*十五*


 星刻に突きつけられた切っ先に、天子が小さく悲鳴を上げる。そのすぐ側で、藤堂が立ち上がった。だが、それを神楽耶が止める。
「黎星刻。一つ、確認したい」
「何だ?」
「彼女を、愛しているか?」
「それは、確認されなければいけないことなのか?」
 星刻が、馬鹿なことを、とでも言うように“ゼロ”を睨みつける。途端、“ゼロ”は剣を翻したかと思うと、その切っ先を女性の胸元へと向け、貫いた。
 天子と神楽耶が顔を背け、突然のことに他の者も皆唖然としている中で、“ゼロ”だけは悠々と剣を引き抜くと、血で汚れた着衣の胸元を開ける。
「彼女は、決して死ぬことがない」
「何?」
 言われて視線を向けると、白い胸元から溢れ出した血液が、少しずつ勢いを衰えさせ、広がっていた傷口が、少しずつ、少しずつ、閉じていく。それは、人間の自然治癒力の速度を、超えていた。
 “ゼロ”が懐から取り出した布で、血を拭えば、そこに刺し貫かれたはずの傷口は、ない。あるのは、不思議な文様だけだ。
「不死である彼女と、添い遂げることなど叶うはずもない。それでも、愛している、と?」
「ああ」
 強く頷いた星刻に、“ゼロ”は血塗れた剣を返す。すると、神楽耶が立ち上がった。
「“ゼロ”様。その方は、一体誰なのです?貴方は、一体何者なのです?」
 “ゼロ”は、静かにそれぞれの表情を見やるように首を動かして、近くにあった椅子へと腰を下ろし、足を組んだ。
「彼女の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、ルルーシュ・ランペルージ、“ゼロ”………そして、今はL.L.と言う名の一人の女性だ。そして私は、彼女から“ゼロ”を引き継いだ者だ」
「何故………」
 小さく呟かれた千葉の言葉に、“ゼロ”ではなく、星刻が反応する。
「何故、だと?知る権利が、あると思うのか?“ゼロ”を信頼せず糾弾し続け、心を知ろうともしなかった、君達に」
 星刻の言葉に、“ゼロ”が軽く手を上げて制す。
「知りたければ、話そう。ただし、それを知っても君達は今まで通りに振舞わなければならない。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを悪逆皇帝と呼び、心を寄せることは一片たりとあってはならない。言うなれば、それが罰だ。“ゼロ”であった彼女を、殺そうとした事への」
 胸を刺し貫かれ、回復し、それでも未だ眠り続けるL.L.の細く白い手を、星刻は握り締めた。


 優しい、手だった。剣を握り、誰も乗ることの出来ないといわれたKMFを操る武人とは思えない、温かい手。
 “ゼロ”の私室へと足を踏み入れる人間は、いないに等しい。いるとすれば、今は捕虜となっているカレンや記憶を失っているC.C.だけで、幹部達ですら中へは足を踏み入れない。そんな場所へと熱心に足を運ぶ星刻を、他の幹部はこころよく思っていないだろうに、暇を見つけては、星刻は“ゼロ”へと会いに来る。正確には、ルルーシュに。
「何だ?」
 突然、手袋を外した手を掴まれて、星刻を見る。
「いや…小さいな、と思っただけだ」
「は?」
「手は小さいし、よくよく見れば骨格も女性らしいのに、どうしてこれまで誰も気づかなかった?」
「ふん。俺の演技は完璧だぞ」
 マントをクローゼットに仕舞い、上着を脱ぐ。
「で、今日は何の用だ?」
「いや、明日の式典の確認だ」
「それはもう先ほどしただろう?」
「と言うのは口実で、君に会いに来たと言ったら?」
 数瞬の間を置いて、ルルーシュの頬が赤くなる。硬直したままのルルーシュの手から、脱いだばかりの上着をとり、クローゼットの中へと仕舞った星刻にようやく気づいたように、背中を向けようとするが、手を掴まれていてそれはかなわない。
「君には、正確に言わなければ伝わらないようだからな」
「正確?俺はいつだって正確に相手の言うことを理解していると思うが?」
「いや、先日のやりとりで君に遠まわしな言い方は通じないのだと気づいた」
 手を掴まれたまま、ルルーシュはソファへと座らせられる。
「何なんだ?」
「明日が大舞台だろう?休めるだけ休んでおいた方がいい」
「それは、お前もだろう。黎新総司令殿」
「ならば、私もここで休ませて貰おう」
「はぁ?」
 胡乱気に片眉を吊り上げるルルーシュを気にせずに、星刻は横へと腰を下ろしてしまう。警戒を解いていると言う意思表示なのか、帯刀していた剣を腰から外して。
「天子の側にいなくていいのか?」
「天子様には、部下がついている。恐らく、今は明日の予行演習中だ」
「そうか。天子と神楽耶には頑張って貰わないと、な」
 言いながら、いつまでこの男は、手を握っているつもりなのかと、手を解こうとするが、大きな手はびくともしない。
「おい、手を離せ」
「少し、こうさせてくれないか?心が休まる」
「………変なやつだな、お前」
「そうか?」
 そう言うと、星刻は瞼を下ろしてしまう。
 無理を強いていると、わかっている。だが、彼以外に総司令の適任者が、いない。病を抱えている事も、重々承知している。
 ならば、せめて………と、絆されている自分を自覚しながら、ルルーシュは瞼を下ろした。
 人の体温は落ち着くものなのだと、温かいものなのだと、繋いだ手から伝わる温もりに、安心していた。
 きっと、星刻は裏切らない。側にいてくれるのだろうと、漠然と信じ、思っていた。
 数時間後、眼を覚ました星刻が、安心しきったように、肩へと凭れて眠るルルーシュに気づいて、抱えて寝室へと運ぶまで、ルルーシュは眼を覚ますことはなかった。








また少し過去編を。次回も過去編です。
ラブラブしてるシーンが少ないな、と思って。
二人にとって、穏やかな時間だったと思います。




2009/7/29初出