春の祭りは、人々の心を浮かせる。華やかで、賑やかで、本来は楽しいものだが、反面、酒に入り浸る者や、暴力に関わる者などが現れるため、例年警戒されていた。今年は特に、神聖ブリタニア帝国が実質崩壊した年だ。余計に、人々の心は晴れやかだろう。 朱禁城に程近い城下町で行われる春の祭りの警備も、星刻の担当すべき仕事だった。部下に地区ごとに区切らせた警護を任せ、警察にも眼を配るように指示をする。そして、自身も町へと下りてきていた。 名目は、町の視察と警備だが、実際には逃げてきたのだ。休めと言う部下達の言葉も、天子様からの労わりの言葉も、もう飽きるほどに聞いた。だからといって、休めるものではない。いや、休めなかった。 休みたく、なかった。体を動かしていれば、考えなくてすむ。思い出さなくてすむ。だから……… 頭を左右に振り、集中しろと、己へと言い聞かせる。祭りは三日間行われ、中日の明日は、天子様が御忍びで足を運びたいと言う話だった。今日は、そのための視察も兼ねているのだ。 主に回るのは、市場の中心、祭りの中心だ。見世物が出、爆竹が派手に鳴り、屋台の数も多い場所だ。市井に下りたことのない天子様ならば、こういった賑やかな場所の方が、楽しいだろう。ただし、安全が最優先事項ではあるが。 その時、巨躯の男が一人、路地裏から転ぶように飛び出してきた。何もない場所で転び、後を振り返っては怯えるように前へ進む。唇が何か、言葉を紡ごうとしているが、震えるばかりで形を成さない。何事もなく過ぎるかと思ったが、やはりそうはいかないようだと、足を向ける。 男は小さく悲鳴のような声を零し、化物、と言いながら走り去っていく。男の手には、割れた瓶のようなものが握られていた。酔っ払いかと、それでも確認のために路地を覗きこめば、そこには伸びた男が二人と、見たことのある少女が地面に倒れ、座り込んだ黒髪の女がいる。 「っ………ーニャ………アーニャ、大丈夫、か?」 女が少女に近づいて、細い体を抱き起こして頬を叩けば、少女が瞼を開ける。 「んっ………あいつは?」 気づいた少女が俊敏に体を起す。流石だと思いながら見ていると、女の方が肩で大きく息をしている。 「大丈夫、だ。追い、払った………」 「どうやって………」 「ははっ………私にも、使える、らし………」 女の体が大きく傾ぐ。地面へ衝突する前に、少女が抱きとめ、抱きしめる。 「大丈夫か?」 声をかけると、初めて気づいたと言う風に、少女が体を固くする。 「危害を加える気はない。アーニャ・アールストレイム」 「………お前、見たことある。確か、“黒の騎士団”の」 「合衆国中華の黎星刻だ。手を貸すか?」 「必要ない。私一人で」 「だが、その女性は君より背が高い。運べないだろう?」 言葉を遮り、腕を伸ばしかけると、睨みつけられる。相当警戒しているようだと、肩から力を抜く。 「先ほどの男は戻ってこないにしても、そこで伸びている男二人が目を覚ませば、厄介だろう?」 「それでも、触って欲しくない」 守るように女性の体を抱きしめる少女に、呆れの溜息をつく。 「強情だ。ん?」 薄暗がりに慣れてきた視界が、長い黒髪のかかった女性の横顔を、視認できるようになる。 心臓が、跳ね上がった。 「ル、ルーシュ?」 その横顔は、亡くなった彼の悪逆皇帝に、酷似していた。 ようやく上司が町から戻ってきたと聞かされた香凛は、勢いよく部屋から飛び出した。 いつ帰ってくるかと、待ち構えていたのだ。それは勿論、香凛以下他の部下達も同様で、頼むから供の一人もつけてくれと、今や、合衆国中華の要人と言えるだろう上司に、文句をまずは言わなくてはと、廊下を足早に駆ける。 すると、ちょうど突き当たりを曲がってくる姿を捉える。 「星刻様、遅いです!一体何時まで外へ………」 後に、少女が一人歩いている。その姿に、香凛は肩を怒らせた。 「ブリタニアのっ!」 「香凛」 「は、はい」 見れば、星刻は腕に人を抱えている。淡い藍色の布で全身を覆われているその姿も、顔も、わからない。ただ、覗いた足先に履いているのが、女性物の靴だと言うことはわかる。 「私がいいと言うまで、誰も部屋へは近づけるな」 「し、しかし…」 「いいな」 「っ…はい」 強い口調に、押し黙る。そのまま、自室へと向かう姿へ、声をかけることが出来なかった。 一体、どうしてしまったのかと、何を考えているのかと、問う事すら出来ずに。 普段、仮眠をとるために使っている寝台へと、姿を隠すために市場で買った藍色の布を外し、細い体を横たえる。 「説明してもらおうか、彼女が何故生きているのかを」 「知ってどうするの?また、殺すの?世界を混乱させる?」 少女はずっと、星刻を睨みつけている。その手の中には、外したサングラスが握られている。 「いいや」 「じゃあ、どうするの?」 「どうもしはしない。ただ、知りたいだけだ。何故、あんな大々的に死なねばならなかったのかを」 「そんなの、私は知らない。ただ、一人でこの国へ来させるのは大変だから、ついていって欲しいって言われただけだもの、C.C.に」 「この国には、何をしに?」 「知らない。本人に聞いて。それより、お腹すいた」 「………香凛と言う部下が居る。連絡しておくから、彼女に何か貰ってくれ」 星刻にサングラスを渡し、部屋を出て行くアーニャを見送り、寝台に腰掛ける。 「ルルーシュ」 長く伸びた黒い髪、変わらない白い肌。生きていたのかと言う驚きと、喜び。そして、憎悪が湧き上がる。 何故、私にギアスをかけた。 忘れろ、などと言う、ギアスを。 ようやく、核心部分へ。 でも、まだまだ続きます。 香凛は星刻に凄い振り回されてるんだろうなぁ、と思います。 2009/6/17初出 |