*十八*


 かた、と音がして、着替え終えたL.L.が姿を現す。白い、ドレスのようなその衣装に、戸惑ったような視線が彷徨う。
「これ、確か………」
「そう。C.C.が用意した、君の死装束だよ。彼女の服と同じデザインだけれど、装飾品は全部外してある」
「こんなのを私に着せる気だったのか、C.C.は?」
「うん。まさか、コードを引き継いでいるとは思わなかったからね」
 “ゼロ”が悪逆皇帝を葬った後、その遺骸はひっそりと、埋葬されるはずだった。その際に、C.C.が、せめて棺の中だけでは本来の性別に戻してやりたいと、ドレスを用意していたのだ。ただし、それは“コードの継承”と言う不足の事態によって、流れてしまったのだが。
 長い黒髪と、紫色の双眸、白い肌に、そのドレスはよく似合っていた。
「君も僕も、死んでいるのに、ここにいる。二人とも墓の中は空っぽだなんて、滑稽だね」
「全くだ。とんだ茶番だぞ」
 腹立たしいとでも言うように、柔らかいクッションの上に腰を下ろす。
「ところで、どこへ向かっているんだ?」
「神根島だよ」
「何!?そいつも連れて行くのか?」
 星刻の方へと視線が向けられる。その双眸には、驚きと怯えにも似た色が、浮かんでいた。
「君は、嫌がるだろうと思ったんだけどね」
 言いながら、“ゼロ”は立ち上がり、置いてあった仮面とマントを掴んで、運転席の方へと向かう。
「少し、話をしなよ、ルルーシュ。今だけは、“ルルーシュ”に戻っても、誰も文句は言わないよ」
「おい!」
 引きとめようと腰を浮かすが、運転席と荷台とを隔てている扉が開き、姿が向こう側へと消え、閉まる。その扉に、鍵のかかる音がした。
「ルルーシュ」
「っ!」
 立ち上がり、ゆっくりと近づく。一歩、また一歩と近づくたびに、顔が背けられ、瞼が閉じられ、唇がかたく噛み締められる。
 そっと、頬へと手を滑らせると、開かれた瞼の下から覗く双眸が、揺れた。


 出発してしばらくしてから、実は海上で停泊していた船舶に、操縦者はいなかった。一定の距離を進み、障害物のない場所で停止するように、自動操縦にしてあったのだ。それを手動操縦に切り替えて、碇をあげる。
「僕って、お人好しだな」
 それでも、彼女の幸せを願うのは、事実だ。互いに好きで、憎みあい、銃口を向けあった。手を取り合い、共闘した時にも、心の奥底には憎悪と恋情が、交錯していた。
 自分は、彼女だけを信じる事が出来なかった。だから、信じ続けている彼を、羨ましいと思う。
「本当、馬鹿だな、僕」
 いつも、いつも、体力馬鹿、と言っていた彼女の声が、耳中でこだましていた。


 長く沈黙が支配するその場所で、最初に声を出したのは、ルルーシュだった。
「………すまない」
「何故、謝る?」
 頬へ添えていた手を、耳の方へ動かして、長い髪を梳く。
「お前を、裏切った………裏切るなと、言いながら、私がお前を、裏切った」
「ルルーシュ………」
「お前は、私を信じてくれたのに、裏切らないと誓ってまでくれたのに………」
 泣きそうで、けれど泣かない姿が悲しくて、愛しくて、眦に触れる。
「好きだと、お前はそう言った。けれど、私はわからなかった。お前にギアスをかけるまで、知らなかったんだ」
「何を?」
「………涙が、出た………自分が泣いていることを、否定したかった。そうしなければ、前には進めなかった!」
 知りたくなかった。気づきたくなかった。知らなければ、気づかなければ、前へ進めた。後悔などしなくてすんだ。
 なのに、時折過ぎる後悔は、常に星刻への謝罪と共にあった。そして、頭の片隅で、心の奥底で、もう一人の自分が、叫んでいる気がした。
 忘れて欲しくなかった。手を握っていて欲しかった。
「自分でしたことだ。決めたことだ。なのに、議場でお前から糾弾の言葉を浴びせられて、心が軋んだ。後悔した」
 C.C.は言った。もういい、と。頑張った、と。けれどスザクは、戦略目的は変わらないと言った。
 わかっていた。世界と一人の人間とを天秤にかけて、大事なものはどちらなのか、などと。それでも、手を、伸ばしたかった。
 俯いて言葉を詰まらせるルルーシュの体を、引き寄せる。
 腕の中に納まる細い体、華奢な腰、薄い肩。何もかもが、愛おしかった。
「もう、どこへも行かないでくれ」
「星………」
「愛している、ルルーシュ」
 白い額に、涙の浮かぶ眦に、朱の差した頬に、柔らかい唇に、唇を落とす。
「愛している………」
 口づけが、深く、重なった。


 黄金色の空間が、震える。
「神め、ギアスを解こうと言うのか」
 懇親の力をこめてかけられた、ギアス。“絶対遵守の命令”。解き放たれたギアス能力者の魂。だが、それは神を知る手立てでもあり、神を繋ぎとめる杭でもあった。
 神は、人の魂に繋がれていた。人そのものでもあった。
「時間の歩みを止めない人類が、そんなにも不満か」
 神は傲慢だ。人が己の決めた枠からはみ出すのを、嫌う。
 思考エレベータの消えた今、神は人間を知る手立てを失い、人もまたそれを失った。
 それだけで、神は脆く、歪んでいく。








やっと辿り着いた感じがします。
後もう少しでラストです。
このお話のスザクは少しいい子です。




2009/8/9初出