*二十*


 細く白い手が、ゆっくりと持ち上がる。
「その剣を寄越せ、C.C.」
「ああ」
 差し出そうとするC.C.が、剣を下ろす。星刻が、折れそうなほどに細いL.L.の手首を、掴んでいたからだ。
「おい、離せ」
「何をするつもりだ?」
「くだらないことを聞くな。勿論、あの剣で私を刺すに決まっている」
「アーカーシャの剣は、元々は神を殺す武器だ。その剣でコード所持者を殺す事が出来るかどうかはわからないが、恐らくこの剣が、神の暴走を止める鎖になる」
「二度、彼女を殺すと言うことか?」
「コード所持者は死なない。不老不死だからな」
「そのために、恐らくは貫かれたとしても死なないだろう。眠りにつくだけだ。だから、その棺を用意してやったんだ。可愛いだろう?」
 C.C.が得意げに、突如出現した花だらけの棺を示す。それに不快感を示したL.L.の手首を掴んだまま、星刻は強く握った。
「駄目だ。二度も、目の前で死なせるなど」
「だから、死ぬわけじゃ…」
「死ぬのと同じことだろう!?贄が必要だと言うなら、私でも構わないはずだ」
「おい、星刻!?」
「どうせ、この身は病で長くない。ならば…」
「コード所持者でもないお前が、神を止めることなどできないと思うがな」
 C.C.が呆れたようにいいながら、座り込んで剣を支えにするように凭れ掛かる。
「どっちだっていいから、早くしてくれ。神は気が長くないぞ」
「ねえ、C.C.別に、二人ともで構わないんじゃないの?」
「何を言ってる、お前?」
 C.C.とL.L.が異口同音に発し、“ゼロ”を睨みつける。
「神の暴走を止めるために贄が必要なんだろう?さっき中華内でも大きな地震が起きた。あれと同じようなことが、きっと今世界で起きてる」
「そうだな」
「かつて世界を救おうとした英雄が、国を救おうとした英雄が、それぞれ世界を今救おうって言うんだから、構わないんじゃない?」
「いい性格してるな、お前」
「“ゼロ”だからね」
「ふざけるな!何でこいつを巻き込むことが前提なんだ、お前らは!こいつはギアスに何の関係もないんだぞ?ジェレミアのキャンセラーで全て思い出しているのなら、無関係だろうが!今すぐこいつは戻す!ここから出す!」
「それは断る」
「なっ………」
 星刻が手を離し、一歩、後退する。
「私は、君がいる場所にいたいんだ」
「っ………」
「私は言ったろう?私が君を裏切ったら、殺していい、と。ギアスに従った形とはいえ、私は君を裏切ったんだ。君に反旗を翻した。だから…」
「それは、俺がお前に命令したからだ!お前の意思じゃない」
「それでも、と言っているんだ」
「だが、それは………それは………」
 C.C.が深々と溜息をつき、ゼロのマントの裾を引くと、剣を床に突き刺して、立ち上がる。
「気が済むまで話し合え。私達は少し、向こうへ行っているから」
 肩を竦めた“ゼロ”までもが、C.C.と一緒に空間を渡っていく。棺の傍で剣と、L.L.と星刻が、残された。


 ぴたり、と空間の崩壊が停止する。どこか形を定めることのできなかった“Cの世界”が、固定する。形を変え、姿を変えたそこは、美しい緑と豊かな湖、瑞々しい青空の広がる空間に変化した。
「決着がついたようだぞ」
「まるで、天国じゃないか」
「“Cの世界”そのものの在りようすら、変化したと言うことだろう。ある意味においては、神に勝てたのかもしれないな」
 神そのものが消えたわけではないだろうが、と付け加え立ち上がったC.C.が歩いていく。その後に“ゼロ”も従い、向かった先には、先ほどC.C.が可愛いと言った棺がある。
「ふん。やっぱりこうなったじゃないか」
「幸せなのかな」
「それは、私達が決めることじゃない」
「そうだね」
「何にせよ、ルルーシュは存外流されやすかったと言うことさ」
 棺の縁を一撫でして、C.C.は背を向ける。
「行くぞ、スザク」
「“ゼロ”だよ、C.C.」
「いいじゃないか。もう、ここでしかお前の名前は呼べないぞ」
「僕はもう、死んでるんだ。構わないよ」
「ふん。強情な所は、ルルーシュと似たり寄ったりだな」
「親友だからね」
 肩を竦めて、自分達がいるべき世界へと、歩んでいく世界へと戻るべく、歩を進める。
「おやすみ」
 小さく、呟いて。


 男の左腕が細い体を支えるように抱え、女の両腕は男を抱きしめるように背へと回され、男の右腕に握られた剣が、女の背から男の背へと、貫いている。
 抱き合うような姿で花に埋もれ、瞼を閉じた二人の表情は、この上もなく穏やかで、口元には笑みすら刷いていた。
 色とりどりの花は、決して枯れることなく二人を包み、玻璃の棺は他者を拒むように、冷たく閉じている。
 何人たりとも、その眠りを妨げることは許さない、とでも言うように。
『抱きしめたい………
 抱きしめていたい………
 ずっと、ずっと………
 ただ、それだけが………
 願い』








最終話です。
ここまで付き合って下さった方、ありがとうございました。
本当はもっと星刻とルルのラブシーンを書こうかとも思っていたのですが………
恐らく、そうすると更に五話分くらい増やさなくちゃいけないので、泣く泣く断念いたしました。
雪的にはハッピーエンドだと思っているのですが…賛否両論あると思います。
今回はアーカーシャの剣とか色々ギアス設定を弄くっていますので、大変でした。
でも、楽しかったです。設定いじるのも星ルルのためだと思えば!!
星ルルはやっぱり今の私の中でベストカップルです。




2009/8/9初出