*四*


 星刻にまで完全に正体がばれたためか、“ゼロ”は遠慮をすることがなくなった。それまでは、必ず“ゼロ”の衣装で私室の中にいたのが、時折私服と思しき格好でうろついている事がある。場合によると、学生服らしい詰襟の黒服でいることもある。
「それは、男子の制服では?」
「ん?ああ、俺は男として生活しているからな」
 着慣れている風に詰襟のボタンを外し、上着を脱いでハンガーへとかけると、ソファの背にかけられていたC.C.の脱ぎ捨てた服までハンガーにかける姿を見て、どうも彼女は几帳面らしいと判断する。
 そういえば、書類や資料やらが散らばっている姿など、ついぞ見たことがなかった。
「で、今日は何の用だ?」
「ああ、少し迷っていることがあって、君の意見を聞きに」
「中華の政策か?」
「ああ」
「部外者の俺が聞いていいことなのか?」
 口端をあげて、人の悪そうな笑顔を浮かべる彼女へ、肩を竦めてみせる。
「天子様を、中華を救ってくれた英雄だ、君は」
「………英雄、ね」
 自嘲するように浮かべた表情が、消える。ポケットから取り出した携帯電話の液晶を見て、その顔が強張った。
 星刻へ背中を向けて、通話ボタンを押したその表情は、緊張に満ちている。
「珍しいな、お前が俺に電話をかけてくるなんて」
 声が、硬い。その緊張が伝播したかのように、星刻も知らず内に息を詰める。
「わかっている。葬式には出なかったが、近い内に必ず、墓参りに………認めたくないんだよ、死んだなんて。お前だって、そうだろう?」
 葬式、墓参り………誰か、近しい人が亡くなったのかと、声を潜める後姿を、見詰める。
「忙しいんだろう?気にするな。俺も、最近は顔を出してないからな………………ああ、わかった。二人にも気にするなと伝えてくれ。じゃあな、スザク」
「っ!?」
 通話が終わり、深々と息を吐き出した彼女が、振り返って泣きそうな顔をした。
「何だ、その顔。疑っているのか?俺が、ブリタニアと繋がっている、と?」
「スザクと言うのは、ナイトオブセブン、枢木スザクの事か?」
「そうだよ。友達だ………いや、友達だった」
 携帯電話をしまい、ソファに腰を下ろした“ゼロ”が、星刻の持ってきた書類を手にとり、視線を下ろす。
「あいつは、俺を売ったんだ。あの男に………ブリタニア皇帝に、な」
 泣きそうなその眼には、けれど確かに、憎悪が宿り、爛々と輝いていた。


 “ゼロ”の指摘は的確だった。不備があるのだとはわかっていても、どこにどうそれが隠れているかを、製作した本人が気づかないことはよくあることだ。
 星刻が作成した、宦官制度廃止に伴う新たな政治体制は、決して一部の者だけで判断するのではなく、広く民衆にも示され、理解された。
 恐らく、星刻が一人で作っていたら“粗”は見つけられなかっただろう。その謝意を伝えようと、“ゼロ”の部屋へと向かう途中で、その姿を見つける。
「ゼ………」
 声をかけようとして、姿を隠したのは、C.C.が“ゼロ”の仮面へ手を伸ばしたからだった。
 まるで、慈しむように、愛しむように。
「お前は、私の共犯者だ」
「ああ」
「お前に死なれるのは、困る」
「お前の願いを叶えるためだろう?安心しろ、そう簡単には死なない」
「だが、どこから足を掬われるかわからないぞ。現に、幹部達はお前の一年前の行動に、疑念を抱いている」
「弁明する気はない。できるはずがない」
「………潔いのは、お前の美点かもな、唯一の」
「どういう意味だ」
 苛立たしげに、仮面に添えられている手を弾く。
「ならば、せめてあの男はどうにかしろ」
「星刻のことか?」
「ああ」
 突然聞こえてきた自分の名前に、星刻は息を潜める。
「ギアスをかけろ、と?」
「そうだ」
「お前がすすめるのは珍しいな。暴走が酷くなるぞ?」
「お前の正体が知れる方がまずいだろう」
「………使う気はないぞ、ギアスを」
「理由は?」
「信用している」
「あの男を?」
「ああ。………何がおかしい?」
「いや。お前が、枢木スザク以外を信用するのが、珍しいと思っただけだよ」
 C.C.の言葉に、突然ゼロの体から、憤怒の炎のようなものが吹き上がったように、星刻には見えた。それは、全身から発せられる警戒、憎悪と言った負の感情。
「あいつの名前を出すな。あいつは、ブリタニアに膝を屈したんだぞ」
「悪かったよ」
 肩を竦めたC.C.が離れ、ひらりと手を振る。
「この話はこれきりだ。それで、どうするんだ?」
「愚問だな。それとも、古巣を壊滅させるのには反対か、魔女?」
 人の悪そうな声が、仮面の奥から零される。
「………いいや。あれは、私が残してきてしまった負の遺産だ。そのせいで、お前の友人が殺されてしまったことを、悔いているよ」
 苦笑するC.C.に、ゼロは言葉をかけることなく、廊下を歩き始める。
 そして、その背中を見送っていたと思われたC.C.がふいに振り返り、口角を上げて、笑んだ。
 よかったな、と口元が言葉を紡いだのが、見えた。








完全に心を許したわけではないけれど。
少しずつ星刻を信用し始めているルル。
ルルは信用する人数は少なそうだけれど、信用する濃さは深い気がします。




2009/4/21初出