美しい紫色の双眸が、丸くなる。 数瞬の沈黙の後、返って来たのは、胡乱気な言葉。 「はぁ?」 「私は、君が好きだと、そう言ったのだが?」 「………忙しさのあまり、とうとう頭がおかしくなったか?」 「まさか」 「ならば、新種の嫌がらせか?」 「何故、そうなる?」 “黒の騎士団”の新組織表を作るべく、キーボードを叩いていた指が、完全に止まっていた。その指が、ようやく動き出す。だが、動きは先程より確実に、遅い。 「理由がないからだ」 「理由?」 「ああ。人が人へ好意を寄せる場合、必ずその根底には何がしかの理由が存在する。優しくしてもらった、助けてもらった等々、様々だろうが、俺には、お前に、何か好意を寄せてもらう覚えが全く、ない」 断言された言葉に、星刻は深々と溜息をついた。 今まで見てきた彼女の言動からして、どうも人の心の機微には疎そうだと思っていたが、まさかここまで正面から否定されるとは、思ってもいなかった。 だが、否定されたからといって、簡単に引き下がるわけにはいかない。 「理由があれば、納得できるのか?」 「俺が、納得できる理由ならば、な」 ようやく話を聞く気になったのか、それとも組織表の作成が切りのいい所まで来たのか、ようやく体が星刻の方へと向く。 「泣いた、だろう?」 「ん?」 「その時の顔が、綺麗だった」 「………変態か、お前?泣き顔が好きなのか?」 片眉が跳ね上がるようにして、不快感が示される。 「何故、そうなるんだ」 「だって、そうだろう?泣き顔が好きな人間なんて、聞いたことがないぞ」 呆れたように、今度は星刻が溜息をつかれる。ああ、何か、話がかみ合っていないぞ、と、ようやく気づいた。 「名前を、明かしてくれただろう、ルルーシュ」 「それが、どうした?」 「私には、それが嬉しかった。君が、欠片でも、心を開いてくれたような気がした。君を、守りたいと、そう思ったんだが」 「お前が守るのは、天子だろう?」 「天子様は主君だ。忠義を誓うべき、主。だが、君はそうじゃない。違うか?」 「そうだな。別に、俺はお前の主君じゃないな」 「君は主君ではないが、守りたいと、そう思う」 「別に、守って欲しいと思ったことはないが?」 ああ、これも通じないのか…と思うと、星刻は少し、悲しくなった。何故、ここまで鈍いんだ、と。 考え込むように、机に肘をついて顔を支えている腕を掴み、椅子から立ち上がらせる。強く引けば浮いてしまう、その体の軽さと、腕の中にすっぽりと納まる細さに、壊しそうな気がした。 「ルルーシュ」 「何………っ!?」 唇を重ねて、逃がさないように、細い体を抱きしめる。腕の中で、華奢な体が硬直したのが、わかった。 「君が好きだ、ルルーシュ。一人の、女性として」 これ以上は限界とばかりに見開かれた双眸が、幾度か瞬きをしたかと思うと、視線が泳ぐ。 「へ?え?あ?」 「ルルーシュ?」 「そう言う意味か!?」 どういう意味だと思っていたんだ?と言う突っ込みは、虚しくて出来なかった。 ソファの上で、膝を抱えたルルーシュを、星刻は向かいから見ていた。先ほどから、片腕で膝を抱え、片腕で頭を抱えて、何やらぶつぶつと呟いている。 仕方なしに、ルルーシュが途中まで製作していた組織表を完成させようと、今は星刻が全団員に配られるであろうデータを作成していた。 完全に、思考の罠に嵌まっているらしい。同じ様な言葉を幾つか呟いているが、答えには辿り着かないらしい。 どうも、彼女は突発的な事柄には弱いらしい。物事を順序だてて計算し、結論へ導くのは、巧そうだが。 「ルルーシュ」 「へ?」 素っ頓狂な声をあげて顔を上げたルルーシュに、星刻は心の中で、可愛いな、と笑った。顔に出したりなどすれば、機嫌は急降下するだろう。 「これでいいか?」 少し、現実へ戻してやろうと、パソコンの画面を見せれば、指先がキーボードを叩く。幾つかを修正した後に、画面が星刻の方へと戻される。 「これでいい」 結局、星刻の“黒の騎士団”総司令、と言う位置は確固たるものらしく、変わりはしない。新参者の自分では、騎士団創設当初からのメンバーが黙っていないのではないかと思ったが、その点については問題ないと、言われた。星刻の持つKMF操縦技術とクーデターを起すと言う行動力は、支持されているらしい。 「ところで、返事は貰えないのか?」 「返事?」 「ああ。私は君が好きだと言ったろう?君は、私のことを、どう思っている?」 「………ど、う?………どう、なんだろうな?」 「嫌いなのか?」 「嫌い、ではないと思うが、何とも言えない」 根気強く続きの言葉を待っていると、ルルーシュが抱えていた足を、床に下ろす。 「俺は、誰かを好きになった事が、あまりないんだ」 「え?」 「だから、お前を好きかどうかが、わからない。でも、俺を裏切らないといったお前を、信じては、いる」 戸惑っているような視線に、星刻は肩から力を抜いた。 「今は、それでいい。私を、信じてくれれば。それだけで、充分だ」 彼女からの信頼は得ているのだと思えば、焦ることは何もなかった。少しずつ、ゆっくりと、歩み寄ればいいのだと。 ![]() 突然また過去編が入ってしまいました。すみません。 ルルーシュはにぶちんです。 ストレートに正面から言わないとわかりません。 2009/6/17初出 |