*五*


 超合衆国。その構想を“ゼロ”から聞かされたとき、星刻は、きっとこの先も、彼女には敵わないだろうと思った。客観的に、総括的に世界を見、より良い方向へ、軍事力に頼り過ぎない政治をと望むその姿勢に、驚いた。
 一テロリストとしてブリタニアからは追われ、ブリタニアの占領地とされた国の人々からは英雄視されるだけには、決しておさまらない、才智だと。
 だからこそ、時折、疲れているのか、泥に沈むようにソファで眠る姿を見かけては、胸をつかれた。
 主と定めた天子様と数歳しか離れていないその幼い身で、一体何を考え行動し、何を思い、憂い沈んだ表情で眠るのかと。
 “ゼロ”でいる彼女は、到底未成年だとは思わせない豪胆さと冷淡さを持っていると言うのに、本当に同一人物なのかと思わせるほどに、あどけない表情で眠るのだ。
 いつしか、守ってやりたいと、そう思うにようにまで、なっていた………


 “ゼロ”が、幹部にも作戦内容を明らかにしなかった極秘任務から戻ったと聞かされ、私室へと赴くと、そこには仮面を外した“ゼロ”が、床に座り込んだC.C.へ手を差し伸べていた。
 恐る恐るといった風に手を伸ばしたC.C.の指先が、“ゼロ”の手袋に包まれた手に触れる。
「あ、あの………」
 ちらりと、C.C.が星刻を見て、視線を逸らす。
「安心しろ。君に危害を加えたりはしない」
「あの、御主人様………」
「言ったはずだ。俺は君の主人じゃない」
「でも、その、私は…」
「疲れているだろう?奥の部屋で休んでいろ」
 促されて、C.C.が奥の部屋へと消える。
 一体、今のは何だと、星刻は“ゼロ”へ視線をやった。傲岸不遜で、“ゼロ”にすら口答えするような、騎士団の中でも異質な存在に感じていた少女が、まるで、幼い子供のようだった。
 星刻の疑念を感じたのか、マントを外した“ゼロ”が、拳を握り締める。
「記憶を失ったんだ」
「記憶を?」
「ああ。今日の作戦で、な。やってくれたな、あの男!」
 苛立たしげにソファに拳を叩きつけ、背もたれに背を預けたその姿が、疲労困憊しているように見えた。
「大丈夫か?」
「………何がだ?」
「疲れているようだ」
「はっ………疲れもするさ。だが、超合衆国構想は形にするぞ。星刻」
 硬い声で呼ばれて、背筋を正す。
「お前を、黒の騎士団の総司令に任命する」
「何?」
「幹部の異動はほとんどしないが、総司令はお前だ。副指令は扇」
「君は?」
「俺はCEOと言う立場になる。超合衆国の設立とともに、騎士団の改革を行う予定だ。頭の隅にでも入れておいてくれ」
「何故、私を?」
「お前ならば、その地位にあっても不足がないと思うからだ」
 脱いだマントを掴んで立ち上がった体が、ふらつく。とっさに腕を出して支えれば、軽い体が倒れこんできた。
「っ………離せ」
 睨みつけてくる瞳に、けれど星刻は抱きとめた腕に力をこめ、空いている腕をその背中へ回して、細い体を抱きこんだ。
「おい!」
「もっと、私を頼ってくれないか」
「何?」
「君の素顔を知る者は、少ないのだろう?ならば、知っている私にもう少し、頼ってくれ。君の、力になりたい」
「必要、ない」
 腕を伸ばして逃れようとする体を、更に強く抱きしめる。
「疲れている時に、疲れたと言える相手を作った方がいい。私では、駄目か?」
「何を…?」
「君は、少し一人で頑張りすぎだ。誰かを頼る、と言うことをしても、悪いことはないはずだ」
「頼る?頼れる奴など、いないっ!」
 突き飛ばされて、華奢な体が離れる。その腕が、肩が、震えていた。
「どうせ………どうせ、お前も、裏切るんだろう、俺を!!」
「裏切らない。決して。私は君を」
「信じられるか!」
 頼りない体から発せられる大きな叫びは、悲鳴のようだった。それが悲しくて、悔しくて、星刻は腰に佩いていた剣を抜き、その切っ先を自分の胸へ向け、その柄へ“ゼロ”の手を引き寄せて、握らせる。
「なっ…」
「もしも、信じられないと言うのなら、私を殺して構わない」
「何をっ!」
「いつか、私が君を裏切ったら、殺していいと言っているんだ。だから、私を信用してくれ。この約束に、命をかけよう」
「手を、離せ…そんな約束、いらない!」
 手を離すと、同時に剣が床へと落ちる。その刃先へと、透明な雫が落ちた。
 紫色の双眸から、一雫、二雫と、涙が落ちる。
「ゼロ」
 その場に座り込んでしまった“ゼロ”に声をかけ、立ち上がらせようと伸ばした腕を、掴まれる。その手が、震えていた。
「すまなかった。とにかく、今は疲れているようだから、休んだ方がいい。立てるか?」
 伏せられていた顔が上がり、不思議そうに星刻を見上げる紫水晶のような双眸が、綺麗だった。
「私は君を信用し、信頼している。だから、君にも私を信用し、信頼して欲しかっただけ………」
「ルルーシュ」
 言葉を遮られて響いた言葉に、虚を衝かれた。
「え?」
「俺の、名前だ。ルルーシュ。ゼロじゃない」
 初めて聞いた“ゼロ”の名前に、星刻は胸が熱くなるのを感じた。
「綺麗な名前だ。君によく似合う」
 少しは信じてもらえたのだろうかと、何度も、その名前を心の中で繰り返した。








名前を明かすのが信頼の証。
と言うような形をとってみたかったのでこういう形に。
名前は大事です。とても。




2009/4/28初出