従順な大型犬だと思っていた男は、容赦なく獲物に牙を剥く、金色の獣だった。 白い肌に、無数に散る赤い痕。その一つ一つを指で確認するようになぞりながら、腕の中に納まっている姿を見下ろす。 啼き過ぎて嗄れた声が、眠りに落ちる前に口にしたのは、馬鹿、だった。けれど、拒絶されていないのだと思い、こうして抱きしめている。 「くすぐったい」 「………おはようございます」 「今、何時だ?」 「夜中の三時ですね」 「そう、か………」 もぞりと、動こうとする体に回している腕に力をこめる。 「おい」 「もう少し、こうさせてください」 「だめだ。シャワーを浴びたい」 「あ、じゃあ、俺が…」 「却下」 最後まで言う前に断られる。しょんぼりとしていると、腕を軽く二度、叩かれた。 「許す」 「え?」 「俺の、騎士になれ」 「本当ですか!?」 「今日は、それを言うために呼んだんだ。それと、条件を」 「条件?何ですか?ラウンズを止めろ、って言うなら即止めてきます!」 「お前の乗っているナイトメア」 「トリスタンですか?」 「それと、スザクの首。その両方を俺の前に持って来られたら、騎士にしてやる」 無茶な条件だとは思わなかった。トリスタンに関して言えば、乗ったまま勝手に政庁を飛び出してきてしまえばいいだけのことだ。そして、スザクに関しては……… 「貴方を売った男の首、必ず獲ってきます」 許さないと、憎悪を燃やした相手。こんなにも好都合な条件は他になかった。 誓いを立てるように、白い額へと、唇を落とした。 漆黒の衣に包まれた細い体が、白い決闘の場へと現れる。 白い壁に凭れ掛かるように荒く肩で呼吸をしている姿を見下ろし、その横で剣に付着した血を拭う男を見上げる。 「首、落としますか?」 「どうせ、死ぬだろう。何か、最後に言いたい事はあるか?」 せめてもの情け、聞いてやろう、と言うと、いまだ戦意を喪失していない、緑の瞳が見上げてくる。 「っ…ジ、ノに、何をっ」 「何も」 「嘘、を………ギ、アスの」 「何?お前、俺が操られてるとでも思ってんの?すっげーむかつく、それ」 「ジノ、そう怒るな」 言いながら、仮面を外す。仮面の下から現れた顔に、緑色の瞳が更に鋭くなる。憎悪が、燃えていた。 「スザク、残念だよ。とても」 「ル、ル…ぐっ!」 容赦なく振り下ろされた剣の切っ先が、無傷の足を貫く。 「お前が呼ぶな、この人の名前を」 澄んでいた青い瞳に憎悪が漲り、見下ろす。その強さに呑まれて、緑色の瞳は戦意を失った。 だが、すぐさま青い瞳は無邪気な色を浮かべて、横に立つ己の主に近づく。 「ご褒美、下さい」 「好きにしろ」 「はいっ!!」 長い指が伸びて、口元を覆う黒い布を外したかと思うと、形のよい唇に吸いつく。 「んっ………っ、長いっ!」 「いたっ!」 離れた途端に頭を叩かれて、まるで、尻尾と耳を項垂れる犬のように肩を落としたジノを見ながら、口元を再び黒い布で覆う。 「酷いですよ」 「五月蝿い。そんなこと言うなら、今日は俺の部屋に入れてやらないぞ」 「えぇえ!?それはないですよ!」 「だったら、今はこれで我慢しろ」 外していた仮面を被り、襟を正す。 「行くぞ、ジノ」 「はい」 先に歩き出す主の背中を見ながら、歩き出そうとした足を止める。振り返れば、信じられないものを見た、とでも言うように両方の瞳を大きく見開いた姿が、息も絶え絶えに、荒い呼吸をしながら口を開く。 「ジ、ノ………君、は………」 しぶとい奴だな…と思いながら、収めていなかった剣を軽く、一薙ぎさせる。 鋭く風を切る音に数瞬遅れて、斬られた首筋から、血が流れ出す。それは、薄皮一枚を斬ったようにも見える浅い振りだったにも関わらず、傷口からは夥しい血を流させた。 「大人しく死んどけよ、スザク。じゃあな」 小さく呟いて、剣を振って血を落とし、鞘へ収める。先へ行ってしまった主に駆け足で追いついて、横に並んだ。 ようやく、望んだ場所に辿り着けた。ようやく、夢に見ていた場所に立っている。 これから、この人と共に歩める。同じものを見ていくことができる。 願うのは、ただ傍に居ること。その身を守る盾となり、害成す者を退ける剣となり、戦うこと。 例え、誰が敵に回ろうが、裏切ろうが、自分だけは決して裏切ることなく、信じて、ついていく。 「おはよう、ルルーシュ」 差し込む太陽の光に、眩しそうに目を細めて起き上がる主の額に、一つキスを落とす。寝惚け眼でぼんやりしているのを良い事に、着ているシャツの裾を捲り上げた途端、握りこまれた拳が頭を打った。 「朝っぱらから盛るな、馬鹿」 頭を打った手を掴み、その手の甲へ、キスを落とす。 「おはよう、ジノ」 呆れたようにも見える笑顔が向けられる。その儚いような美しさに、心が打たれ、手を離せなかった。 この身命を賭して、貴方を守ります。 そう、心に誓った。 ![]() ジノが変態みたいになってしまってすいませんでした。 ここで完結です。 ルルーシュ至上主義な感じのジノでいってみました。いかがでしたでしょう? ジノは、抱き潰す感じに滅茶苦茶抱いてくれるといいと思いますよ、ルルを。 従順な犬に見えて、実はいつでも飛びかかれるように牙を研いでるのがジノですよ、きっと(笑) ルルーシュ至上主義なジノは、決してスザクを許さないでしょう。決して……… 2008/6/14初出 |