*Persona-X-*


 判断は、お前に任せる。信じようと、信じまいと、それはお前の自由だ。その上で、まだ俺の騎士になりたいと言うのなら、またここに来るといい。歓迎する。
 そう言われて、暗い夜道へと送り出された。少し肌寒い夜気を剥き出しの腕に感じながら、青い瞳には、暗い色が宿っていた。
 それは、怨念にも似た情念。青黒い炎が、瞳の奥底で揺れる。
 ぎちり、と噛み締めた奥歯の音が脳内で響くが、それに呼応するように両の拳が強く握り締められる。
「あいつ………スザクっ!」
 許さない、と心の中で呟いて、人気の絶えた夜道を歩いた。


 政庁へと戻り、騎士服へと着替えて、エリア11の総督の住まう居住区へと向かう。
 黙っていてくれ、とは言われたが、せめて生きて無事で居る事くらい知っても構わないだろう。それを、心に納めて、黙っていればいいだけの話なのだから。
 エリア11の総督、皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの同腹のただ一人の妹。ただ一人の家族。幼い頃の仲睦まじい二人を知っているからこそ、ジノにはルルーシュの悲しみと苦しみがよく分かった。
 だが、辿り着いた皇女殿下の私室は蛻の殻で、近くの兵士に聞けば、まだ執務室だと言う。こんな深夜にも近い時刻でもまだ仕事をしているのかと、年齢などを考えればそろそろ寝かせて差し上げる時刻だろうに、と、側仕えのミス・ローマイヤに苦言でも呈すかと、そちらへ足を向ける。
 しかし、途中で車椅子に座ったナナリー皇女と遭遇する。側には、ナイトオブセブンである枢木スザクと、ミス・ローマイヤがいた。
「ナナリー皇女殿下」
「まあ。その声は、ジノさんですね?」
 明るい声が、ジノを呼ぶ。彼女は、何年振りかに再会したジノを忘れずに、覚えていてくれたのだ。ルルーシュと同じ様に。
「はい。こんな時間までお仕事ですか?駄目ですよ。夜更かしは美容の敵ですから」
「まあ。ふふ、そうですわね」
 ころころと笑うナナリーの瞳は、見えていない。足も、二度と歩く事は出来ない。それは、母君であるマリアンヌ皇妃が殺害された際に、その場に居合わせ、巻き込まれたからだ。
「そうですよ。仕事なんか皆スザクにおしつけちゃえばいいですよ」
「ちょっと、ジノ。それは酷くない?」
「いいじゃんか。お前、それなりに優秀なんだからさ」
「ははは。それなり?」
「ああ。それなり」
「美容の敵と言うのであれば、このような場所で立ち話などせずに、早くナナリー様を私室へ送って差し上げてくださいませ」
 ミス・ローマイヤが、ジノに言い、横に立ってナナリーの車椅子を押しているスザクを見る。
「じゃあ、ミス・ローマイヤ。俺らが送りますから、今日はもういいですよ。ラウンズが二人も居れば、間違いなんて起きませんから」
 にっこりと笑い、ジノはナナリーへ体を向ける。
「行きましょう、ナナリー皇女殿下」
「はい。ミス・ローマイヤ。お疲れ様でした。お休みなさい」
「………では、また明日」
 踵を返して去るミス・ローマイヤの背中へと、ジノは軽く舌を出す。それを見たスザクがぎょっとしたが、口には出さずに小さく溜息をつく。
「ジノ。ミス・ローマイヤが嫌いかい?」
「いいや。ただ、融通が利かない」
「ミス・ローマイヤは素晴らしいですよ。知識も判断力も。私なんかには、勿体無いです」
「そんなことないよ、ナナリー。ナナリーは頑張ってる」
「ありがとうございます、スザクさん」
 控えめに微笑むナナリーが、ふと顔を上げる。
「ジノさん」
「何ですか?」
「お兄様を、覚えていますか?」
 まさか、ナナリーの方から話題を振ってくれるとは思わず、正直動揺したが、ジノはそれを表に出さず、小さく頷いた。
「ええ。ルルーシュ殿下ですね。覚えていますよ」
 公式に死亡の発表された皇子の名など、本来口にすべきではない。だが、今ここにいるのは限られた人間だけだ。それも、それぞれがそれぞれの立場で、彼の人と親しくしていた者だけ。だからこそ、ナナリーも口にしたのだろう。
「生きていると、信じているんです。絶対………絶対、お兄様は生きている、って」
「ナナリー、ルルーシュは………」
「ナナリー様が生きていると信じるなら、俺も信じますよ」
 スザクの言葉を遮り、ジノは力強く言った。その言葉に、ほっとしたようにナナリーの肩から力が抜け、小さく頷いた。
「着いたよ、ナナリー」
「ありがとうございます、スザクさん。それじゃあ、お休みなさい、ジノさんも」
 身の回りの世話をする付き人にナナリーを託し、私室から充分に離れた所で、スザクがジノを振り返った。その目には、強い光が宿っている。
「何で、ナナリーにあんなことを?」
「そりゃこっちの台詞だって。お前、ナナリー様の心傷つけるようなこと言っちゃまずいだろ?」
 ナナリーは、信じているのだ。ルルーシュが生きている事を。それだけを頼りに、自分の力で自分の場所を確保しようとしている。いつか、再会した時に頑張ったね、と認めてもらうために。
「ルルーシュは死んだんだ。事実を隠して、期待を持たせる方が残酷だろ?」
「ふぅん。お前、ルルーシュ殿下の死んだ所、見たわけ?」
「は?」
「いや、そんな風に強く言い切るってことは、何か確信があるんだろ?だったら、それをナナリー様に教えてあげればいいじゃないか。それなら、俺だって納得するぜ?」
 分かっている。彼が死んだ証拠や確信などない。何故なら、生きているから。
「皇帝陛下の発表を、君は信じないのか?」
「でも、不思議に思わないのか?ナナリー様だけが無事で、ルルーシュ殿下だけ死亡、って。アッシュフォードの報告だって、ナナリー様が生きていた、って言う発表で信用性ゼロになったわけだし?」
 ゼロ、とジノが言った途端、スザクの目には言いようもない憎悪が映る。それはすぐに消えたが、ジノは見逃さなかった。
 ああ、やっぱりこいつは、許せない………と、ジノの中に、静かに暗い炎が燃えた。












2008/6/10初出