*Persona-Y-*


 花の咲き乱れる庭。緑の豊かな庭。
「ジノは、何で僕の騎士になりたいんだ?」
「なりたいからです!俺、絶対ナイトメア乗りこなして、剣の腕も磨きますから、そうしたら、きっと騎士にしてください!」
「………変な奴だな、お前。僕なんかの騎士になっても、得なんか何にもないぞ?」
「得とか、そんなの欲しくないです。俺は、殿下の騎士になりたいだけですから。それだけでいいんです」
 母君が平民の出身だとか、後ろ盾が弱いとか、そんなのは問題じゃない。自分の家が他の皇子の後ろ盾をしていようが、ジノには関係がなかった。
「なら、今誓えるか?僕を裏切らない、って」
 権謀術数渦巻く皇宮の中で、汚い裏切りを眼にしていたからこその言葉だったのだろう。ジノは、すぐさまその手を取って頭を垂れた。
「誓います。ルルーシュ殿下を、俺は絶対に裏切りません。誰が敵になろうと、裏切ろうと、俺だけは信じて側にいますから」
 子供の、幼い誓いだった。だが、だからこそ何より純粋で、真摯で、嘘偽りのない言葉だった。
 それは、今も変わることがない。
 この命も、体も、全て捧げる覚悟で、側に居たいと願っている。差し出せと言われるなら、幾らでも差し出せる。
 いつまででも、側において欲しかった。


 インターホンを押すと、しばらくして、扉が開いた。出てきたのは、ロロと言う名の弟。ラウンズの権限を総動員して調べた所、どうも在籍は機密情報局らしい。そんな奴が何故、彼の人の弟などをやっているのかと、胡乱気な視線をジノは落とすが、見上げてくるロロの目にも、嫌そうな色が浮かんでいる。
「来たんですか」
「来ちゃ悪いのか?殿下はいい、って言って下さったんだ」
 ロロの瞳に、険が宿る。
「………兄さんは、僕が守る。貴方なんかいらないんですけど」
「はぁ?お前みたいな子供に何が出来るよ?」
「僕には、僕にしかない力がある。だから、兄さんは僕を側に置いてくれるんだ」
 側に置く、と言う言葉にジノは憤りを感じたが、相手は子供だと、感情をコントロールする。
「側に、ねぇ。お前、裏切らないって誓えんの?」
 過去を調べたが、この子供は様々な暗殺に手を染めているらしい。どんな能力があるのか知らないが、敵の懐へと入り込んで暗殺を行う実績の数の多さと、ほぼ100%に近い達成率は、脅威と言えた。
 それは、イコール、いつでも裏切る事が出来る、と言う存在に他ならない。だからこそ、ジノはこの子供が信用できなかった。
「兄さんは、僕に未来をくれると言ったんだ!だから、僕は兄さんの側にいる」
 手に握っている携帯電話。そこにつけてあるハート型の、やけに可愛らしいストラップに手を伸ばし、何度もそれを手の中で握り締める。まるで、それが絆だ、とでも言うように。
「ロロ、誰だ?」
 奥から出てきた姿に、ジノは顔を上げて笑う。
「こんにちは、殿下」
「それはやめろといったはずだ、ジノ」
 ルルーシュの顔が顰められたのを見て、ジノは少し肩を落として様子を窺う。
「でも、じゃあどうやって呼べばいいんですか?ルルーシュ様?」
「呼び捨てでいい」
「えぇえ!?そんなの出来ませんよ」
「何でだ?今はお前の方が上位だろう。俺はただの一般市民だ」
「じゃ、じゃあ………ルルーシュ」
 躊躇いながら口にする。初めて会った時から跪く相手であったはずの人を呼び捨てにすると言う、畏れも含まれていた。
「何だ?」
「うわー!!これ恥ずかしい!」
「何でお前が恥ずかしがる?とにかく、玄関先で喚くな。中に入れ」
 呆れたように言うルルーシュを振り返るロロが、不安そうに顔を上げる。大丈夫だと言うように一つ頷き、ルルーシュはジノを招き入れた。


 魘されて飛び起きる。全身に掻いた汗が気持ち悪くて、深く、深く、息を吐く。明かりをつけたままの部屋の明るさに、一瞬目を閉じた。
 幾度となく繰り返される、惨事。引き起こそうとしても、決して引き起こせないだろう、愚行。夢の中で繰り返される血にまみれた光景の中で、幾つもの手が這い寄っては、救いを求め、嘆きながら、罵っていく。
 何故、救ってやれなかったのか。何故、あんな言葉を軽々しく口にしてしまったのか。何度悔やんでも、既に失われた命は戻ってこないと知っている。それでも、悔やまずにいられなかった。
 何より深い罪は、優しかった彼女の手を、自分にまで差し伸べられたその手を、血で染めてしまった事だ。彼女が救おうとした人々の命を、その差し伸べた手で殺めさせてしまったことだ。
 だが、だからといって、今更歩みを止めることも出来ない。既に自分の肩には、背負いきれないほどの業と願いが乗っている。これは、自分が負わなければいけない、贖いだろう。
 決して、楽になることなど許されないのだ。楽になることを望むことも、決して………
 いつの間にか眠ってしまっていたらしいソファから下りて、バスルームへと足を向ける。冷たい水を頭から浴びて、一時でも嫌な考えを押し流したかった。
「っ………ユ、フィ」
 決して、嫌いではなかった。それだけは確かで、嘘偽りのない心だ。何度謝ろうと、彼女は許してくれないだろう。それでも、好きだったと、悪かったと、心の中で呟く。
 空気の抜けるような音をさせて、扉が開く。振り返ると、まだ帰っていなかったのか、ジノが顔を覗かせた。
「殿………じゃない。ルルーシュ、あの、って………」
 驚いたように、青い瞳が見開かれる。まずい、と思って顔に手をやって背けるが、遅かった。
 気配が近づいてくる。だが、振り返れなかった。弱い所を見せるわけにはいかない。見せられない。誰にも。自分は、独りでいなければならないのだから。
「っ!」
 温もり。背中から抱きしめるように腕が回され、大きな手が瞼の上を覆う。
「見ません。見ませんから、泣きたいなら、泣いてください」
 泣いてはいけない。泣いてはいけないと思うのに、涙は勝手に零れ、頬を伝う。
 伝わってくるのは、鼓動。それは、命の脈動する音。
 そっと、回された腕に、手を添えた。












2008/6/12初出