンデリアや階段の手摺などは、丁寧に磨かれているようだった。
 案内されたのは応接間で、室内では、一人の男が、壁にかけられた絵画を見上げていた。
「お待たせいたしました。お連れしましたわ、シュナイゼル様」
「ああ、ご苦労だったね」
 振り返った男が、静かに微笑んだ。
「シュナイゼル・エル・ブリタニアだ。君は、何故ここへ連れてこられたか、理解しているかい?」
「………いいえ」
「単刀直入に言おう。ルルーシュに関わるのは、今後一切やめてもらいたい」
「は?」
「あの子は私の大事な妹でね」
「妹?」
「大切な妹に、余計な虫が纏わりついていると知れば、排除に動くのは当然だろう?」
「っ!?」
 つまり、対等に接することなど、本来出来ない身分であるはずのジノが、当たり前のように(正門から堂々と、ではないが)彼女の屋敷に出入しているのは、許されることではないと、そう言っているのだ。
「君のことは少し調べさせてもらったが、中々に輝かしい“楽師”としての経歴を持っているね。高名な貴族からの紹介状も貰っているのだろう?」
「………ええ」
「ならば、仕事には決して困らないはずだ。何も、あの子に近づく理由はない。違うかい?」
「………理由なら、あります」
「ほう?聞かせてもらおうか?」
「音楽が、楽師が嫌いだと言った彼女に、音楽の素晴らしさを、知ってもらいたい」
「それは、君の自尊心かな?楽師としての」
「違います。彼女に聴いてほしいと、彼女の前で奏でたいと、純粋にそう思ったからです」
 ここで、嘘をつくわけにはいかなかった。嘘をつくことも、逃げることも、ジノは出来なかった。
 シュナイゼルの瞳が、それを許していなかった。それ以上に、ジノが自分自身を偽ることを、許せなかった。
「君は、何故、楽師をしている?」
「何故?音楽が好きだからです。歌うことが好きだからです」
「富や権力、名声を得るためではないと、言えるかい?」
「言えます」
 真っ直ぐに、視線をそらすことなく答えたジノと、シュナイゼルは暫し睨み合う形でいたが、やがて、シュナイゼルが溜息をつく。
「やれやれ………少しは、骨があるらしいね」
 軽く肩を竦めたシュナイゼルが、絵画の前から移動し、ソファへと腰を下ろす。そこへと、いつの間にかティーセットを持ったカノンが近づき、テーブルに置いたカップへと紅茶を注いだ。
「あの子が楽師を屋敷の中へ入れていると聞いたから、一体何があったのかと思ったが………君の方からも話を聞く必要がありそうだ」
 座りなさい、と促されて、ジノはシュナイゼルの正面へと、腰を下ろした。


 酒場で、早い夕食を口に運びながら、ジノは昼間の出来事を思い返していた。
『君は、真面目とは言えないが、誠実そうだ。君のことは少し調べさせてもらったといったが、その上で、君に賭けてみようと、思っている』
 勝手に人のことを調べたことには異議を唱えたかったが、相手は貴族だ。ジノが、異論を唱えられる立場ではない。
『もう、私達では近すぎて、あの子の心の傷をふさいでやることが出来ない。君位の距離が、ちょうどいいのかもしれない』
 一体何の話かと、問いただすことも出来たが、ジノはしなかった。その話の核心が、ルルーシュの楽師嫌いの原因と、同じもののような気がしたからだ。
 ならば、自分自身で知ろうとしなければ、意味がない。
 そうでなければ、彼女の前で楽を奏でる資格が、ないように思えた。
「よし」
 ジノは立ち上がり、酒場を後にした。
 ルルーシュに、今夜も会うために。








シュナイゼル様登場です。
当初登場させる予定はなかったのですが、あまりに二人の進展度合いが遅いので。
急遽、二人の仲を進展させるべく登場です。
妹思いのいい兄様です、今回は(笑)




2010/3/20初出