*約束*


 時計の針が、深夜零時を示す。
 日付が、変わった。
 うつらうつらと、眠りの淵に誘われている頬に触れて、そのまま滑らせた手で前髪をかきあげ、額に口づけを落とす。
「誕生日おめでとう」
「………ん………………え?」
 眠りに落ちそうになっていた思考が覚醒したのか、瞼が押し上げられて、見慣れた紫色の瞳が覗く。
「日付が変わった。今から君の誕生日だろう?」
 窓から射し込む月明かりに照らされて、ぼんやりと浮かび上がる時計へと視線を向けて、ああ、と舌足らずに頷く。
「そういえば、そうだな」
「何か、欲しいものはあるか?」
「ない」
「即答だな」
「当たり前だ。と言うか、折角眠れそうだったのに、起こすな」
 怒ったように言い、再び瞼を閉じようとするのを見て、薄い肩を引き寄せる。
「待ってくれ」
「寝かせてくれ。私は眠いんだ」
 欠伸を噛み殺す姿に、申し訳ないと思いながらも、折れるわけにはいかなかった。
「欲しいものがないのなら、叶えてほしいことでもいい」
「寝かせてくれ」
「それは却下だ」
「私の誕生日なんだろう?私の好きにさせてくれ。寝る」
「まだ寝ないでくれ」
 軽く頬を叩くと、嫌がるように腕の中から逃れようとする。逃さないように腕を強く掴めば、嫌悪を露に、眉間に皺が寄る。
「いい加減にしろよ、星刻。お前だって明日は早いんだろうが」
「だから、だ。明日………いや、もう今日だな………私は仕事で一日いない。君の誕生日を祝うことが出来ない。だから、今聞いているんだ」
「欲しいものはないし、お前に叶えて欲しいこともない」
「………そんな、寂しいことを言わないでくれ」
「当たり前のことだ。欲しいものは自分で手に入れるし、叶えたいことは自分で叶える」
「なら、願い事は?」
「願い事?」
「私に願うことはないのか?」
「………ない、な。今の所」
「ルルーシュ………」
「そんな声を出すな。お前に不満などないと言ってるんだぞ」
「それは有難いが、私は君を祝えていない気がする」
「………………だったら、一つだけ」
「ん?」
「死ぬな」
「え?」
「私より先に死ぬな。たとえこの先、再び戦場へ赴くことがあったとしても、必ず帰ってこい」
 確かに、世界は平和になった。ブリタニアと超合衆国は互いに手を取り合った。だが、もしかすると、いつか、何かが起きて、世界を再び泥沼の戦争へと導くかもしれない。決して起こらないとは、誰にも言えないのだ。
「約束しよう」
 自分よりも幾分か小さく、そして細く白い手を握る。
「必ず、帰ってくる。私が帰る場所は、君だ」
「ああ。そうしてくれ」
「だが、老衰の場合は仕方がないだろう?私は君より年上だ」
「まあ、そうだな。それは許す。だが、戦場では死ぬな。絶対に。生きて、戻って来い」
「ああ」
 柔らかい髪を梳いて、再び額へと口づけ、頬へと口づける。
「約束する」
 唇と唇が、重ねられた。








ただ単に、誰より先に祝ってあげたかっただけな星刻。
寝台でいちゃいちゃ、が書きたかっただけです。
星刻の帰る場所はルルーシュ、をしたかっただけです。




2009/12/5初出