柔らかく、白い肌。窓から差し込む月明かりの中で、細く、華奢な造りの肢体が、しなやかに揺れる。 貪欲に、凹凸の少ない薄い体をむさぼる。 もっと、もっと、もっと、欲しい………滴り落ちる汗を見ながら、そんなことを思う。 「………ジ、ノ………」 赤い唇が動き、甘い声が、自分を呼んだ。 ばちり、と目を覚まして体を起す。と、同時に布団を剥いで、両手で頭を抱えた。 「もうそんな年じゃねぇだろ、俺………」 若さゆえの過ち的なこんな朝は、もう何年も迎えていない。 まさか………まさか、だ。そんな風に思ったことは一度もないかと問われれば全くないと言い切る事は出来なかったが、特別意識してそう思ったことはない。 だが、昨晩、咄嗟にキスをしてしまったことが悪かったのか。いや、そもそもあの瞬間、自分の中に疚しい気持ちなど、欠片もなかった。純粋に、慕わしい気持ちだけで、忠誠を誓う口付けと同じ意味合いだった。 なのに、何故……… 細くて、華奢で、抱き潰してしまいそうだとか、白い肌や赤い唇が甘そうだとか、夢の中でそんなことを考えていた自分に、青くなったり赤くなったりしていると、サイドテーブルの上に置いてある電話がけたたましく鳴る。 通話ボタンを押すと、声が流れてきた。 『お休み中の所、申し訳ございません』 「何?」 『その…シュタットフェルト家の御令嬢から、プライヴェート通信が入っているのですが………』 「シュタットフェルト?」 確か、このエリア11に腰を据えている貴族の名前だった。だが、ジノは面識がないし、会ったこともない。その御令嬢などとはそれ以上に関わりがない。 「とりあえず繋いでくれ」 だが、何か予感があった。これは、何かが始まろうとしている合図なのではないか、と。 しばらく待つと、通信が繋がったのか、声が変わった。 『ジノ・ヴァインベルグ?』 不躾にも、呼び捨てにしてくるその声に、聞き覚えがあった。確か、“ゼロ”の所へとジノを案内するためにやってきた、少女の声。確か、名前はカレン、と呼ばれていたはずだ。なのに、その少女がシュタットフェルト家を名乗って通信を入れてきた。 「シュタットフェルトって、何だよ?」 『………父親の名前。使わせてもらった』 「お前、ハーフなの?」 『不本意だけどね』 支配者であるはずのブリタニア人と、被支配者であるはずの者との子供は、決して多くはない。だが、少ない話でもなかった。悪戯に手をつけただとか、侵略する前に見知っていただとか、そう言うことだ。 『私のことはいいから。ルルーシュからの伝言よ』 彼女は、“ゼロ”の正体を知っている。だからこそ“ゼロ”ではなく、“ルルーシュ”と言う名前を使った。そのことをジノも知っているからこその、通信なのだろう。 『今日の夜、アッシュフォードに、って』 「分かった」 『私は、認めないから』 それだけ言うと、カレンからの通信は切れる。明らかに無礼な部類に入るだろうその通信内容にも、しかしジノは目くじらを立てることがない。 わざわざ自分を呼び出してくれた、と言うことがただ単純に、嬉しかったのだ。 辿り着いたルルーシュとロロの住まう建物。クラブハウスと言っていたそこに、明かりはついていなかった。一応インターホンを押してみるが、誰も出てこない。留守、ということはないだろうと、扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。 「お邪魔します」 小さく声をかけて中へ入り、まずは居間へと足を運ぶが、勿論誰もいない。そのままルルーシュの部屋へ向かうと、扉が開け放しになっており、小さな青白い光が漏れていた。 いるのか、と思って足を踏み入れると、開いた窓から風が吹きこみ、カーテンが揺れていた。青白い光の元は、つけっぱなしになっているパソコンの画面。そこから視線をずらせば、操作しながら眠気に誘われたのか、キーボードの上に手を乗せて、うつ伏せになっている姿があった。 いつからそうしているのか…部屋の明かりがついていないということは、暗くなる前には眠りに落ちてしまったと言うことだろうか。 そっと、気配を絶って足音を忍ばせて、近づく。 テロリスト集団“黒の騎士団”を率いる“ゼロ”と、普通の学生との二重生活は、大変なのだろう。知られないように行動しなければならない、いつでも気の抜けない生活。 ごろりと、寝返りが打たれるのを見て、ベッドの上に乗っていたパソコンを机の上へと移動させる。ぶつかって、痛みで目を覚ましたりしてほしくなかったから。 夜風は体によくないと、開け放しの窓を閉め、鍵をかける。かちゃり、と言う鍵をかける音がやけに大きく響いたように思えて振り返るが、特にその安眠を妨害したわけではなかったらしい。 ほっと胸を撫で下ろし、音を立てないように椅子を引き、座る。 ああ、まずい。今朝見た夢を、思い出してしまった。 白い、肌、と、赤い、唇、と、黒い、髪。一つ一つに視線を落として、襟から覗く、細い首筋に、どきりとする。 頭が警鐘を鳴らす。これ以上、見ていてはだめだ。眠っていたから帰ります、とでもメモを残して、早々に立ち去るべきだと、理性が言う。 「んっ………」 だが、いつの間にか片膝はベッドの上に乗っていて、手は勝手に黒い髪を梳いている。薄く開いた唇から漏れた、舌足らずな声に、脳内が痺れる。 ………ああ、この人が、欲しい。他に、何もいらない。 横を向いていた顔の輪郭を撫で、顎に手をかける。そのまま顔を近づけて、唇を重ねる。開いている唇の間から舌を割り込ませて、歯列をなぞる。 「んっ…?んんっ!?」 目が覚めたのか、細い指が、制止するようにジノの腕を掴む。 それでも、止まらなかった。 柔らかい舌を絡めて、吸い上げた。 ![]() 2008/6/12初出 |