*弐*


 神聖ブリタニア帝国、第九十九代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが“ゼロ”に討たれてより、早一月。皇帝が討たれたことにより、最初こそ混乱を極めたものの、その後のブリタニアの統治、及び超合衆国との和平への道は、少しずつ進んでいる。
 ブリタニア側の代表は、悪逆皇帝との異名のあったルルーシュ皇帝の実の妹、ナナリー・ヴィ・ブリタニアが皇帝に即位し、その義兄、シュナイゼル・エル・ブリタニアが側近として、更には“ゼロ”がいた。元々は超合衆国の提唱者である“ゼロ”がブリタニア側にいることに、最初は不信感を持った人々も、今ではそれを受け入れざるを得ない状況だった。
 何故なら、今のブリタニアは“弱者”の立場にあるからだ。短期間で、二代に渡って皇帝が崩御、それに伴う理念と制度の大幅な転換、更に大量破壊兵器による首都の壊滅は、ブリタニアの基盤を大きく揺るがしていた。それゆえ、弱いものの味方だと常にいい続けた“ゼロ”の理念を曲げる事は何人にも出来ないと、理解されていた。
 同時に、超合衆国も“弱者”ではあったが、その提唱者である“ゼロ”に従った黒の騎士団を中心に、徐々に建て直しが進んでいた。ブリタニアと違い、多く優秀な人材が生き残っていたのが幸いしたのだろう。ブリタニアとの決戦において命を落とした者も多かったが、黒の騎士団幹部や超合衆国の各国代表達は皆存命だったからだ。
 悪逆皇帝の世界征服とでも言うべき、絶対的な圧制から逃れた人々は、その解放に喜ぶと同時に、復興へと向けて、ようやく歩み始めた。
 世界は、平和と言う言葉の元に、一つになろうとしていた。


 合衆国中華、朱禁城。その名に相応しく、赤く塗られた柱が特徴的な城内の一室において、合衆国日本と合衆国中華の代表の話し合いがもたれていた。
 合衆国日本代表、皇神楽耶の傍には、黒の騎士団で副指令を勤め、今は合衆国日本の首相になった扇要、そして黒の騎士団将軍である藤堂以下数人の幹部。対して、合衆国中華代表の天子の傍には、周香凛、洪古以下数名の武人と有識者が。
 ただし、一つ、天子の左側に空いた席が、あったが。
 それを訝しんだ日本側から、声があがる。
「天子様、星刻殿は?」
 神楽耶の言葉に、天子の表情が曇る。傍らにいた香凛が立ち上がり、一通の手紙を出した。
「こちらを、どうぞ」
「これは?」
「星刻様からの、辞表です」
「辞表!?」
 受け取った神楽耶は、急いでそれを開いて中へ目を通すと、それを藤堂へと渡した。
「一体、何故!?」
「誰とも、お会いしたくないそうです。星刻様の言葉をお借りすれば………」
『ゼロを裏切った者達と顔など合わせたくない』
 言葉を聞いた日本側の全員が、表情に怒りをのせる。だが、糾弾の言葉を口にしなかったのは、天子が口を開いたからだった。
「ずっと、星刻はおかしいの。あの日から」
 あの日、と言われて誰もが思い出すのは、悪逆皇帝が討たれたその日。
 泣き崩れ、地面へ拳を叩きつけ、血が流れるのも構わないように己を傷つけていた、星刻の姿だ。
「眠ろうと、なさらないのです。仕事を次から次に引き受けて、御自宅へ帰ることもせず、食事も最低限しか………」
「あれでは、体を壊してしまうのに」
 天子が泣きそうに顔を歪める。ブリタニアに政略結婚と言う名で大宦官に売られようとしていた自分を助けれくれた彼を、心底心配しているのだろうことが、窺われた。
「それで、この一月の中華の復興は目覚しかったのですか?」
 神楽耶が驚いたように声を出す。
 この一月、どこの国よりも早く復興したのは、合衆国中華だった。戦死した者への慰霊、遺族への保障、公共設備の充実に孤児などの保護………大宦官の圧制時代から苦しんだ人々は、互いに助け合い、国を盛り立てていた。
「はい。ほとんど、星刻が」
 天子が、苦しそうに言葉を紡いだのを見て、香凛がその肩へと手を乗せる。
「だが、何故ここには、理由が書いていない?我々に会いたくない、と言うそれが、黒の騎士団総司令を辞めたいと言う理由だと言うのか?」
 藤堂の言葉に、中華側の人間が顔を見合わせ、結局その視線は星刻の側近である香凛と洪古へと向けられた。
「ああ。そうだろう」
 洪古が答えると、日本側の表情が険しくなる。
 我々を裏切ったのがゼロであり、我々がゼロを裏切ったわけではないのに、と言う感情が、ありありと表されていた。
「何を、馬鹿なことを………」
 扇が、憎らしいとでも言いたげに呟けば、香凛と洪古が顔を見合わせて、頷いた。
「馬鹿なことではない」
「星刻様はお話くださいませんが、恐らく、ゼロとの間に何かがあったのだと思います」
「何か、とは?」
 納得できる理由でもあるのか、と強い視線を向ける藤堂に怯むことなく、香凛が口を開く。
「それはわかりません。何も、教えては下さらないので。ただ、推測はできます」
「あの日のあの姿を見て、何もないと、そちらだって思ってはいないのだろう?」
「あんな星刻、初めて、見た」
 天子の小さな呟きに、全員が再び思い出す。
 沈黙が場を支配し、数秒時が流れる。それぞれが沈思黙考するかのようなその静寂を打ち破ったのは、突然音立てて開かれた扉だった。
 そこには、一人の男が立っている。
「洪古様!」
「どうした?」
 巨体に似合わず俊敏に立ち上がった洪古へと、男が近づく。
「星刻様が、お倒れに」
「何!?」
「え?」
 天子が小さな驚きの声をあげると同時に、話し合いは中断された。








全く星ルル(♀)の気配のない話。
大丈夫です。ここからですから。
ハッピーエンド=物語・事件の幸福・円満な結末。(カタカナ語新辞典 旺文社)
ですので、ラブラブハッピーになるかといわれると…そうじゃないかもしれない、です。(苦笑)




2009/4/13初出