春の祭、中日。市街地の人出は前日より弥増し、賑わいは最高潮に達していた。 そんな中、長い黒髪を一つに結び、淡い橙色のワンピースに身を包んだ少女と、長い白髪にも似た銀髪を二つの団子頭にし、物珍しそうに周囲へと視線を投げかける中華服の少女が、雑踏へと足を踏み入れた。 「凄い……神楽耶、こんなに人が沢山…」 「全て、貴女が支え、貴女に支えられる民ですよ、天子様………っと、今日はだめですのね。ね、麗華」 「う、うん」 「あのぉ、お二人とも、止まっていると押し流されますから、歩きませんか?」 後からそっと声をかけたのは、赤髪の少女。一番年が近いと言うことで、傍で二人を守ると言う大役を任された。 「そうですわね!さ、何が見たいですか?」 にこにこと微笑む二人と、戸惑うように眦を下げている少女とを、少し離れた場所から、三対の眼が見ていた。 遡ること、一時間ほど前。星刻は、外出の準備を終えたと言う天子の居る間へと足を運んだ。春の祭りを見たいと言う天子たっての希望は、お忍びで、更には知られぬように最小限の護衛で、と言う条件で叶うことになった。 だが、足を踏み入れたその間で、星刻の眉間には皺が刻まれることになった。 いたのは、天子とお付の下女だけではなく、合衆国日本の代表である皇神楽耶と、その護衛と思しき藤堂鏡志朗、千葉凪沙、そして紅月カレンだった。 「星刻!神楽耶達も一緒にお祭りに行きたい、って。もうすぐ、日本へ帰るから、って」 「天子様、しかし、それは………」 「駄目でしょうか、黎殿」 「………いいえ」 神楽耶に微笑まれて、星刻は言葉を呑みこむ。言いたい事など山ほどあったし、相手にも山ほどあったのだろうが、主たる天子の居る場で罵りあうことなど、出来はしなかった。 同道するなど御免だったが、年の近い友人同士で遊びに来ている、と言う見た目のカモフラージュがあった方が、正体が知られる可能性が低いだろうと、結果、傍で周囲を警戒する役目は、藤堂、千葉、そして星刻がうけおった。他数名は、周囲に不審人物や不審車両等がないかを確認するために、散っている。 そして今、星刻は藤堂や千葉らと数メートルと距離をおかず、天子、神楽耶、カレンの動向を見守っていた。 今の所、酔っ払いが居る程度で、三人は充分に祭りを楽しんでいるようだった。特に天子にいたっては、初めて出た朱禁城の外が戦地であったためか、祭りの雰囲気と人の多さに、幾分はしゃいでいるようだった。 カレンが代金を払い、渡された大きな白い饅頭に、嬉しそうにかぶりついている姿は、年相応の少女のようで微笑ましかった。 目の前の光景を、微笑ましいと思うのと同時に、脳裏には昨夜見た、紛れもない本物の彼女の姿が過ぎる。 生きていた。呼吸をし、鼓動を打ち、生きていたのだ。刃で胸を刺し貫かれて、死んだものと思っていた、彼女が。 だが、気づいた時には既に、部屋から消えていた。また倒れたのかと、病の身を忌々しく思い、壁に拳を叩きつけた。 『あ!』 耳にしたイヤホンから、千葉のものと思われる声が聞こえる。その声に、沈んでいた意識を現実へと戻せば、天子が黒づくめの女とぶつかり、地面へと転んでいた。 嫌だと言ったのに、アーニャは聞かなかった。観光が途中だった、食べるはずだった饅頭を食べていない、と。引きずられるようにやってきた昨日の街中で、早速ルルーシュは昨日食べることの出来なかった饅頭を購入し、歩きながらそれを食べていた。 「ねえ」 「何だ?」 「いいの?昨日の人」 「別に」 「でも、あの人に会いに来たんじゃないの?」 「C.C.に聞いたのか?」 「ううん。女の勘」 「女の勘、か。怖いな」 苦笑しつつ肩を竦め、指先についた白い皮を舐めとるアーニャを見下ろす。 「ねえ、次はしょっぱいのが食べたい」 「………色気より食い気だな、アーニャは」 ならば、まだ半分ほど残っている饅頭を早く食べてしまわなければと、視線を饅頭に移して、体に衝撃を受けた。 人とぶつかった、と思って視線を投げれば、少女が地面へと転がっている。まずいと、手から落ちた饅頭を気にせず、手を差し伸べた瞬間、その見覚えのある顔に、動きを止めた。 「大丈夫?」 横から、アーニャが手を出す。その手を掴んで立ち上がった少女が、自分の手を引いてくれたアーニャの顔を見て、表情を強張らせた。 「貴女は!」 横から鋭く高い声がして、ゆるりと視線を動かせば、視界に見知った二つの顔。 「怪我、してない?」 「え、あ、はい」 「そう。よかった。行こう」 「え?あ、ああ。そうだな」 アーニャに促されて、屈めていた体を起す。しかし、すぐに腕を掴まれた。 「お待ちなさい。貴女から謝罪はないのですか?ぶつかったのは貴女でしょう?」 親友とよく似た、新緑色の双眸が責める。 「すまなかった。よく、前を見ていなくて」 「い、いいえ。私も、前を見ていなくて、ごめんなさい」 軽く頭を下げた少女に、軽く頭を下げ返す。すると、ようやく掴んでいた腕が離れていった。 正体が知られない内に、早く離れなくては、と少女達に背中を向けようとして、ぞくりと、背筋が震えた。次いで、胸元に灼熱のような、熱の塊を感じる。 「っ…!」 痛む、と感じたその瞬間、地面が大きく揺れた。 ![]() アーニャがいると、本当に和む。 天子様も和みます。 何か、全然この回は星ルルじゃないですね(苦笑) 2009/7/26初出 |