*Persona-W-*


 裏切りとは、約束や信頼を破り棄てる事。
 約束など、何もしていなかった。だが、寄せていた信頼は、誰よりも強く深いと思っていた。
 けれど、そう思っていたのは、自分だけだったのか………
 幼少の頃から変わった一人称、貼り付けられた穏やかな笑顔、自分よりも他人を優先する気持ち。
 その全てが、自らの罪を贖うための、嘘だったのだとしたら、一体、自分は何を信じていたのだろうか。
 上辺に騙されていたと思い、憤慨するのは、自分が狭量だからか、それとも、愚かだからか。
 今もまだ、お前は裏切り続けているのか。誰かを。そして………
 自分、自身を。


 ゲットーにも租界にも、変わりなく注がれる赤い、赤い夕陽の色。人並みに紛れるように、共の一人もつけずに歩いて辿り着いた先に見えてきたのは、豪奢とも言える門。
 アッシュフォード学園。以前、一度だけ訪れた事があるが、まさかここにもう一度足を運ぶ事になるとは、思わなかった。と同時に、歯噛みする。
 何故、あの時、気づかなかったのだろう。幾ら広く、多くの人間でごった返していたとはいえ、彼の存在に気づかないとは、あまりにも自分の頭は平和ボケしていたのだろうか。
 壁に背を預けるようにして数分待っていると、学生服を着た細い体が近づいてくる。
 柔らかそうな茶色い髪、幼い顔つき、鋭く睨みつけてくる紫色の瞳。
「貴方が、ナイトオブスリー?」
「ああ、そうだけど…」
「ついてきて」
 言葉少なに背中を見せた少年は、ジノよりも大分背が低い。一般の学生にも見えたが、歩き方や体の運び方が、ジノ達に似ていた。いや、それよりももっと、慎重かもしれない。何者なのかと問おうとしたジノよりも先に、少年が口を開く。
「僕は、ロロ・ランペルージと言います」
「ロロ、ね」
 聞かない名前だな、と思いながら周囲に視線をやる。既に授業は終了し、放課後の時間なのだろう。生徒の姿はほとんど見えなかった。
 だが、違和感があった。生徒の姿はないのに、まるで、見られているような気がするのだ。
 ゆっくりと不審に思われないように視線を動かして、木々の上や外灯、その他様々な場所に、そうとは知れずに隠してある監視カメラに気づく。
「気づきましたか?」
 前を行くロロが、くすりと笑う。
「これは、機密情報局の設置した監視カメラです」
「機密情報局?何で?」
「それは貴方が知る必要のないことです。ですが、そのカメラがあると言うことを承知しておいてください。不用意な言葉は発しないように。まあ、今僕らの姿は映っていませんけど」
「どういう意味だ?」
「別の画像を流していますから、兄さんが」
「兄さん?」
「ええ。僕の、兄さんが」
 まるで“僕の”と言う部分を強調したように感じたが、問うことはしない。そのまま校舎に隣接した建物へと入っていくロロについていくと、いい香りが漂ってきた。
「ただいま、兄さん」
 声をかけながら、ロロが入って行ったのは、居間のように見える場所だった。長いテーブルに椅子が数脚、食器の入った棚や飾り棚などもある。テーブルの上には控えめだが花が生けられ、夕食の支度が進められているようだった。
「お帰り、ロロ」
「ただいま、兄さん。手伝うことある?」
「ああ、なら白い大皿と水色の淵の皿を三枚ずつ」
「はぁい」
 兄さん、と言われて返事をした姿に、目を見開く。そして、ぼうっと突っ立っていたジノは、飾り棚に飾られた写真立てに気がついた。
 仲の良い兄弟が映っている写真、にしか見えなかった。だが、しかし、兄の方………この人には、“弟”なんかいない。いるのは“妹”だけのはずだった。それなのに、何故………
「座ってくれ、ジノ」
 声がかけられて、はっとする。白いシャツに黒いスラックス。エプロンをかけて料理の盛られた皿を持つ姿に、愕然とした。
「な、何を、して…?」
「何って、夕食作りだ」
「はぁ?」
 次から次へと起こる事態に、流石のジノもついていけない。
 今、自分の目の前に立っているこの人は、本当ならば神聖ブリタニア帝国の皇族で、皇子で、こんな料理をしたりだとかする必要も無く、誰からも傅かれる立場にあるはずで、それにそもそも“弟”なんかいないはずで………
「まずは食事だ。話はその後」
 ぐるぐると駆け巡るジノの思考を断ち切るように、鋭い声音で言われ、頷いて席につく。目の前に並べられているのは、手の込んだ食事の品々。それも、一品や二品ではない。
「安心しろ。毒なんか入れてない」
「いえ、そんなことは全然疑ってないんですけど………料理、されるんですか?」
「やらざるを得ない状況だったからな。ロロ、片付けは後でいいから」
 捲くっていた袖を下ろしながら、台所で動いていたらしいロロに声をかけ、呼ぶ。出てきたロロが席に着くのを見てから、エプロンを外して席へとつく。
「さて、と………ロロ、機情局は?」
「大丈夫。ヴィレッタが押さえてるから」
「一応、先生と呼んであげろ」
 苦笑しながら、ナイフとフォークを取る。
「俺、状況全然、わかんないんですけど?」
 ジノが声を出すと、ロロがまるで馬鹿か?とでも言いたげな視線を寄越し、目の前に座っているルルーシュが苦笑した。
「今はとにかく食べろ。それとも、俺の料理は食べられないか、ジノ?」
「そんなことないです。っていうか、持って帰りたいです」
 本気でそう言ったジノの言葉を冗談だと受け取ったのか、ルルーシュがくすりと笑って料理に手をつける。それを確認したロロとジノも、料理を口に運ぶ。
 口の中に広がる美味しさに、ジノは、俺って幸せ者だな、などと思っていた。












2008/6/10初出