人は誰しも、仮面を被る。 それが、一枚とは、限らない。 指定された時間と場所に来たのは、一人の少女だった。紅い髪の、黒い服を着た少女。 「ジノ・ヴァインベルグ?」 不躾なその態度に、少しむっとするが、少女の全身から溢れているのは、憎悪と敵意。ブリタニア人など…と、顔に書いてあった。 「君は?」 「“ゼロ”の使いよ。ついてきて」 言われて立ち上がり、後へとついていく。不機嫌そうに寄せられた眉根と全身から立ち上る殺気は、ブリタニアの一般兵から感じられる以上のものだった。 まるで、歴戦の勇士、とでも言える気配と歩き方。一体、この少女は何者だろうかと、少し興味を抱く。 破壊しつくされた感のある、ゲットー。迫害から逃れ、息を潜めてイレブン達の暮らす場所。崩れた建物も多く、今にも崩れそうな建物も多い。 こんな、崩壊の危機に瀕しているような街に、彼の人がいるなど、信じたくはなかった。 案内されたのは、元雑居ビルか何かだったと思しき場所。建物の屋上部分は既になく、崩れている。一階の入口から入り、奥へと進み、階段を降りていくと、片付けられた部屋があった。室内に、人影はない。更に奥へ進むと、一つの入口があった。 「入って」 ドアを開けて、少女が道を譲る。従って中へ入ると、一台の車が止まっていた。“黒の騎士団”が所有する車なのだろう。ドアを閉め、車のドアを少女が開ける。 促されて車に乗り込めば、写真で見ただけだったが、幾つか見た顔があった。その顔が、一斉に嫌な顔をする。ジノがブリタニア人であることを、警戒しているのだろう。だが、ジノが何者であるか、までは知れていないはずだった。 「何で、ブリタニア人がここに?」 そう発した男は、確か扇、と言う男。その横には、奇跡の藤堂と呼ばれる男も座っている。寡黙な視線が、ジノを射抜くように睨みつけた。 「“ゼロ”の客人よ。上にいる?」 「ああ。さっき来たけど」 「上がれ」 二階建ての車の、上階へと続く小さな階段の上に、長い緑色の髪をした少女が立ち、ジノを見下ろしていた。 「上がって来い。ジノ・ヴァインベルグ」 言われて、階段の手すりに手をかけると、少女が下りてきてすれ違う。 「ちょっと、“ゼロ”と二人きりにするの!?」 「ああ。そう言われた」 「私は反対よ!何があるか…」 「害なんか加えないよ。俺は紳士だから」 「信用できるもんですか!!」 紅い髪の少女が、憤然と拳を握る。だが、上階の扉が開き、漆黒の姿が現れると、場が静まった。 「カレン、彼と二人で話をするだけだ。何もない」 「でもっ!!」 「大丈夫だ。彼は私に危害を加えない」 仮面の奥から届く声に、カレンと呼ばれた紅い髪の少女が拳を解く。それを見て、ジノは階段を上がった。 「こんにちは」 「ああ。よく、来たな。入れ」 にこりと笑い、促されて部屋の中へ入る。質素な作りのそこはまさしく司令室とでも呼びそうな、モニターやらパソコンやらが置かれた部屋だった。休めるようにか、ソファもある。 黒い手袋に包まれた手が扉に鍵をかけ、仮面を外した。誰も入ってくる心配がないと、分かっているからだろう。肩にかけていたマントも外し、衣装の上着をソファへかける。 真っ直ぐに、凛と立つその姿の前に、ジノは膝を折り、頭を垂れた。 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。お久しぶりです」 許されるならば、その足に、口づけたかった。 花に囲まれ、家族の愛情に包まれて、穏やかに笑っているのが似合う人だった。 そう。こんな表情を、ジノは知らない。 「久しぶりだな、ジノ・ヴァインベルグ」 「殿下も………まさか、ご存命とは」 「もう、俺は殿下じゃない。その呼び方は今後一切やめてくれ」 「え?でも…」 「ジノ」 強く名前を呼ばれて、押し黙る。鋭い眼光に、息を呑んだ。 血の、匂い。屍を踏み越え、数多の血潮を浴びた軍人にも似た血の匂いが、した気がした。 そんな匂いの似合う人ではなかったはずなのに。 「時間通りにここへ来たと言うことは、俺がこの間言った事に、“yes”と言うことか?」 割れた仮面の下から覗いた顔に、驚愕したあの日。差し伸べられた手に、ジノは躊躇うことなく飛びつかんばかりだった。けれど、その場の違和感に留まった。 “ゼロ”の仮面の下から現れた、皇族の顔。それも、既に死んだと公式発表されている人物の顔。それが意味するところは何か………神聖ブリタニア帝国に反旗を翻したテロリスト集団の首魁が、ブリタニア皇族だと言う事実。 そのことを全く考えないではなかった。けれど、それ以上に、再会と失った夢が再燃したことに、歓喜した。 「条件を、出させてもらってもいいですか?」 「条件?何だ?」 不思議そうに見下ろしてくる瞳に、ジノは挑戦的とも言える表情を浮かべて、口を開く。 「俺を、騎士にしてください」 「………誰の?」 「勿論、貴方のです!」 「お前はナイトオブラウンズだろう?ブリタニア皇帝の騎士だ」 「貴方の騎士になれるのなら、捨てて構わない」 「誰もが羨み憧れる地位を、簡単に捨てられるのか?」 「構いません」 強く、強く、挑むように言い切る。騎士になれるのならば、何を捨てても構わなかった。 だが、視線は逸らされ、冷たい言葉が落ちてきた。 「俺に、騎士はいらない」 震える拳が、何かを堪えているように見えた。 ![]() 2008/6/8初出 |