*Persona-U-*


 子供心に、皇族間での権力争いをひしひしと感じていた。後ろ盾になる貴族間での争いとなれば、考えるまでもなく、それ以上に激化していて。そんな大人の社会に、辟易していた。
 美味しい料理が並び、煌びやかな衣装を纏った老若男女の揃うパーティー会場などにおいて、それらはことに目に付いた。場所が煌びやかだけに、余計にそう思えたのだろう。
 息苦しい、と感じた。自分もいつか、こんな大人になるのだろうか、と。誰かを蹴落とし、貶め、権力と地位と名誉に溺れた人間になるのか、と。
 そんな大人になるのは、嫌だった。そんな人間には、なりたくなかった。
 広げた扇の内側に隠された、べったりと塗りたくった口紅の赤い色のくどい唇が動くたびに、憎悪の言葉を吐く。紳士の顔をしながら、時折口元を歪めて声にせずに嫌悪の言葉を形にする。そんな大人に、いつか自分も………
 そう考えるだけで、吐き気がした。気持ちが悪くなった。自分は、絶対にそうはならない。そうなってたまるものか、と思った。子供らしい顔をして、子供らしい無邪気な振る舞いをしながら、そんなことを考えていた。
 そして、子供らしい無邪気と無知を武器に、よくパーティー会場を抜け出した。あんな大人に混じるのは、ごめんだったから。
 行く先は、皇宮の中。皇帝陛下やその他皇族方の住まう宮の、入れる場所へと気づかれないように入り込む冒険が、彼にとっての楽しみだった。
 警備は確かに厳重だったが、子供一人、それもそれなりに位の高い貴族の子供ともなれば、警備の兵士達はそれなりに礼を尽くす。無垢な顔でにこにことしていれば、許される事もあった。許されなければ、見つからないように勝手に忍び込む。
 “貴族”などと言う肩書きは、いらなかった。堅苦しくて、重苦しくて、自由に一人で買い物にも行けず、友達も満足に作れない、そんな肩書きが嫌だった。
 身分も、地位も、権力も、名誉も関係ない場所で、“友達”が欲しかった。
 そこは、初めて入った場所だった。随分と遠い場所まで来たんだな、とは感じたが、その広さと美しい緑、咲き乱れる多くの花に、目を奪われた。
 あんなにどろどろと汚い場所とは違う、こんなに温かくて綺麗な場所が、皇族の住まう宮の中にあるのか、と。燦々と降り注ぐ日の光を目一杯浴びた花はのびのびとしているし、白いテラスは清潔そのもの。
「誰だ?」
「っ!?」
 振り返ると、手に花を持った子供が立っていた。自分より背も低くて、年も下に見える子供。けれど、その顔に驚いた。
 黒い髪に、アメジストのような紫色の濃い瞳、白い肌に、色をさしているわけでもないだろうに赤い唇。一瞬、少女かと思ったほどだった。けれど、短い髪と理知的な作りに、少年だと分かる。それに、身につけている衣服。それは、皇族が身につける衣服に酷似していた。
 凛とした空気、深く濃いその瞳に見詰められた瞬間、意識せずに膝を折り、頭を垂れていた。そうすることが、当たり前のことのように。
 この人の視界に、いつでも入っていたいと、そう思った。
 まさか、それが運命の出会いだったなどとは、終ぞ思わず。


 “黒の騎士団”と“ゼロ”の復活。総督の死亡の確認。新総督の着任並びに“行政特区日本”の再稼動。次から次へと起こるエリア11の異変に、楽天家であるナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグも辟易していた。
 元々、ナイトメアに乗って戦場を駆け回る方が好きなのだ。新総督の面倒を見るとか、デスクワークとかは得意ではない。というより、そんなことをしていたら体がなまってしまう。戦争が起こるなら戦場へ足を運びたかった。
 だが、悲しいかな。ナイトオブラウンズと言う仕事には、嫌でもデスクワークがついて回る。それなりの地位にいる人間にはそれなりの仕事が要求されるのは分かる。だが、だからといって…と言う気もしないではなかった。
「あー………俺、もう無理」
 一人呟き、立ち上がる。そのまま騎士服を脱いで、少し奇抜かとも思える私服に着替え、薄く扉を開いて、人気のないのを確認して、部屋を出る。
 部屋の中に篭っているのは嫌いだった。黴が生えそうな気がするからだ。
「ジノ、どこ行くの?」
「うおっとぉ、アーニャか…脅かすなよ」
 振り返れば、いつの間にそこに立っていたのか、ぼうっとした表情で、ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムが携帯を構えていた。
「スザクが呼んでる」
「何だって?」
「“黒の騎士団”」
「やった!!出撃!?」
「みたい」
 これでやっと体が動かせる、退屈なデスクワークからもしばらくは解放されると、意気揚々と部屋に戻り騎士服に着替えると、再び部屋を飛び出た。
 “黒の騎士団”には、強い紅い機体がある。是非ともあれと戦い、撃沈させたかった。


 空が、青い。ぽっかりと浮かぶ白い雲が、どこかソフトクリームに似ていて、腹が鳴った。
「くっそー。二度も同じ手に引っかかるなんて!!」
 腕を突き出して、空を仰ぐ。両腕を広げて、大の字になって寝そべっているのは、瓦礫の上だ。愛機トリスタンは飛行不能になり、地上へと堕ちた。その前の攻撃とその衝撃で、足に負った傷が開いた。応急処置はしたが、撃墜されたと言うショックで、動きたくなかった。
 ナイトオブラウンズ、それもスリーと言う冠を戴いている身としては、恥ずかしいことだった。と言うより、屈辱だった。たかがテロリスト集団の持つナイトメアと侮った。一度食らった攻撃は、二度は受けないと言う自負があった。その驕りが、自分を地上へと落とした。
 自分自身に腹が立つ。不甲斐ない。どうしようもない。心中で悪態をつきながら、それでも、耳が捉えた音には俊敏に反応し、体を起す。
 人の、近づいてくる足音。腰に下げていた銃を手に取り、安全装置を外す。
 倒壊したビルの柱の陰から、黒い姿が浮かび上がる。その姿に驚くと同時に、銃を構えた。
 “ゼロ”。それこそ、このエリア11を騒がせているテロリスト集団、“黒の騎士団”の首領であり、彼の敵だった。構えた銃のグリップを強く握り、引き金を引く。
 飛び出した銃弾は、“ゼロ”の心臓ではなく、仮面を狙っていた。殺す前に、その面を拝んでやろうと思ったのだ。一体、どんな顔がその下に、隠されているのだろうかと。
 仮面に亀裂が走り、半分に割れると、するりと落ち、瓦礫の上で転がった。それと共にゆっくりと差し出された、黒い手袋に覆われた右手。
 至高の紫電が、見下ろしていた。
「ジノ」
 その声の呼ぶ自分の名前に、背筋が震えた。
 ああ、この声に、呼ばれたかった、と。












2008/6/8初出