*十*


 美しい紫色の双眸が、丸くなる。
 数瞬の沈黙の後、返って来たのは、胡乱気な言葉。
「はぁ?」
「私は、君が好きだと、そう言ったのだが?」
「………忙しさのあまり、とうとう頭がおかしくなったか?」
「まさか」
「ならば、新種の嫌がらせか?」
「何故、そうなる?」
 “黒の騎士団”の新組織表を作るべく、キーボードを叩いていた指が、完全に止まっていた。その指が、ようやく動き出す。だが、動きは先程より確実に、遅い。
「理由がないからだ」
「理由?」
「ああ。人が人へ好意を寄せる場合、必ずその根底には何がしかの理由が存在する。優しくしてもらった、助けてもらった等々、様々だろうが、俺には、お前に、何か好意を寄せてもらう覚えが全く、ない」
 断言された言葉に、星刻は深々と溜息をついた。
 今まで見てきた彼女の言動からして、どうも人の心の機微には疎そうだと思っていたが、まさかここまで正面から否定されるとは、思ってもいなかった。
 だが、否定されたからといって、簡単に引き下がるわけにはいかない。
「理由があれば、納得できるのか?」
「俺が、納得できる理由ならば、な」
 ようやく話を聞く気になったのか、それとも組織表の作成が切りのいい所まで来たのか、ようやく体が星刻の方へと向く。
「泣いた、だろう?」
「ん?」
「その時の顔が、綺麗だった」
「………変態か、お前?泣き顔が好きなのか?」
 片眉が跳ね上がるようにして、不快感が示される。
「何故、そうなるんだ」
「だって、そうだろう?泣き顔が好きな人間なんて、聞いたことがないぞ」
 呆れたように、今度は星刻が溜息をつかれる。ああ、何か、話がかみ合っていないぞ、と、ようやく気づいた。
「名前を、明かしてくれただろう、ルルーシュ」
「それが、どうした?」
「私には、それが嬉しかった。君が、欠片でも、心を開いてくれたような気がした。君を、守りたいと、そう思ったんだが」
「お前が守るのは、天子だろう?」
「天子様は主君だ。忠義を誓うべき、主。だが、君はそうじゃない。違うか?」
「そうだな。別に、俺はお前の主君じゃないな」
「君は主君ではないが、守りたいと、そう思う」
「別に、守って欲しいと思ったことはないが?」
 ああ、これも通じないのか…と思うと、星刻は少し、悲しくなった。何故、ここまで鈍いんだ、と。
 考え込むように、机に肘をついて顔を支えている腕を掴み、椅子から立ち上がらせる。強く引けば浮いてしまう、その体の軽さと、腕の中にすっぽりと納まる細さに、壊しそうな気がした。
「ルルーシュ」
「何………っ!?」
 唇を重ねて、逃がさないように、細い体を抱きしめる。腕の中で、華奢な体が硬直したのが、わかった。
「君が好きだ、ルルーシュ。一人の、女性として」
 これ以上は限界とばかりに見開かれた双眸が、幾度か瞬きをしたかと思うと、視線が泳ぐ。
「へ?え?あ?」
「ルルーシュ?」
「そう言う意味か!?」
 どういう意味だと思っていたんだ?と言う突っ込みは、虚しくて出来なかった。


 ソファの上で、膝を抱えたルルーシュを、星刻は向かいから見ていた。先ほどから、片腕で膝を抱え、片腕で頭を抱えて、何やらぶつぶつと呟いている。
 仕方なしに、ルルーシュが途中まで製作していた組織表を完成させようと、今は星刻が全団員に配られるであろうデータを作成していた。
 完全に、思考の罠に嵌まっているらしい。同じ様な言葉を幾つか呟いているが、答えには辿り着かないらしい。
 どうも、彼女は突発的な事柄には弱いらしい。物事を順序だてて計算し、結論へ導くのは、巧そうだが。
「ルルーシュ」
「へ?」
 素っ頓狂な声をあげて顔を上げたルルーシュに、星刻は心の中で、可愛いな、と笑った。顔に出したりなどすれば、機嫌は急降下するだろう。
「これでいいか?」
 少し、現実へ戻してやろうと、パソコンの画面を見せれば、指先がキーボードを叩く。幾つかを修正した後に、画面が星刻の方へと戻される。
「これでいい」
 結局、星刻の“黒の騎士団”総司令、と言う位置は確固たるものらしく、変わりはしない。新参者の自分では、騎士団創設当初からのメンバーが黙っていないのではないかと思ったが、その点については問題ないと、言われた。星刻の持つKMF操縦技術とクーデターを起すと言う行動力は、支持されているらしい。
「ところで、返事は貰えないのか?」
「返事?」
「ああ。私は君が好きだと言ったろう?君は、私のことを、どう思っている?」
「………ど、う?………どう、なんだろうな?」
「嫌いなのか?」
「嫌い、ではないと思うが、何とも言えない」
 根気強く続きの言葉を待っていると、ルルーシュが抱えていた足を、床に下ろす。
「俺は、誰かを好きになった事が、あまりないんだ」
「え?」
「だから、お前を好きかどうかが、わからない。でも、俺を裏切らないといったお前を、信じては、いる」
 戸惑っているような視線に、星刻は肩から力を抜いた。
「今は、それでいい。私を、信じてくれれば。それだけで、充分だ」
 彼女からの信頼は得ているのだと思えば、焦ることは何もなかった。少しずつ、ゆっくりと、歩み寄ればいいのだと。








突然また過去編が入ってしまいました。すみません。
ルルーシュはにぶちんです。
ストレートに正面から言わないとわかりません。




2009/6/17初出