*三*


 君のいない世界に、生きていく理由などない。


 弱者の味方、ゼロ。神聖ブリタニア帝国に反旗を翻した、反逆者。処刑したとブリタニア側が発表した一年後、奇跡の復活を遂げた、仮面の男。
 目の前にいるその男へと、星刻はその時、腰に佩いた剣を抜いて、突きつけていた。眼前に迫る刃に怯むでもなく、動く事のない男。仮面に隠されたその表情は、今、どうなっているのか。
 せめて、その正体が暴かれる場所が、自分の部屋である事を感謝して欲しいと、皹が入り、ぴしりと音を立てる仮面へと注視する。
 仮面の男の正体を暴く事。それは、ゼロに出会った時から決めていたことだった。側近とでも呼べる緑髪の少女や、親衛隊隊長が時折その身代わりを務めていることは知っていた。だが、星刻はそんな正体不明の男に付き従えるほど、自分の命を軽んじてはいなかった。
 たとえ、病に冒されている身だとしても。
 いや、だからこそ、この命を預けられる男の真実を、知っておきたかった。
 割れて落ちる仮面。不敵な表情を浮かべた目許、短い黒髪、白い肌と黒いマスクに映える、紫色の双眸。
 黒い手袋をしたままの手が、マスクを外す。
「私の仮面を壊したのは、お前で二人目だ」
 剣を向けたままの星刻に、“ゼロ”が手を出してその剣先に触れて、下げさせる。
「全く。作るのだって金がかかるんだぞ」
 割れて落ちた仮面を拾い、ソファへと腰を下ろして足を組む。
「それで、一体何用だ?黎星刻。天子救出の礼を言いに来たわけではないのだろう?」
「………子供」
「確かに、私は十八だが、文句でも?」
「いや。君の知略に文句はない。だが………君は、ブリタニア人だろう?」
「ああ」
「何故、“ゼロ”など?」
「ブリタニア人全てがブリタニアを愛し、忠誠を誓っているとでも思うのか?」
嘲笑うかのような表情を浮かべたゼロが、手を伸ばしてテーブルの上においてあった資料へ目を通し始める。
「君は、何者だ?」
「何者だと思う?お前は」
 正面を指で示され、剣を鞘へ納めてソファへと腰を下ろすと、資料が眼前へと滑らされた。
「お前なら、どう動く?」
 それは、ブリタニアの軍の配置図と思しき戦略図。
「対EU戦のブリタニア軍の配置図だよ。その配置に、お前ならどう戦う?」
「何故、こんなものを?」
「直接関係はないが、シュナイゼルの“手”を見ておきたくてな。少し、伝手を使った」
 正体を暴いた事を詰問するでもなく、淡々と戦いの話を始めた“ゼロ”に、星刻は更なる興味を抱いた。


 “ゼロ”の私室へと足を踏み入れられるのは、ごく限られた人間だけだと言う事を星刻が知ったのは、そのすぐ後だった。幹部達ですら、足を踏み入れた事がないのだと言う。秘密主義なんだよ、などと玉城という男は笑って言っていたが、数人は顔を顰めていた。
 そんな“ゼロ”の部屋に、新参者である星刻が足を踏み入れる事が出来るのは異例中の異例だと言われたが、恐らくは、正体を知った自分を傍で見張るためだろうと、星刻は考えていた。
 大抵、“ゼロ”の傍にはC.C.と呼ばれる少女か、親衛隊隊長のカレンがいた。だが、星刻が足を運んだその日は、誰も室内にいないのにも関わらず、部屋の明かりがついていた。
 勿体無い、と思って明かりを消そうとした所で、奥の“ゼロ”の寝室へ繋がる扉が開いた。
「おい、C.C.!」
「いたのか、ゼ………」
 振り返ると、普段着と言うより寛ぐための姿とでも言う風な、ハーフパンツにタンクトップの“ゼロ”が、そこにいた。
「な…おま、何、勝手に………」
 唇を震わせている“ゼロ”の体を、上から下へと眺めて、星刻は硬直した。
「お………んな?」
 胸元が、柔らかく盛り上がっているのだ。途端、“ゼロ”が手に持っていたタオルを星刻へと投げつけた。条件反射でそれを避けると、“ゼロ”が回れ右をして奥へと駆け込もうとしていた。
 扉が閉まる前に手を伸ばしてそれを止め、逃げる少女を追いかけ、腕を掴む。
「待ってくれ!」
「離せ!!」
 空いている方の手が、拳を握り締めて飛んでくるのを受け止めて、暴れる体を何とかしようとするが、足が振り上げられる。だが、その途端バランスを崩した“ゼロ”を支えようとして、星刻もバランスを崩した。床へ叩きつけられるのを防ぐために、腕を“ゼロ”の背中へ回すと、衝撃が直に腕へと伝わった。
「っ………大、丈夫、か?」
「あ、ああ………」
 驚いたように眼を見開いている“ゼロ”が、小さく頷く。その姿が年相応の少女に見えて、星刻は苦笑した。
 その時、背後の扉が開く音がして、振り向くと、琥珀色の双眸が冷ややかに見下ろしていた。
「お邪魔か?」
 言われて、自分達の状況を振り返れば、まるで星刻が“ゼロ”を押し倒してでもいるかのような体勢になっている事に気づき、星刻は急いで体を起して離れ、手を差し出そうとした。
「っ!」
 だが、手首から肘までに痛みが走り、見てみると赤く腫れている。
「おい、大丈夫か!?」
 体を起した“ゼロ”が、見せろ!と無理矢理星刻の腕を引く。座れと言われて、ベッドサイドに腰を下ろすと、救急箱らしき箱の中から、湿布や包帯、テープなどを取り出して、手早く腕に手当てを施していく。
「ありがとう」
 謝意を口にすると、“ゼロ”は驚いたように眼を瞬き、次いで、苦笑した。








まあ、まずはゼロバレしないと話が進みませんので。
ここから過去編です。どうやって二人が接近したか、と言う。
ニ〜三話くらいは、過去編になるかと。




2009/4/17初出