“ゼロ”の淡々とした言葉に、蒼ざめていく神楽耶の顔。その横では、まだ全てを理解しきれていない天子が、それでも痛ましい表情を浮かべている。カレンは唇を噛み、藤堂や千葉は拳を握り締めている。アーニャだけは一人、表情を浮かべていない。 その時、大きくトラックが揺れ、しばらくして停車すると、運転席から咲世子が顔を出した。 「船に乗りました」 「ありがとう。すまなかったな、貴方を借り出して」 「いいえ。その方を、よろしくお願いします」 咲世子は深々と頭を下げて、車を降りていく。沈黙が支配する中で、アーニャが動いた。 「私も降りる」 “ゼロ”が立ち上がり、アーニャの前に立つ。 「ジェレミアが、待ってるもの」 “ゼロ”から視線を外して、昏々と眠り続ける顔を眺める。 「いつでも待ってるから、って伝えて」 「わかった」 “ゼロ”が頷いたことに満足したのか、アーニャも振り返ることなく、降りていく。 “ゼロ”が懐から携帯電話を取り出し、残った面々を見やる。 「そろそろ出港だが、君達も来るか?」 「どこへ行く気だ?」 細い手を握ったままの星刻に、“ゼロ”が応える。 「神根島。C.C.が待っている」 出港する船を見送り、神楽耶は深く、息を吐き出した。 「私達は、結局“ゼロ”様を、理解していなかったのですね」 理解した気になり、心を通わせた気になり、全てを押し付けていた。“ギアス”と呼ばれる超常の能力を、悪だと断じ、被害者は自分達だけだと、そう思っていた。 彼女自身も、苦しんでいたと言うのに。そして、今もまだ、それに縛られている。 「でも、私達は進まなくちゃ。今の世界を、平和にするために」 カレンの言葉に、神楽耶は泣きそうな表情で、横にいる天子の手を握る。 「そうですわね。それが、私達が理解しなかった、罪なのでしょうね」 “ギアス”を否定したにも関わらず、フレイアとダモクレスと言う兵器に頼ってしまった、その罰。 「帰りましょう、天子様。私達は、私達のすべきことを、しなければ」 「うん。妾が、中華を支えねば」 天子も神楽耶の手を握り返して、頷く。そこへと、先に下りたはずの咲世子とアーニャが近づいた。 「皆様、お帰りになるのでしたらご一緒にいかがですか?」 「どうせ、通り道」 アーニャが、黒塗りのワゴンを示す。 「俺が運転しよう」 藤堂の言葉を引き継いで、千葉が口を開く。 「じゃあ、神楽耶様、天子様は後部座席へ。カレンはどうする?」 「じゃあ、私も後部座席に」 「では、アーニャ様と私は、一番後ろへ座らせていただきます」 船は、少しずつ、遠ざかっていった。 仮面を外した下から現れたのは、予想と寸分違わない男の顔だった。口元を覆っていた黒布を外すと、マントを外して仮面とともに椅子の上へと置く。 「いいのか?仮面を外して?」 「貴方は、口外しそうにない」 肩を軽く竦めた男が、改造されたトラックの荷台部分に設置されているクローゼットらしき棚を開く。そこから、女性物の服を取り出して、ソファにおく。 「そろそろ、眼を覚ますはずだから」 用意されていたのは、今着用している黒い衣装とは正反対の、白い衣服。 「貴方とは、一度話をしてみたかった」 「元ナイトオブラウンズが、私と?」 「ルルーシュが心を許した人間で、と言う意味で、です」 「私も、何故君が生きているのかが不思議だ、枢木スザク」 「その人間は死にました。今の僕は“ゼロ”です。それ以外の名前で呼ばれる気はありません」 「ならば、“ゼロ”。何故、私を連れて行く」 「きっと、貴方はそれを望むだろうと思ったからです。彼女が拒否しようと、貴方は望むのではないか、と」 “ゼロ”がゆっくりと近づいて、L.L.の額にかかる黒い前髪を梳く。 「彼女が、心を許す人間は少ない。絶対に、他人に隙を見せないんです。貴方が今、手を握れているのが、何よりの証拠だと思います」 「ん?」 「触られることを嫌うんです」 “ゼロ”の手がそっと、頬に触れた瞬間、瞼がゆるりと開く。現れた紫色の双眸が、周囲を見回したかと思うと、鋭く細められた。 「触るな、スザク」 「ごめん」 しばらく彷徨っていた視線が、一点で止まる。途端、起き上がり拳を振り上げた。 「何故、仮面を外している!!」 「わ、ちょ、ルルーシュ!」 だが、その体はベッドから降りることができず、前へも進めなかった。 「っ………星刻!?」 自分の手を握っている星刻と、仮面とマントを外した“ゼロ”を交互に見やり、真っ赤になって腕を振り払う。 握られていた左手を、そっと、右手で包んで口を開く。 「どういうことだ!説明しろ!!」 「説明するから、拳を仕舞ってよ!」 再び握られている右の拳に、“ゼロ”が情けない声をあげる。 「しかも、何だ、この血!?服が汚れてるじゃないか!」 「あ、ごめん。僕が刺した。服ならあるよ」 「刺、したぁ!?一度殺しただけじゃ満足しないのか、お前は!」 「しょうがないじゃないか。君の体を説明するにはそれが手っ取り早かったんだよ」 喚く“ゼロ”の頭を勢いよく殴り、けれど殴った手が痛かったのか、右手を押さえて蹲る。 「こ、の、石頭!」 眦には、うっすらと涙の雫が浮かんでいた。 ![]() 書きながら、あんまりシリアスばかりでも…と思ったので。 ちょっと気分を浮上させるべく、ギャグっぽいシーンを。 スザクは頑丈そうです。 2009/8/9初出 |