大嫌い、と言われた言葉が耳元で、耳鳴りのように繰り返されて響いていた。 完全に仕事が手につかなくなってしまった上司に、流石の香凛も、溜息をつかざるを得ない。 そこへ、電話が鳴り響く。出る気配のない上司に代わり、腕を伸ばした。 「はい………そちらへ?わかりました」 電話を切り、上司の目の前で、机を叩く。 「あ、ああ、何だ、香凛」 「蓬莱島だそうですよ、娘さんは」 「何?」 「お一人で向かわれたようです。お母様に会いに」 「っ!」 勢いよく立ち上がり、部屋を出て行こうとする上司の服の裾を掴む。 「お忘れです」 机の横に立てかけられてあった剣を忘れるほど慌てるのであれば、すぐに追いかければよかったものをと、香凛は呆れながら、剣を受け取り走って行った上司を見て、嘆息した。 オレンジジュースを飲み、黒い衣服から淡い色の服に着替えた己が母を見て機嫌のよくなった少女は、先ほどまで泣いていた顔などどこへやら、一転して満面の笑顔になると、会えない間にあれがあった、これがあったと、立て続けに母へと報告を始めた。 「それでね、それで…」 「急いで話さなくてもいい。ちゃんと全部聞くよ」 母の手が頭を撫でてくれる事が嬉しくて、少女は笑顔でその手に抱きつく。 「かあさま、あったかい」 「そうか」 「かあさまと、ずっといっしょがいい」 「それは駄目だ」 「どうして?わたし、じゃましないから。かあさまのおしごと、じゃましない。いいこにしてる。だから、かあさまといっしょがいい!!」 「お願いだから、聞き分けてくれ。私と一緒にいると、お前が危ないんだ」 「どうして?なんで?」 「あいつと居た方が、お前の身を守れる。あれは武官だ。剣の腕は国で随一だ。私ではお前を守れない」 「そんなのわかんないっ!かあさまといっしょがいい!!」 その時、扉が控えめに叩かれた。 「“ゼロ”、昼食にしない?」 カレンが運んできたのは、二人分の昼食だった。 「かあさまとごはん!」 「天気もいいし、テラスで食べる?」 「どうする?」 「うん!!」 大きく頷いた娘に、“ゼロ”は穏やかな笑顔を見せた。 藤堂と扇が、訪れたEUからの使者の相手をしている時刻。“ゼロ”の私室では大きな体と小さな体が、寄り添って寝そべっていた。 「全く、もう………」 半ば呆れ、半ば安堵して、もって来た掛け布団を二人の体にかけてやる。 本当に瓜二つ、と思いながら、カレンは二人が食後に飲んでいた紅茶のカップを片付けていた。 そこへ、近づいてくる気配を感じ、咄嗟に側にあった卓上時計を掴む。 「ルルーシュ!」 大きく扉が開け放たれ、男が一人入ろうとしてくる。その顔面へと、カレンは容赦なく卓上時計を投げ飛ばした。だが、男はそれを見事に掴んだ。カレンは聞こえぬように舌打ちし、大股で近づく。 「でかい声出すんじゃないわよ、馬鹿!」 耳元で、極力小声で怒鳴り、眠っている二人を指差す。 「起きたらどうすんのよ!!」 「す、すまない」 「んっ………………カレン、どうした?」 もぞりと、大きい体が起き上がる。眼を擦りながら起き上がったその瞳が、すうっ、と細くなった。 「何だ、星刻、来るのが遅いぞ」 「すまない」 「寝ている間に、連れて帰ってくれ」 「いいのか?」 「いい。ああ、お前、あまり天子と比べるな、こいつを」 「………つい、口が過ぎてしまった」 「だろうな。この子は頭がいい。褒めてやれば伸びる」 穏やかな顔で眠っている子供の頭を撫で、布団からはみ出た肩へと、布団をかけてやる。 足音を消すようにして近づき、星刻が横に腰を下ろす。その姿を見たカレンは、ごゆっくり、と思いながら、扉を閉めて部屋を出た。 夕刻。無事にEUの使者との会議が終わり、それぞれが与えられた自室で休んでいる時刻、がしゃん、という物の割れる音がして、カレンと藤堂が急いで部屋から飛び出した。 「“ゼロ”、一体、何、が………?」 カレンは、部屋の扉を開けて、驚いた。部屋の中がとんでもない惨状だったのだ。ティーセットは壊れて床に落ち、卓上に載せられていた時計やらも全て落ちている。 「お前………いい加減にしろ!」 「いや、ちょっと待て、ルルーシュ!」 「その考えを改めない限り、この子は私が育てるぞ!!」 「なっ…!?独り占めする気か?」 「ああ、そうだとも!私の子だからな!!」 「かあさま、とうさま、だめー!!けんかはだめなのー!!」 間に割って入った子供が、ルルーシュの腰に抱きつく。 「お前の将来のためだ。止めるな。こんな朴念仁、今ここで追い出してやる!」 「それを言うなら君だろう。分からず屋なのは」 「うるさい!お前は一体どっちが大切なんだ。天子とこの子と!」 「どちらも大事に決まっている!」 カレンと藤堂は顔を見合わせ、溜息をついて部屋の扉を閉めた。 「毎度のことですね」 「そうだな。放っておこう」 顔を合わせれば、ああして娘のことで喧嘩をするのだ。喧嘩するほど仲がいいとは言うが、あれがあの家族のスキンシップ方法なのだから、水をさすのは野暮と言うものだ。 「扇さん達も誘って、お茶でもどうですか?あの二人が落ち着くまで」 「頂こう」 どうせ、夜になれば丸くおさまるのだからと、二人はそこから離れた。 ![]() 書くつもりはなかったのですが、以前メールで番外編とか…と言われてから色々妄想してしまいまして。 もし子供が生まれたら娘だな、と言うのは以前から決定していたのです。私の中で。 オリジナルキャラに名前をつけたくなかったので、つけない方向で話を書きました。 星刻は娘が生まれたら親馬鹿になると思います。「娘はやらん!」みたいな(笑) 何か、ギャグっぽくなりました、か? 二人が夫婦、家族を普通にやってる姿はあまり想像できなかったので……… 別居、ってことで!! 2008/7/27初出 |