ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。それが、彼が幼心に主と定めた、唯一の人物だった。 深く、濃い、その至高の紫色の瞳を見た瞬間、彼はそれを決めていた。 この人の、騎士になりたい、と。 笑うことにした。笑顔とおどけた表情を張り付かせて、他人に本心を読み取られないように。いつでもへらへらとしていれば、人は自分をそう言う人間なのだ、と思ってくれる。そうすれば、心の奥底、秘めた思い人を暴かれる心配もない。 自分と同じ様に、心を暴かれないように、としている人間がいる。彼の場合は、自分とは正反対で、常に厳しい表情を張り付かせて崩さない。冷たいように見える緑色の瞳は、存外熱いのだと気づいたのはつい最近で、そこに宿るのは、憎しみと復讐だと言うことにも気づいた。 人は誰でも、仮面を被る。それは、社会や現実と言う魔物と戦うための、武器の一つだ。武器は、有効に使ってこそ、武器。自分は、今まで有効にそれを使い、誰もが羨むような、羨望の地位にいる。 けれど、自分が望んだのはこんな場所じゃなかった。本当になりたかったのは……… 白刃の刃と、刃が、交差する。煌めくように、火花が空気に散じ、殺気を拡散させる。 白い、騎士服。翻るのは、碧と緑の長いマント。交差するのは憤る深緑と、澄んだ空色。 互いを弾いた刃が切迫し、峰を打ち合う。 「何でっ!」 憤りと焦りと、哀しみの入り混じったような声が絞り出され、問いかける。だが、答えはない。 一進一退。勝負のつかないその場に、一人として人は近づかない。まるで、そこが神聖な決闘の場ででもあるかのように。 白い床の上を走る足が、交錯する。互いに立ち位置を変え、剣を構えなおし、睨み合う。 「君に、それを着る資格はない!」 「それは、お前だろ?」 悪びれる様子も無く、軽い口調で言い放ち、構えた剣を一振りし、空気を薙ぎ払う。 「お前の方こそ、それを着る資格、ないんじゃないか?」 「何だって?」 ひしひしと押し迫る殺意と敵意。容赦なく向けられるそれは、倒すべき“敵”へと向けられるものだ。薙ぎ払った剣の切っ先には、冷たいほどに鮮烈な、殺意が篭っている。瞬時触れれば、焼き焦がされるほどの。 だん、と音をさせて床を蹴り、上から振り下ろされる刃を受け止めて、流す。そのまま下がり体勢を立て直す前に、二撃目が打ち込まれる。ぎりぎりの所で避ければ、マントの一部が斬られ、裂ける。 「っ!」 「本気を出せよ。手加減して、俺に勝てると思ってんの?」 飄々とした口調。今までと何ら変わらない、おどけた表情。けれど、その目に宿るのは、紛れも無い敵意。 「何で、僕を…!」 「俺はさ、お前のこと好きだったよ。勿論、同僚としても、友達としても、さ。ナンバーズだから、とか、名誉ブリタニア人だとか、そんなのどうでもいーし」 右手に握っていた剣を、左手へ、そして右手へと、まるで遊んでいるように扱いながら、一歩、一歩、余裕を見せて近づく。 「でも、だからこそ許せないことって、あるだろ?」 広いその場を支配しているのは、空のように澄んだ双眸。見下ろすその目に、隙はない。 「俺はさ、あの人を裏切ったお前が許せないんだよね」 「あの人?」 「そう。てっきり死んだと思ってたからさ、諦めてたんだ。そしたら、生きてたんだよ。すげぇだろ、それって」 「誰の、こと?」 「俺が、憧れてた人。初めて会った時に決めたんだよね。俺、この人の騎士になるんだー!!って」 子供みたいな目をして喜びながら、その奥に潜む闇は決して消えない視線に、背筋を凍らせる。 心の奥深くから際限なく沸き立つような殺意に、ゆっくりと立ち上がる。目の前の相手を、これ以上刺激しないように、と。 「だから、騎士にして下さい、って頼んだんだ。勿論最初は断られてさ、この間から何度も足繁く通ったんだよね。そうしたら、やっとOKが出たんだ」 右手に握られた剣の切っ先が、すうっと上がり、相手の首筋へと向けられる。そのまま、首を寸断するようなラインを横に一筋引き、笑う。 「だから、お前の首くれよ。お前の首と、俺のトリスタンとで、あの人の騎士に俺はなれるんだ」 「なっ!?」 目に留まらぬ速さでくり出された切っ先を、それでも防いで見せたのは、幼い頃からの鍛錬と勘がものを言った。そうでなければ、自分の首は寸断されていただろうと、冷や汗を流す。 「おっ。凄いじゃん、防ぐなんて。でも、これはどうかなっ!!」 危険を察知する間もなく、右から剣を収めていた鞘が突き上げてくる。斬撃にはならないが、打撃になったそれが脇腹を直撃し、体を吹き飛ばされ、壁に激突した。 「俺は、お前を殺せるよ。お前は、どうなの?」 足音高く近づいてくる姿に、咳き込みながら体を起す。剣を支えにして片膝をついた時には、首の皮一枚のすぐ上に、鋭く光る刃があった。 「お前は友達裏切るのが十八番なんだろ?」 「っ!?」 「友達裏切って、友達売って出世して、利用するのが得意なんだろ?俺はそんなのごめんだからさ、そんなことになる前に、お前を殺しておこうと思うんだよ」 「っ…何で…」 「何で知ってるか、って?そりゃ勿論、本人に聞いたからに決まってるじゃん。お前に裏切られて、悲しんで、苦しんだ本人に」 「まさか………そんな………!」 「お前はさ、少しでも考えたことある?あの人が人の命を奪う時にどれだけ苦しんでるか、とか、大切な人の命をその手にかける時にどれだけ涙を流したか、とか。ないだろ?ないから平気で裏切れるんだろ?自分の目的のために。自分の正義を貫くために、自分を正当化してるんだろ?」 愕然として動かない体を見下ろして、剣を振り上げる。 「じゃあな、スザク。お前はいい“友達”だったよ」 「っ………ジノっ!」 振り絞るように叫んだ名前を切り裂くように、剣は無情にも振り下ろされた。 ![]() 2008/5/26初出 |