*壱*


 抱きしめたい。
 ただ、それだけ。


 紫水晶のような瞳が、禍々しい深紅に染まる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる………」
 仮面を外した、白い面の頬に、涙が一筋流れた。


 沿道から、人々が押し寄せる。
 歓喜の渦に呑まれるようにして、処刑場へと引き立てられていく途上にあった人々は拘束を解かれ、後退していくブリタニア皇族専用車を横目にしながら、その場を去った。
 人々は、解放された彼らがどこへ行くのかなど知る由もなく、ただ、圧制と弾圧から解放されたそのことへの喜びを表すかのように声を上げ、見知らぬ人と抱き合い、涙を流していた。
 そして、解放された罪人達が逃れたのは、人の目の届かない、暗く小さな倉庫のような場所。明かりの乏しいそこで、彼らは数分の間に起きた事柄を反芻する。
 再び世界の前に現れた仮面の男、“ゼロ”。ブリタニア軍の攻撃を掻い潜り、辿り着いたその先で、悪逆皇帝こと、第九十九代神聖ブリタニア帝国皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアをその手にかけた。
 胸を剣で刺し貫かれ、真っ赤な血で染まった胸元を押さえて倒れこんだ青年皇帝の辿り着いた先には、実の妹がいた。彼女もまた罪人として引き立てられていたが、今は、死した兄と引き離され、他の解放された人々とともに、この小暗い場所にいる。
 兄の血に濡れた白い手を、見えるようになった瞳で凝視して。義姉であるコーネリアに抱き上げられていることすら、わかっていないのではないかと思うほど、その目からとめどなく涙が零れている。
 その様を見て、胸を打たれないものなどいない。だが、それ以上に、討たれた彼の非道さに、憤るのもまた事実ではあった。
 そこへ、規則的な足音が響く。徐々に近づいてくるその音に、警戒の姿勢を藤堂や千葉、コーネリアらがとる。
 暗がりから姿を現したのは、彼らの意表をつく人物だった。
「貴様は………」
 コーネリアが問いただそうと、口を開く前に、男の左目が青く輝く。瞬間瞬いた光が、その場にいる全員を包んだ。
 ほとんどの者が、一体何を…と訝しんだその場で、愕然としたように目を見開いた物、声をもらした者がいた。
「馬鹿、な………」
 最初に声を発したのは、コーネリアだった。
「嘘、でしょ………」
 そして次に声を発したのが、黒の騎士団パイロットだったカレン。そして、声を出さずに額に手をやるヴィレッタがいた。
「私のギアス能力は、ギアスキャンセラー。今、ここにいる全員に、私のギアスをかけた」
 “ギアス”と言う単語に、全員が驚くと同時に、反応のあった人々へと視線を投げる。
「コーネリア様、意思は曲げられていましたか?ヴィレッタ、お前の記憶を奪ったのはギアスだったか?紅月カレン、あの方はお前を騙していたか?」
 問われた三人が、言葉を失う。
「あの方が世界から失われた今、貴方方にルルーシュ様の心の欠片が残ることなど、許しがたい。返していただく」
 その時、がくりと、膝をついた者がいた。すぐ傍にいた、合衆国中華の代表、天子が手を伸ばす。
「星刻?星刻、どうしたの?」
 膝を、手をつき、長い髪が地面について汚れるのも気にしないかのように、嗚咽を堪える男がいた。
「そうか………貴公にも、かかっていたのか」
 驚きと哀れみが入り混じったような声に、長い黒髪の合間から鋭い眼光が覗く。それはまるで、獣のような瞳だった。
「会わせて、くれ」
「それは出来ない」
「会わせてくれ!せめて、一目だけでも、ルルーシュに!!」
 男の叫びに、誰も声を発せない。狂気にも似た、咆哮だった。
「既に、あの方は旅立たれたのだ。誰も、あの方の魂を連れ戻すことは、出来ない」
 背を向け、そのまま去っていく男を誰一人追いかけることもせず、その場で立ち尽くす。
 嘆きの声が、響き渡った。


 それは、幾多もの悲しみ、苦しみ、嘆きだった。
 感情と言う名の感情が、まるで奔流のように流れ込んでくる。
 ああ、これが………理解すると同時に、涙が零れた。
 これほどのものを背負い、長い、永い時を生きるのは、どれほどの苦痛だろうか。
 見知らぬ人の感情を、親しい人の心を背負い、命を抱え、生きていかなければならない、悲しき“呪い”………それこそが“コード所持者”の役割か、と。
 移り変わる時代を、一人変わらず彷徨い続ける苦痛………それを一瞬の内に体験して、涙が止まらない。
 それでも………それでも、この理不尽とも呼べる世界は、美しいのだ。
 抜けるような空、嘆くような曇天、讃えるかのような虹彩、包み込む緑と華やぐ花々、抱きしめてくれる海原と支えてくれる強い大地………そして、生まれては死に、死んでは生まれる尊き命が、美しく、愛しい。
 よかった………世界は、歩みを止めることなく、進み続ける。幾度間違えようと、刃を交えようと、それでも人は言葉をもち、心を持っているのだから。
 手を握り合い、見詰めあい、触れ合うことの出来る、その喜びが今、世界にはあるのだから。
「よかった」
 小さく呟いて、瞼を閉じる。
 これで、自分は静かに死んで逝ける。続く世界を目にすることが出来ないのは寂しいけれど………けれど、それ以上の満足を、自分は得たのだから………………


 瞳を灼く、太陽の光。
「眼が、覚めたか?」
 呼びかけられて動かした視線の先に、見慣れた若葉色の長い髪と、琥珀色の双眸。
 どこか悲しげなその双眸を、訝しむように、眉根を寄せた。








アンケートで一番多かった本編派生の星刻×ルル(♀)です。
タイトルすらまだ決まっていないと言う体たらく。
最後まで書き終えてから決めたいと思います。こういうのは初めてですね。
ハッピーエンド目指そうと思います。




2009/4/9初出