笑っている顔を、可愛いと思った。泣いている顔を、綺麗だと思った。 腕の中に包み込むようにして抱きしめた時、心臓が高鳴った。 このまま、ずっと、抱きしめていたい、と。 泣いた眼が腫れないようにと、タオルを冷たい水で濡らして、瞼の上へと乗せる。そのまま、どうぞ、と膝を貸し出すと、小さな頭がことりと、膝の上に乗った。 「悪い」 ぽつりと小さく呟かれた声に、いいえ、と返す。 「ロロ、は?」 「寝てるんじゃないですか?部屋に戻ったのは見ましたけど」 「そう、か」 それきり、会話が途切れる。窓の外で、風に揺れる木々の音が少し、耳に障った。 左手がゆっくりと突き出されて、何かを掴むように握られ、開かれる。 「殺した人数を、覚えているか?」 「いいえ」 「俺は、覚えていたくなくて、数えるのを止めた」 軍人は、多くの人間を殺す。敵を多く殺せば殺すだけ、名誉と地位と勲章が与えられるから。それは、罪悪と隣り合わせのものではない。 だが、ルルーシュは悔いている。人を殺めた事を。罪悪を感じている。 それは、優しいからだ。ジノのように割り切ることも、大切に思うもののためならばどこまでも残酷に、振り返ることなく進むことができないからだ。 進んでも、振り返ってしまう。歩んできた屍の道を目にしてしまう。そして、囚われる。 血の、支配に。 「俺が、殺します」 「ジノ?」 「貴方を苦しめるものは、俺が全部排除します。俺、そう言うのは苦じゃありませんから」 ナイトメアに乗るのが好きだ。敵を殲滅する事に罪悪など感じない。そう言う類の人間なのだ。そう言った類の人間もいるのだ。きっと、どこか神経回路が繋がっていないのだろう。 悲しいと、苦しいと思わないのだ。 「俺が、負うべき責めだ。お前が、背負う必要はない」 「いいえ。俺がやります。騎士は、主人を守ってこそ騎士です。主人を害するものを全て屠ることが、誇りです」 だから、騎士にして欲しい。心の底からそう思い、空に突き出されている手を掴む。 「俺を、騎士にしてください。貴方の。命を懸けて、守ります。傍に居ます。居させてください」 掴んだ手を引き寄せて、その甲に唇を押し付ける。白く、滑らかな肌だった。 瞳を覆い隠しているタオルが外れないように、空いている方の手で押さえて、上半身を屈める。 そっと、白い頬に一つ口づける。そのまま、赤い唇に啄ばむように、唇を重ねた。 「好きです、殿下。お慕いしています」 もう、ずっと、ずっと、昔から。 初めて会った、あの日から。今は隠れている、あの、強く深い紫の瞳に魅入られた、その瞬間から。 変わらず…いや、気持ちは、膨れ上がるばかりだった。 「すみません、変な事して。でも、知って欲しかったんです。俺、どうしても騎士になりたいんです、貴方の」 形のいい唇が、くすりと、笑った。 「相変わらず、変な奴だな、お前は」 その声は、どこか、泣いているようにも聞こえた。 少し赤い目尻。だが、この位ならば、一晩眠れば消えるだろうと推測して、眠った体をベッドへと移動させた。 細い。華奢で、まるで壊してしまいそうになる。 寝顔を見ながら、そろそろタイムリミットかな…と、時計を見る。理由をつけて政庁を出てきたが、日付が変わる頃にまでいないとなると、まずいだろう。今はまだ、ナイトオブラウンズの肩書きがある。どうせなら、それを最大限利用しない手はない。もしもこのまま認められて、傍にいられるようになれば、ブリタニア軍の情報は不可欠だ。出来るなら、それも是非手土産にしたかった。 罪悪感など、まるでない。そうする事が当たり前だと考えている。この人のために出来る事なら、何だってしてあげたかった。 「待っていてください。きっと、ナナリー様と会わせてあげますから」 何よりこの人が望んでいるのは、それだろう。会って、話をしたいはずだ。たった一人の妹。誰より愛している存在。嫉妬も多少あったが、二人が一緒に居るところを見るのは、子供心に微笑ましいと思っていたし、叶うなら、今の二人が並んでいる所を見たかった。 それはきっと、絵画のように美しい光景だろうと、思うから。 強く手を握り、立ち上がる。離すのが惜しくて、しばらく握っていたが、そっとその手を布団の中へと入れて、部屋の入口に立つ。 「お休みなさい、ルルーシュ」 明かりを消し、部屋を出る。そのまま建物の中を突っ切り、出る所で、まるで待ち伏せていたかのようなロロと鉢合わせる。 「何だよ?」 「………政庁へ?」 「ああ。一度戻る」 「ぎりぎりまで粘ってくださいよ?情報、盗れるだけ盗ってください。それぐらい、出来るでしょう?」 「あの人がそれを望むなら幾らだって。それよりも先に、やることがある」 「何です?」 「ナナリー様を連れてくる」 「なっ!?それはだめだっ!」 「何で?ナナリー様はルルーシュの妹だ。ナナリー様だって会いたがってる」 「分かるもんか。あの女は、兄さんを拒絶したんだ。兄さんが“ゼロ”になったのは、全部あいつのためなのに。優しい世界を作ってあげるために兄さんは“ゼロ”になったのに、その“ゼロ”をあいつは否定したんだ。兄さんはそれでどうしたと思う?全部捨てて、向こう側に行こうとしたんだ!」 「向こう側?」 「リフレインって麻薬、あんただって知ってるでしょ?」 「まさか、それを?」 「兄さんをそこまで追い詰めた女に、兄さんに会いたいなんて言う資格、あるもんか!」 言い捨てて、建物の中へと戻ったロロを見送る。鍵のかけられる音がして、ジノはルルーシュが眠っているだろう部屋へと、視線を向けた。 どうか、せめて夢の中でだけでも、心穏やかでいられますように、と。 ![]() 2008/6/12初出 |