*愛姫-壱-*


 欲しいと思い、手に入れたいと願ったものは、いつだってこの手から、すり抜けていく。


 薄暗い空間の中で、仄明るい光を発する場所。長い金髪の子供が一人、その場所で玉座と思しき椅子に座り、退屈そうに暗い天井を見詰めている。
 そこへ、漆黒のローブを纏った男が一人、やってきた。
「教主様」
「見つかったのかい、サンプルは」
「はい」
「どこ?」
「この国の、それも政治の中枢です」
「朱禁城?また、何でそんな場所に?」
「詳しい事はわかりませんが………いかが致しますか?」
「勿論、連れてくるに決まっているだろう?早く行きなよ」
 言われた男はしかし、去らずになおも言葉を続ける。
「朱禁城は長く高い城壁に囲まれ、常に兵士に守られています。侵入するのは、至難の業かと」
「………仕方ないなぁ。ロロは裏切っちゃったし。誰かギアス能力者を連れて行っていいよ」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げた男は、子供の前から足早に去るように背中を向ける。それを見た子供はゆっくりと立ち上がり、思いついたように手を一つ、叩いた。
「あ、やっぱり僕も行くよ」
「は?」
「失礼に当たるでしょ?ここへ迎えるのにさ」
自らの背後にある壁を、振り返った。そこには、奇妙な紋章のようなものが描かれ、仄かな光を保っている。
「まさか、こんな近くにいるとは思わなかったよ。てっきり、世界中を駆け回っているものだと思っていたからねぇ」
 楽しげに笑う子供の口から漏れる声は、確かに高い子供の声だ。しかし、発せられる言葉、雰囲気は、決して外見年齢にそぐうようなものでは、ない。
「シャルルとマリアンヌの娘。君に会うのがとても楽しみだよ、ルルーシュ」
 口端が上げられ、瞳が暗い色を宿して細められる。小さく子供の喉から漏れる笑い声は、ローブの男の背筋を凍らせ、その小暗い空間に、響き渡った。


 名前を呼ばれた。そんな風に思って振り返るが、そこには勿論誰もいない。
 窓から差し込む日の光だけで、室内の明かりをつけていないその部屋は薄暗いが、窓の側に椅子を運んで座っている分には、何の問題もなかった。
「ルルーシュ」
 名前を呼ばれて振り返れば、腰に剣を佩いた黎星刻が、扉に手をかけ、今まさに部屋を出て行こうとしていた所だった。
「何だ?」
「しばらく私は引継ぎの仕事で帰りが遅くなる。誰か寄越すか?一人では不便だろう?」
「まあ、多少腹は重いが、何とかなるだろう」
 優しげに細められた両眼が、自らの膨れた腹へと落とされる。そこに、新しい命が宿っていると、一目で知れる大きさだった。
「引継ぎ…新しい武官所長が来るのだったか?」
「ああ。じゃあ、行ってくる」
「ああ」
 部屋を出て行く男の背を見送り、足音が遠ざかるのを確認して立ち上がる。
 重い、と思いながら部屋の中を移動し、どうにか机に辿り着いて腰を下ろし、開いてあるパソコンのキーボードを操作する。
 そして、開いたリアルタイムの映像の中で、見慣れた顔が、ピザを頬張っていた。
「おい。この時間帯には定時連絡をすると言ってあっただろう、このピザ女」
『ふん。私の食事時に電話してくる方が悪い』
 伸びるチーズが楽しいのか、どこまで伸びるか挑戦しているのかは知らないが、一ピースのピザを食べるのにどれだけ時間をかけるつもりだと、呆れ顔で睨みつける。
「で、EUの方はどうだ?」
『使者とは良好な関係を築いている。が、相変わらず頑なだな。ブリタニアに占領されそうだと言うのに』
「彼らは矜持が高いのさ。で、騎士団内は?」
『普通だ。特に問題はない』
「そうか。他に問題はないか?」
『ないな。今の所は。あえて言えば、静かにピザが食べたい』
 呆れて物が言えず、ならいい、と映像を遮断する。そして、そのまま回線を別のところへ繋げば、少し離れた場所で机に向かっている学生の姿があった。
「ロロ」
 名前を呼ぶと、机に向かっていた顔が上がり、すぐにモニターの前に走ってくる様子が見えた。
『姉さん!』
「おはよう、ロロ」
『おはよう。体は大丈夫?』
「ああ。そちらは変わった様子はないか?」
『ないよ。咲世子がうまくやってる』
「そうか。今は勉強をしていたのか?」
『うん。少し、わからない所があって』
「どこだ?時間なら無駄にあるから、教えてやるぞ」
『本当?ちょっと待って』
 嬉しそうにばたばたと部屋の中をかけて、ノートを持ってきたロロが、これがわからない、とノートを示してくる。それに対して問題点を指摘し、自分で解けるように導いてやる。決して答えを一から教えるような指摘の仕方はしない。
 しばらく悩んで答えが出たらしいそのノートを、また見せてくる。ああ、やはりこの子は頭がいいな、などと思いながら、学園の様子などを聞き、通信を切った。
 することがないと言うのは、こんなにも暇で退屈なものなのかと、動くのが億劫な体を抱えて、立ち上がる。
 ふと、机の端に、封筒を見つけてそれを取り上げてみる。何だろうかと思いながら中を開けてみれば、中華の文字は読めないが、押印のある重要書類らしいものが幾束か、入っていた。
 じっとしているのも退屈だと、それに再び封をして、部屋を出る。
 長く、迷路のようになっている廊下は、しばらくここに住む内に慣れ、最近はようやく迷子にならなくなった。
 武官所へ顔を出したが、そこには待機の人間しかいなく、聞けば星刻は所用で出たばかりだと言う。行けば追いつけるだろうと言われて、武官所を出る。
 そして、数分と経たない内に目当てにしていた後姿を見つけ、声をかけようとして、ルルーシュは動きを止めた。








このシリーズ最後の連載になるかと思います。
時間軸は、ルルーシュのお腹が大きい時期。
冒頭がシリアスですが、書き綴っている現段階では、ギャグ方向に何故か向かいつつあります。
もしもラストがギャグになってたら笑ってやってください(苦笑)
今回のテーマは「ルルーシュがヒロイン」です!(笑)




2008/10/14初出